21
台所ではエメリヒが料理を始めた音がする。
ユリウスと二人残された私は、気まずさから視線を外し無言になっていた。
「エメリヒは家族だと言っていたが…君達は恋人同士なのか?」
ユリウスの質問に吹き出しそうになった。
「こ、恋人?ち、違います!家族です!弟!」
私は慌てて否定する。
どこをどう見たらそうなるんだ!
「弟…?」
私を見るユリウスの表情はあまり動かなったが、声は驚いていた。
そして、やっぱりそこか…と思う。
「…失礼だが、君はいくつなんだ?」
失礼とは思っていない声音での質問。
それでも一応レディ扱いをしてくれたらしい。
「十六です」
真顔で答える私。
ついさっき「転移した世界がここでよかった」と思ったばかりだけど、こればっかりは間違われるたびに腹が立つなと。
「…十六…?」
さっきより驚いていることが分かった。
なぜならユリウスの顔がポカンとしていたからだ。
そんなに子供っぽいだろうか…?
ちょっと自信を無くすな。
私が凹んだのが伝わったのか、
「申し訳ない。もっと若く見えたので」
と、ユリウスは焦って変なフォローを入れてきた。
この人でも動揺することあるんだなと思ったら少し胸がすく。
「いえ、いいです。いつも間違われるので」
そう答えると、ユリウスは取り繕うことなく、ばつの悪そうな顔をした。
台所の方から軽快に炒める音といい匂いがしてきた。
…これはかまどでパンを焼いてる匂いだな…。
「昨夜は眠れたのか?」
ユリウスはもう動揺は治まったのか、落ち着いた声に戻っていた。
「あ、はい…昨日は…」
そこまで返事して思い出す。
『…か、髪を…触ってもらえませんか…』
…あれ…昨日私…とんでもないことをお願いして…。
しかも泣きじゃくった挙句…?
…あれ…覚えてない…。
もしかしなくても寝落ちした?そして運んでもらった??
うそでしょ…!!
失礼なのは私の方じゃない!!
私は頭を抱えた。
「あ、あの、きのうは…もうしわけありませんでした…」
ギギギ…とユリウスの方へ体を向けると、彼は謝られた理由が分からないようで
「眠れたのか?」
再度そう聞いてきた。
「あ、はい…ぐっすりと…」
その答えにユリウスはホッとした様子で「そうか」と呟くと、視線を外してしまった。
彼の興味はあくまで私の体調のみ。それが態度に出ていてホッとする。
よく眠れて夢も見なかった…それは悪夢を見なかったと同義だ。
泣きじゃくって疲れたせいもあったんだろうけど…。
ユリウスに触ってもらえたことが大きかったんだと思う。
あの無関心な手が恐怖を取り払ってくれたおかげだと。
「あの…昨日は変なお願いを聞いて下さって、ありがとうございました」
おずおずと頭を下げる。
自分の醜態を掘り返すのは恥ずかしい。だけどエメリヒが帰って来た今、留守を頼まれただけのユリウスとは、もうこの先会うことはないだろうと思って。
その前にきちんとお礼を伝えたかったのだ。
すると「ふっ」と笑った後、ユリウスはチラリと流し目で私を見た。
「さっき失礼をしたお詫びに、魔物が怖くなったらいつでも言うといい。昨夜のようにしてあげよう」
ちょっとからかうような笑み。
「!!」
笑った顔、初めて見た…。
美形の笑顔…心臓に悪い…。
エメリヒの甘い笑顔の時とはまた別の動機がして、胸が苦しくなる。
いや、たぶん、二度と頼むことはないと思うけど、そういう甘言は誤解を招くので、本気でやめてほしいと思った。
「わぁ…!」
食卓テーブルに並んだ朝食は豪華だった。
塩とハーブで蒸した後にカリッと焼いた鶏肉の刻み玉ねぎとトマトのソースがけ。ゆで卵のベーコン巻きとイモとトマトのチーズ焼き、炒めたほうれん草のマヨネーズ和え。そしてハムやチーズ、玉子を挟んだサンドイッチと焼きたての丸パン。昨夜私が作った玉ねぎと干し肉のスープにはさらに根菜類を足して具だくさんになっていた。
私の好きな物ばかりである。
「リナにはとりあえずこっちな」
エメリヒが出してくれたのは刻み大葉がのった卵と麦のお粥だった。
麦はお米を食べたがった私のために、エルンストが町で買ってくれた物である。
この世界ではパンが主流で穀米を食べる習慣がない。町でもお米を見たことがなく、ようやく見つけたのが麦だったのだ。
「一応病み上がりだし、こっちの料理は昼飯もかねて作ったから、無理しなくていい」
玉ねぎと干し肉のスープをベースに作ってくれたのだろう。とても優しい匂いがする。そして大葉の香りが日本を思い出して懐かしく思う。
「ありがとう」
