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…ブンゲルト領を出る…。
「出るって、父さん達はどうするの?」
エメリヒの突然の発言に戸惑う。
てっきりエルンストとアンネリーエと会えるまでメーネルにいるのだと思っていた。
「はじめは盗賊の一件で身を潜めているんだろうと思ってたけど…ここまで接触ないのはおかしい。何か別の理由で現れないんだと思う」
エメリヒが険しい表情を見せる。
「別の理由って…?」
不安になってエメリヒの袖を握る。
「分からない…もしかしたら俺の読みが外れてて父さん達は別のところで俺達を待ってるのかも…」
あ…そっか、そういうこともあるのか…。
「それにもう一つ…理由があって…」
エメリヒがおもむろにユリウスへ視線を送る。
するとユリウスが頷き続きを話し始めた。
「君が登録した『そろばん』『パッチワーク』『キルティング』これが公表されれば、君の後見人が誰かも知られることになる。そうなれは君を利用しようとする輩が必ず出てくる」
私の後見人…それはユリウスとブンゲルト子爵だ。
ユリウスが言うには、どうやら彼らとお近づきになりたい人間はものすごくいるらしく、質の悪い貴族だと平民の私にどんな無茶をしてくるか分からないと危惧しているらしい。
「これはブンゲルト子爵からの依頼でもあるのだが、盗賊の一件もあるので君達の顔が知られていない場所で保護してほしいと言われている」
保護…。
そういえばまだ盗賊の一件は解決していないんだった。
私を攫った男二人…エルンストを追っていた輩はエメリヒとユリウスが捕まえ、ブンゲルト子爵へ引き渡したと聞いた。それで一件落着かと思ったら、この機にブンゲルト領の職員を内々に調査し膿を出し切り一掃することになったらしい。そのため盗賊捕縛の公表は待ってほしいとのことだった。
と同時に、私達の安否も「行方不明」のままにすると言われた。まだ職員の中に盗賊と繋がりがある人がいるかもしれないからだ。
そう、ここの離れで療養させてもらっているのも、もともとは盗賊に狙われた私達を保護してくれたからだった。
「それでこいつとも話し合ったんだけど…リナの体調もだいぶ戻ったし、メーネルを出て父さん達と約束した場所を順番に確認してみようと思うんだ」
エメリヒの言葉に私は頷く。
エルンストとアンネリーエを探すことには賛成だ。
「途中で父さん達と会えればいいんだけど…もし会えなかったとしても俺達は隣国のドリーネルケ王国に行く」
隣国…?
「でも、会えなかったら、その後はどうするの?どうやって連絡取るの?」
この世界にはスマホも電話もないのだ。国を跨いで平気なの?
「それに関しては俺の息のかかった人間を各所に残す」
ユリウスの言葉に驚く。
「え!?」
それは…うちの事情に巻き込みすぎなんじゃ…。
今でさえ盗賊の件やエルンスト達を探すのに付き合わせているのに。
だってユリウスは私の体の治療のために同行しているだけなのだ。
「子爵から保護してほしいと言われ、隣国ドリーネルケを指定したのは俺だ。申し訳ないが俺の国に来てもらう」
「俺の国??」
え…ユリウスはこの国の人じゃなかったの?
そこに驚く。
「俺の目の届くところで君達には生活してもらう。もちろん君達の両親と会えた場合も、君達の安全が確認されるまで隣国で生活してもらうことになるだろう」
私はエメリヒを見た。
私はこの世界のどこに行くのも問題ない。でもエメリヒ達はいいのだろうか?いくらエルンストの実家から追われているとは言っても、他国に出ても大丈夫なのだろうか…?
「隣国は遠い…けど、今はこいつの提案に乗ろうと思う。母さんには父さんがいる。だからたぶん大丈夫だ。俺は父さん達と会うまでリナの安全を優先したい」
私の安全…。
エメリヒは私が襲われて以来、とても過保護になったと思う。
私を守れなかったという負い目があるんだろうけど…。
それでもエメリヒの気持ちは嬉しい…ありがとう…。
私は自分が足手纏いだと自覚している。
だからエメリヒの袖をギュッと握ると頷いた。
「エメリヒがそう決めたのなら私に異存はないよ」
エメリヒはホッとし笑顔を見せてくれた。
ユリウスも話は纏まったと頷き宣言した。
「では出発は一週間後だ」
それからの私達はユリウスが決めた出発日まで慌ただしく動くこととなった。
まずエルンスト達を探すルートを決めた。落ち合う場所を順に回り、そこで手掛かりがなかったら、エルンストとアンネリーエが消息を絶った場所から下流の町を探す。
そこまでにエルンスト達と合流できなくても、そこからブンゲルト領を出て隣の領に入り、そこから三つほど町を抜け国境を目指すと言われた。
エルンスト達へのコンタクトは私が日本語で書いた手紙で残すことになった。日本語が分かるのはこの世界でエルンストとアンネリーエとエメリヒの三人だけだ。もし誰かに内容を見られても解読できない。それをユリウスが配置してくれるという部下?の人に託すそうだ。
私はこのメーネルに残ってくれる部下の人に託す手紙を書いた。
それからもう一通。これはエメリヒには内緒の手紙。
そしてルイソン工房へ挨拶に行った。マチルダにメーネルを出ると言ったらとても残念がってくれた。
パッチワークキルトのコースターや敷物はルイソン工房で作られた家具と共に飾ったところ、お客様から「可愛い」とじわじわと評判になって、売れ行きは好調らしい。
他のお店でもどんどん取り扱いが増えてきているという。それを聞いてほっとした。
元気なマチルダと少しの間ではあったが一緒に仕事ができてとても楽しかった。
マチルダとまたメーネルに来た時は必ず立ち寄ると約束をした。
私の大きな出発準備は終わり、後は持っていく物を選別するだけとなった。とは言っても学生カバンと数枚の着替え程度だけど。移動は目立たないように乗合馬車を乗り継いでいくことになっている。なので荷物も必要最小限に抑えないといけない。
後、気掛かりがあるとしたら…ラルフのことだった。
盗賊の一件の調査を担当しているラルフはとにかく忙しいとのことで、同じ領主館内にいるはずなのに全く本人には会えていない。
せめてラルフが好きだったチーズとハムのサンドイッチを差し入れしたかったのだが、それはお願いして見事に却下された。
本来ブンゲルト子爵の正統な跡取りであるラルフが口にするものは、厳重に管理されている。シュネート村に来た時、あんなふうに気軽に食べていた今までがおかしかったのだ。
ここにきて本当の意味で貴族と平民…階級社会を実感することになった。
「本当は遠い人だったんだな…」
どんなに寂しく感じても、この世界ではそれが常識なのだ。
ここで生きていくのであれば、それに倣うしかない。
そしてそれは…きっとユリウスにも言えることなんだろうと思った。
ラルフがあそこまで畏まったのだ…彼はおそらく上位貴族。
彼の国、隣国のドリーネルケ王国に入ったら…きっと今のような関係ではいられないだろう。
私はその覚悟もしておかなくちゃと密かに思った。




