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工房通りのやや奥の方に木材を扱う工房が集められてある一角があり、マチルダの父親がやっているルイソン工房もそこにあった。自然な色合いを生かした石造りの建物に、木の優しさが伝わる一枚板の看板が掲げてある。
「父さん、ただいまー!」
お店の中に入るなり大声で叫ぶマチルダ。すると奥の方からエプロンをつけた小柄だががっしりとした体つきの男性が出て来た。
「おう、おかえり!」
返事をした男性を見て「父です」とマチルダが紹介してくれた。
「いらっしゃい。マチルダのお客さんかい?」
そう言うと私とユリウスを見て「ふぉっ」と声を上げた。
「いや~…えれぇべっぴんさだぁ」
とユリウスを見てたまげていた。
昼食後、マチルダに日雇いで雇ってもらえることとなり、ユリウスには宿に戻っていて大丈夫だと伝えたのだが無言で拒否された結果がこれである。
「ちょっとやめてよ」
と父親を諫めているがマチルダと同じ反応である。
「リナさんとユリウスさん。彼女に私の仕事の手伝いをお願いすることになって来てもらったの。奥使っていい?」
私達の紹介をしつつ奥の方へ来るよう促してくる。「失礼します」と頭を下げるとマチルダの父親は「ゆっくりしていってくれ」と、まるで娘の友達が遊びに来たような対応であった。
職人さんってもっと気難しかと思っていたので、優しい対応にホッとしてしまう。
マチルダが案内してくれたのは広い机が置いてある作業部屋。そこはお店の奥にあるメインの作業場を通り抜け、さらに奥に入った部屋であった。
そこに適当に座るよう言われ、マチルダは奥へ一旦引っ込む。そして裁縫道具といろんな布や綿、リボンやレースなどを抱えて戻ってきては作業台の上にどんどん置いていく。
そして最後にお茶を持って戻ってきた。
「よかったらどうぞ」
そう言って紅茶を私達に出してくれると、マチルダも席に着いた。
「さっそくだけど、さっき話してくれたコップの下に敷く物?を作って見せてくれるかしら?」
私は頷くと作業に取りかかった。マチルダが用意してくれた道具で端切れ布と綿を使って丁寧に作っていく。
「できた…こんな感じです」
マチルダの髪色にちなんで黄色の同系色でまとめたパッチワークキルトのコースター。
「こんなふうにカップの下に敷くと可愛くないですか?」
私が紅茶のカップの下に敷いて見せる。マチルダは凝視したまま動かない。
あれ?無反応?ダメだったかな?
ユリウスを見ると、ユリウスもコースターを凝視したまま無反応。
ええ…ダメ…?
私が不安になってコースターを引っ込めようか迷っていると、がッと両手を握られた。
「すごいですリナさん!!」
マチルダの勢いに私が驚いてしまう。
「こういう発想はなかった。これなら端切れも無駄にならないし、組み合わせ次第でいくらでも個性が出せます!!ていうか、作るの楽しそう~!!」
力説するマチルダの目はキラキラしていて興奮のあまり頬が紅潮している。
マチルダの楽しそうな顔を見て私もホッとし嬉しくなってしまう。
「おいおいマチルダ、どうしたんだ大声出して。作業場まで聞こえてきたぞ」
工房の作業場から短髪の若い男性が歩いてきた。
「ごめん!でも見て、彼女が作ったこれを!」
マチルダは男性にコップの下に敷いてコースターの説明をする。
「へー、確かにこんなふうに敷くと食卓が華やかになるなぁ」
その男性も感心している。その様子を私とユリウスがジッと見つめていると二人が視線に気づいた。
「あ、ごめんなさい。彼はビンセント。父の下で働いてる家具職人で…私の婚約者なの」
そう紹介するマチルダは少し恥ずかしそうはにかむ。
うわぁ、マチルダさん可愛いなぁ。
「はじめまして、リナです。彼はユリウスさん」
私も立ち上がって挨拶をする。するとビンセントは隣に座っていたユリウスを見て「うぉっ」と変な声を上げた。
「し、失礼、あまりにもお美しかったので」
