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~~♪~♪~♪~~♪
大音量と色とりどりの行き交う照明。
~~♪~~♪~♪~~♪
…キャー!
類くーん!
夕くーん!
たくさんの黄色い歓声の中『クライゼル』の二人が歌い踊る。
私も負けずに声援を送る。
二人のライブに参加している自分を見て、ああよかったと思った。
あれは夢でこっちが現実。
今私は大好きな二人のライブに来てるんだと。
よかった…戻ってこれたんだと。
「~♪~~♪~~♪」
薄っすらと目を開けると呟くように歌ってる人影が見えた。
「類…くん…?」
声をかけると歌は止まり、私の頬を優しく撫でてくれた。
「ごめん、類君じゃなくて」
ようやく視界がはっきりし、歌っていたのがエメリヒだったと分かる。
エメリヒの少し悲しそうな顔。
ああ…日本に戻れたんじゃなかったのか。
と同時に
また心配かけてしまったんだ…と。
「寝る前スマホでよく聴いてただろ?今はあいつがいるから聴きたくても聴けないかと思ってさ」
エメリヒの気持ちが嬉しくて彼の手を握る。
「すごく上手だった。今度は歌って踊ってほしいな」
私のお願いにエメリヒは「えっ」と、嫌そうな顔を見せたが、少しの間悩んで、しぶしぶ頷く。
「…機会があれば…」
まさか頷いてくれるとは思なくて、嬉しくてつい笑ってしまった。
「…約束…」
そう言ってエメリヒの小指に小指を絡ませる。
少しだけゆすって小指を離す。
たったそれだけなのに体が思うように動かない。
あれ…おかしいな?
エメリヒは「まだ寝てな」と私の頭を撫でた。
エメリヒの手のぬくもりが心地よい睡魔を運んでくれて、すぐに眠りに落ちた。
そしてまた夢を見た。日本にいた頃の夢。
朝早く『行ってきます』と笑顔で出て行くお母さんの姿。
弟と妹に早く着替えて朝ごはんを食べるように叫ぶ私。
高校が終わるとクラスメイトの誘いを断ってバイト先へ自転車で走った道のり。
類君と夕君の笑顔がステキな『クライゼル』のアルバムジャケット。
上司に頼まれて経理部に書類を届けて、逆に受け付けられないと渡された領収書。
資料室で平塚さんと食べたおにぎりの具。
デートで初めて手を繋いだ時に見た、赤く染まった平塚さんの頬。
お弁当を楽しみにしてると書かれた平塚さんのメモ。
そのお弁当を捨てたゴミ箱。
最後に見たアスファルトの凹凸。
眩しい光の中に見えたエルンスト。
私の頭を撫でるアンネリーエの奇麗な指先。
いただきますと手を合わせるエメリヒの横顔。
馬の上に引き上げてくれたラルフの大きな手。
ふわりと降り立ったユリウスの目にかかったプラチナブルーの前髪。
歪んだ顔のポールと地面に広がった黒い血だまり。
私を覗き込むエメリヒの宝石のような赤紫の瞳。
私を抱えるユリウスの長いまつ毛。
月の光に輝く金色の狐。
私はそんな記憶の断片を掴もうと手を伸ばした。
そして掴み取れた記憶。
開いた手の中にあったのは…ーー。
「ん…」
リナが少し笑ったように見えた。
いい夢を見ているのかもしれない。
そう思うとホッとするエメリヒ。
彼の視線はあれから眠るリナを見つめたまま。
ユリウスから聞いた神獣イーヴォの話、それはエメリヒにかなりのショックを与えた。
『…この娘は元の世界に戻りたがっておる』
『もう戻れない世界にのう…』
『このままではこの娘は生きてはいけぬ』
『この世界に執着するものを持たせてやれ…』
その話で思い出したのは、ならず者に家を襲撃された日のこと。
制服が焼けるのを見つめていたリナの姿が透けて見えたこと。
生きていけないということが消えてしまうことだとしたら…。
そう考えてゾッとする。
イーヴォの言う『執着』が何を指すのか分からなかったが、透けて見えた時のリナはこの世界にいることより郷愁の念が強かったと言えるのではないだろうか。
『…両親が買ってくれた物だったから』
あの時リナの口から初めて家族の話が出た。
本当はずっと家族に会いたかったのかもしれない。
