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やり直し転移は選べない  作者: 望月蜜桃


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 町を出た途端、昨日のように高速移動をしたユリウスとエメリヒ。昨日ユリウスが言ったように、私達は午前中のうちにブンゲルト領の中心都市メーネルへと到着した。


 メーネルにはブンゲルト領の領主、ブンゲルト子爵が住まう領主館がある。

 お城のような領主館は町の中心よりやや高台にあり、そこで領地運営が行われている。

 そこから領民が直接訪れる役場や、商人・同職・冒険者のギルドなどの施設がある区画へと続き、大きな広場を中心に宿屋があり、市場、商店、工房、とそれぞれ隣り合わせに区画が分かれている。


 ちなみにこの世界にも関税はある。

 各国や各領地での移動の際に、人・物に税が課せられる。これは各国や各領地の貴重な収入源であり、この国では関税を領内のどの町に何にいくらかけるかは領主の采配に任せられている。

 ブンゲルト領でも大きい町では各所で徴収が行われているのだが、領民が領内を移動する際は領民である証明書を提示することで免除される。


 もちろんこの世界に来てエルンスト達とブンゲルト領へ入った時は私達も入領税を取られた。

 その後定住資格を得て発行された証明書。


 それをメーネルに入る際、エメリヒと私はシュネート村の住民である証明書を、ユリウスは国際公的機関の職員である証明書を提示することで通行税は免税された。ユリウスの証明書を見た役人が、あからさまに態度が変わって何とも言えない気持ちになったけど。




 メーネルはさすがブンゲルト領で一番栄えている町だけあって、領内のどの町々よりも行きかう人の数が多い。以前ここに労働登録をしに来た時も、他国からの行商人と思われる珍しい服装の人や目に映る物全てが面白かったと記憶している。


 この人の多い町中でユリウスに抱えられているのはかえって目立つとなり、やっと降ろしてもらえた。


 そしてまずは町の中心にある広場まで移動し宿屋街へ。

 ユリウスが仕事で使っているという宿屋はいわゆるビジネスホテルで、素泊まり宿だった。荷物を置き広場まで戻る。広場には軽食や小物を売る屋台や露店がたくさん出ていてい賑わっていた。


「じゃあ父さん達が立ち寄ってないか確認してくる」

 エルンスト達と決めていた「落ちあう場所」にはメリヒが一人で行くことになった。

 シュネート村の自宅を襲撃されたことを踏まえると、エメリヒも私も面が割れている可能性が高い。エメリヒだけなら、もしまた襲撃されても相手を巻くことも、その後追尾することも可能だ。だが私がいるとそれも難しくなる。それでユリウスと私は別行動となり、宿で食べる食料などの買い出しをすることになった。