ビンセントもマチルダ親子と同じ反応をして見せた。結婚する前からすでに家族である。
ユリウスはもう無の表情ではなく死んだ目をしていたけど。
私は慌てて話題を変える。
「あ、えーと、これは小さな敷物ですが、例えば食器や花瓶、鍋敷きなんかにしても可愛いと思うんです」
間に綿が入ることで衝撃も吸収できると説明する。
キルトとしての実用性とパッチワークの面白さにマチルダは魅了されたようだった。
その後はマチルダにやり方を丁寧に教えつつ、一緒にコースターを作った。
私が作ったコースターをマチルダが一枚銀貨二枚で買い取ってくれた。
材料費はマチルダ持ちだったので多すぎる気もしたが、ありがたく頂戴した。
明日は朝九時に工房に行く約束をし、夕飯と明日の朝食を買い込んで宿へと帰る。
ちょうど戻ってきたエメリヒと合流し私達は部屋に戻った。
「へー、じゃあその工房で雇ってもらえたんだ」
エメリヒは今日も一日「落ち合う場所」が見える、死角になる場所からエルンスト達が現れるのを待っていたそうなのだが、空振りだったらしい。
私はエメリヒの張り込みを手伝えない分、仕事探しをしたこと、マチルダと出会い作った小物を買い取ってもらえたことを話した。
「工房といっても、マチルダさん個人に、数日間だけの日雇いだけどね」
人探し中だとユリウスが説明してくれたので、こちらが長期間この町にいないことはマチルダも理解している。
「あ、そうだ。これ買い取ってもらえたお金」
そう言ってエメリヒに渡そうとすると「もしもの時のために持っておくように」と言われた。私は了承し大事に学生カバンにしまった。
その日の夜もユリウスの問診を受けた後、明日に備えて早々にベッドに入った。
今日はいろいろあったけどマチルダと知り合えて良かった。コースター二枚で銀貨四枚。ここの宿一泊代にもならないけど、それでも嬉しい。
明日からも頑張ろう…。
…そして私は疲れからすぐに眠りに落ちた。
リナが眠りについて静寂に包まれた部屋。エメリヒとユリウスは交代で見張りを続けている。だがいつも先に休むユリウスは何かあるのか、まだ横になる気配を見せない。
「!」
夜の時間になると宿泊客の動きも少なくなる。そんな中で確実にこの部屋に向かって階段を上がってくる足音。エメリヒが警戒するとユリウスが立ち上がる。
「俺が呼んだ知り合いだ」
控えめにノックが鳴り、ユリウスが扉を開けた。
そこにはユリウスより少し若い青年が立っていた。
「紹介しておく。彼はイーサン。俺の側近だ」
彼は無言で一礼する。栗色のサラリとした前髪を頬にかかるほど長く伸ばし、左は耳にかけ、右はそのままに目を隠すよう覆われている。身長はエメリヒより五センチほど背が高く百七十センチぐらいだろうか。細身の彼はしわ一つない黒の背広をきちんと着こなしている。
もしリナが彼の容姿を見たならば、すぐさまジョンコナーを連想したことだろう。
「これを」
ユリウスが手にしていたのはいつの間に取ったのかリナの白い外套だった。
それを受け取ったイーサン。
「魔力遮断を強めに。明日の朝までに頼む」
イーサンは「畏まりました」と一礼すると、エメリヒにも深く礼をし宿の階段を下りていった。
静かに扉を閉めたユリウス。
「俺の代わりにイーサンが来ることもあるので覚えておいてほしい」
エメリヒは頷く。だが初対面では当たり前だが、イーサンをどこまで信用していいのか分からなかった。
「リナの中にアレがいることは?」
「言っていない。君達は仕事上、保護対象者だと伝えてある。何かあった時は彼を盾にして逃げてくれて構わない」
ユリウスの言い様にエメリヒは「捨て駒?」と冷たく問う。
「いや。イーサンは強い。だからお前は彼女を優先してほしい」
余裕の笑みが今度は憎たらしいと感じるエメリヒ。
「それよりも…聞きたいことがある」
ユリウスの纏う空気が変わった。
本題はそっちか。
「彼女は…リナという少女は一体何者だ?」
ユリウスの目は誤魔化しを許さないとエメリヒを鋭く刺した。