それは口にするのが憚られる程に…。
それにリナが見せてくれるスマホの世界は明らかにここより文明が進んでいる。
魔法が使えないリナにとってここはさぞかし生きにくいはずだ。
…全てにおいて…故郷に帰りたがるのも無理はない。
でも…。
俺はリナと過ごした一年…本当は楽しかった。
エルンストの実家は服や食べ物、教育は与えてくれても自由はなかった。エルンストやアンネリーエと会うことは制限され、いつも誰かの目があり、使用人からの悪意ある言葉や噂話、自分の気持ちを打ち明けられるような友人もおらず、常に孤独だった。
逃亡中に出会ったリナはこっちがイラつく程に素直で無警戒で、優しい子だった。
初めてできた同い年の家族。どう接していいか分からず冷たい態度をとったけど、リナはそれさえも受け入れてくれた。
もっと大事にすればよかった。
初めから優しくすればよかった。
そうしたら…リナの後ろ髪を引くぐらいの存在になれただろうか…。
リナの柔らかい黒髪を撫でる。
「リナ…頼むから消えないで…」
エメリヒの呟きは眠っているリナに届くことはなかった。
チュンチュン。
窓の外から聞こえる鳥の鳴き声に目が覚める。
カーテンが引かれている隙間から朝の光が差し込んでいた。
「…」
体が怠く起き上がることができない。
ぐるりと視線を巡らせる。
見上げた天井も上質なカーテンにも、このフカフカなベッドにも見覚えがない。
「ここ…どこ…?」
昨夜目が覚めた時は気付かなかったが、ここはエルンスト達と住んでいた家でもなく、宿でもない。
「目が覚めたか?」
声がする方をみると私に突っ伏して眠る銀髪が見えた。
「エメリヒ…?」
手を伸ばしてサラサラの髪を撫でる。
エメってばいつからそんな低い声になったんだろう?
「こっちだ」
また声がした。
こっちって…?
視線をさらに上げるとユリウスが憮然とした顔で私を見ていた。
「!?」
エメリヒを撫でていた手がビクリと止まる。
「ユリウス…さん…」
その瞬間、思い出してしまった。
ユリウスに八つ当たりし拉致られたことを。
途中のことは曖昧で覚えていないが、でも今ベッドの上にいるということは、ユリウスとエメリヒが助けてくれたんだろう。
互いに見つめ合うこと数秒。
「すみません!」
「すまない」
同時に謝る声がした。
「え?」
私が驚いた顔をすると、ユリウスも驚いた顔をしていた。
「何でユリウスさんが謝るんですか?勝手に怒って勝手に捕まって…迷惑かけたのは私ですよね」
申し訳なさと居たたまれなさでユリウスの目を見るのが辛い。
「いや…君と婚約者に不誠実なことを言ったのは俺だ。…君が怒るのは当然だった。すまないと思っている」
とてもばつが悪そうな顔で謝罪された。
え…。
驚いた。婚約者のことを聞いた時、ユリウスはとても無関心に見えたから。
でもやっぱり婚約者のこと、ちゃんと考えてたんだ。それにホッとする。
私もきちんと謝らなくちゃ…。
捕まった時、ユリウスに酷い態度をとったことを後悔した。
謝れないまま死んでしまったら申し訳ないって。
「私の方こそすみませんでした。私…前に二股されたことがあって…それで八つ当たりみたいなことを…ホントにすみません」
言っててとても情けないな。
「それは…誰に?」
まさか突っ込まれると思わなくて言葉に詰まる。
誰…それは…。
苦いものがこみ上げる。
「…もう二度と会うことがない人です」
笑ってごまかそうとしたがダメだった。
涙が溢れてきて…。
やばい、涙腺壊れてる…恥ずかしい。
慌てて手で顔を覆う。
「…っ」
早く落ち着かなくちゃ…。
涙を何とかしたくて大きく息を吸って止める。
震える唇を嚙みしめてゆっくりと息を吐いた。
「…はぁ」
なんとか気持ちを整えてもう一度深呼吸した。
「すみません」
ユリウスの顔は見れないまま謝った。
彼は泣いたことには何も触れず「いいや」と一言呟いた。
「ゆっくり休むといい」
ユリウスの声が同情でも憐憫でもなく、労わりだけだったのが嬉しかった。