「気を付けてね」

 私がエメリヒの手を握ると、力強く握り返し笑顔で頷いてくれた。

 そして外套のフードを被ると、人ごみに紛れて行ってしまった。

「彼なら大丈夫だ」

 ユリウスの励ましに頷く。私達は食料を調達しに出店を回ることした。


 広場の出店では小物類もたくさん扱っていた。行商人が広げている露店では色鮮やかなアクセサリーやストールやショールなど、また異国の反物もあった。

 そんな中にインクや文房具を扱っている店を見つける。


 あ…。


「ユリウスさん、ちょっとすみません」

 私はそう言うと文房具の露店へ近づく。

「いらっしゃい」

 店主の声。軽く会釈をして商品を見せてもらう。


 インクは黒一種類のみ。だが小さな瓶から飾り模様がついた瓶などがある。

 数種類の羽ペンは、羽の色や模様に同じ物はなくそれぞれに個性があった。

 それらを収納するペンケースはシンプルな物から刺繍や色石などの装飾がついた華やかな物まで。

 また無地の紙を紐で括った冊子は、内ポケットに入る小さめのサイズから、A4サイズぐらいの厚紙で表紙を付けてある立派な物まであった。


 私はシンプルな小さめのインク瓶と白い羽ペンを選んだ。そして奮発してB6サイズぐらいの表紙のある冊子。その三点を購入した。


「これも」

 ユリウスも何か会計したかと思うと、スッと差し出される。光沢のある白い布に水色の花の刺繍が入ったペンケースだった。

「持ち運びが不便だろう」

「えっ!ダ、ダメです。もらえません!」

 これは私の私的な買い物だ。エメリヒも『そこまでしてもらう義理はない』と言ってたように、私ももらう理由がない。


 ユリウスは断られるとは思ってなかったのか、少し考える素振りを見せると

「俺が持つには不自然だ。もらってほしい」

 と押し付けてきた。


 ええ…っ


「ははっ!お嬢ちゃん、男に恥かかせるもんじゃないよ。貰っときな」

 私達のやり取りを見ていた店主に笑われ、後に引けなくなる。

「じゃあ、その…ありがとうございます」

 お礼を言って受け取った。ユリウスはただ頷いた。


 うう…申し訳ない。


 でも…。


 わぁ…手触りいい。

 それにかわいい…。


 この世界に来て、生活必需品以外での私的な買い物は初めてだった。そこにこんな素敵なプレゼントまでもらって嬉しくなる。


 大切に使おう。


 さっそく貰ったペンケースにインクの小瓶と羽ペンを収納する。学生カバンを外套で隠しながら冊子とペンケースをサッと入れた。

 嬉しくてカバン越しに撫でてしまう。

 そして待っていてくれたユリウスと今度こそ食料の買い出しに向かった。




 屋台では定番の鶏肉の串焼きや野菜を炒めた物、最近名物になりつつあるという熱々の蒸した芋にバターをのせたいわゆる「じゃがバター」など、パンと飲み物と共に購入し早々に宿へ戻った。


「すまない」

 宿の部屋に入るなり、ユリウスが謝ってきた。

「いえ、大丈夫です」

 私がユリウスの外套を借りているせいで、移動がかなり大変だったのだ。


 それはーーユリウスの美青年ぶりが行き交う人々の目を惹きつけてしまったからだ。


 そう言えば、初めて会った時も森で会った時も外套のフードは被ってたっけ。

 普段はフードで顔を隠しているんだろう。


 だが今の彼はシンプルな白シャツに黒のベストとトラウザーズにブーツ。背の高い彼のスタイルの良さが生きまくっている。女性が声をかけてくるたび、私に気づくと「ふっ」と笑ったり奇妙な物でも見るかのような顔をするのだ。

 ユリウスの黒い大きな外套を被っている私はさぞかし「ちんちくりん」に見えたのだろう。


 大丈夫です。私がこの世界で女子として終わってるのは知ってるので。

 まあ、それでも面倒だったことには変わりないけど。




「君は食べたら横になっているといい」

 まだ貧血気味な私を気遣ってユリウスはそう言った。

 でもエメリヒのことが気になって寝れそうにない。


 いつ戻るか分からないエメリヒの分だけ残し、ユリウスと昼食をすませた後、机の上をささっと片付ける。


「すみません、ここで書き物していいですか?」

 そうユリウスに断りをいれると、さっき買ったペンケースと冊子を出す。


 私は記憶が鮮明なうちに冊子に書いていこうとページを広げた。


 まずは昨日の日付を記す。

 そこから泊まった町のこと、宿のこと、食べた物、それから今朝見た活気ある商店街の風景やどんな物が売られていたかを絵と文字で記していく。そこに自分の感想を書き足す。


 旅日記…などと大げさなものではなく自分のための記録用だ。


 今回エルンストやアンネリーエが不在の時にエメリヒとも離れ離れになって痛感したこと。


 私はまだこの世界のことを全然知らない。


 確かにここの生活にはだいぶ慣れた。でも『レーツェル』を知らなかったように、この世界での「一般常識」はまるでない。この世界では教養のあるなしで受け取れる情報に差があり、その部分が欠けている私がそれを補うのは一朝一夕ではないと思う。


 でももしまた一人になったら。


 …私一人でも行動できるように。


 情報を積み重ねていこうと思ったのだ。




「…なぜこの宿の宿泊代金を書いている?」

 ユリウスは私が書く内容が雑多すぎて不思議に思ったのだろう。

「えーと、宿代を書いていれば他の町で宿をとる時目安になるかなと思いまして」

 私は宿代を記した理由を説明した。

 昨日泊まった宿は二人部屋で銀貨四枚(日本円で四千円ぐらい)。

 でも今日泊まった宿は二人部屋で、銀貨四枚と銅貨七枚(日本円で四千七百円)。


 昨日より高いが、町の規模と部屋の清潔さを踏まえると高くはないと思う。

 そうやって自分の中でこの世界の相場を蓄積していこうと思っていると伝えた。


「宿屋の店主の印象や清潔さも書かれているが?」

「私には重要なんです。例えば同じ宿代で、店主さんが不愛想でも手入れが行き届いている部屋と、愛想がよくても適当な清掃しかしてない部屋があるとします。それを知っていれば私は断然不愛想な店主さんの宿を選びます。私は清潔な方がいいですし、手を抜かない人が運営してる宿の方が信頼感も違うと思うので」

 そう説明する。

「信頼…君の基準は変わっているな」

 そうだろうか?

「まあ、何を求めているかで拘る部分も違うってことでしょうか?」

 私の価値観はこの世界の人とは少し違うのかもしれない。

 それでもいいのだ。私が必要とする情報を書いていくのみだ。


 その後もさかのぼってシュネート村やこの世界で初めて訪れた町トロームについても、憶えている限り記した。

 途中から楽しくなって「こんなサービスあったらいいのに」などの感想もたくさん付け加えてしまった。




 そんな私をユリウスがジッと観察しているとは気づかなかった。








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