お礼を言うと「ん」とはにかんだ顔を見せたエメリヒ。
私を挟むようにエメリヒとユリウスが両隣の席に座り、エメリヒと私が「いただきます」と手を合わせる。ユリウスは私達が食べ始めるのを確認してから、まねるように一度手を合わせ、食事を始めた。それを横目で見てた私はなんだか嬉しくなり、エメリヒのご飯を堪能するぞと気合を入れた。
麦粥は大葉の風味がさっぱりとして卵と麦との相性もよく、あの逃げ出した夜から丸一日、何も食べてなかった体に優しくしみわたる味だった。
おいしい…。
胃が驚かないようにゆっくり噛んで、味わって食べよう。
「エメ、おいしい」
そう言うと「まだあるから」と笑顔で返された。
エメリヒは一昼夜、エルンスト達の痕跡を追って動き回っていたからか、食べる量もスピードも早かった。
何も反応もないユリウスを見ると、こちらもモリモリ食べていた。どうやらエメリヒの手料理は口に合ったらしい。
二人とも食べるスピードは早いのに所作が美しいせいか、なんとも優雅である。
二人を鑑賞しながらの静かな朝食となった。
ーー結局、私はお粥とほうれん草のマヨネーズ和えを少しつまんだだけで限界になり、お昼ご飯をかねていた料理は全てエメリヒとユリウスのお腹におさまった。
エメリヒが後片付けをしてくれて、食後のお茶も淹れてくれた。
私には胃に優しいハーブティーを、男性二人は紅茶を。
「エメ、ありがとう」
席に着くエメリヒに声をかけると頭を撫でられた。
うーん、なんかやっぱり甘いぞ。
いつもだったら「自分で淹れろよ」と睨まれるところなのに。
やっぱり、あの森でのこと気にしてるんだろうな…。
「それで今後のことだけど…父さん達を追いかけるのに、この人には同行してもらうことになった」
エメリヒの視線の先はユリウス。いつの間に話し合ったのか、彼は何も言わず優雅にティーカップを傾けている。
「え…でも森の管理団体の人でしょ?お仕事あるんじゃないの?」
思わずエメリヒに耳打ちすると、それが聞こえてしまったのかユリウスがむせた。
「森の管理団体?どっからそんな話が出たんだ?」
エメリヒも驚いて戸惑った顔だ。
「レーツェルって…手紙に…違うの?」
私は慌てて確認する。
二人には『レーツェル』を知らなかったことを真顔で驚かれた。
そして『レーツェル』は精霊獣や魔物の監視・研究をする世界的な機関だと教えられた。
そういうのがあるんだ。知らなかった…。
ああそれであの夜、ユリウスは『神獣』がいる立ち入り禁止の森に入った私達を止めに来たんだ、と納得した。
「あの、すみません。勘違いしてて」
ユリウスに謝ると「いや」と複雑そうな顔をしていた。
世界的な機関ってことは、彼はとても優秀な人なんだな…。
「それでも、お仕事があることにはかわりないですよね?」
私の疑問に、エメリヒとユリウスが目配せし合う。
え…何?
エメリヒは私に向き直ると
「特殊な回復魔法で治療してもらったこと、詳しく聞いた?」
エメリヒの言葉で「後遺症」のことを思い出す。
「あ…うん」
私が不安になったのが伝わったようでユリウスが説明してくれた。
「無理をしなければ大丈夫だ。だが両親を追うとなると体にかかる負荷が大きくなる。こちらとしては毎日でも、君の体に問題がないか確認させてもらいたい」
毎日…?
危険な目に遭わせたと責任を感じてのことなんだろうけど、それではむしろユリウスの負担の方が大きいのでは?そう心配になって訊ねる。
「それは町のお医者さんで診てもらうんじゃダメなんですか?」
「駄目だ」
私の質問に厳しい声が返り、ビクリと肩が揺れた。
「すまない…だが特殊な回復魔法なので町医者では分からないだろう」
ユリウスは内心、『神獣』を魔器にするなど特殊すぎて俺にも分からないが、と思う。
「同行すると言っても、仕事でいないことの方が多いと思う。だが必ず戻るのでその時に確認させてほしい。こちらが原因でケガをさせてしまったのだから、治療費等は全て負担させてもらう。煩わしいと思うが完治したと分かるまで我慢してもらいたい」
回復魔法をかけた本人にそう言われると仕方がない。
後遺症のことを考えると、むしろそこまで責任をもって診てもらえるのは有難い話である。しかも治療費もかからないのであれば断る理由はない。
「そういうことなら…はい、よろしくお願いします」
私は頭を下げる。
ユリウスが同行することに私が納得したので、今後どう動くかの話をしようと話題がうつった時。
カタンッ。
エメリヒ突然立ち上がった。
「囲まれたな」
ユリウスは先ほどと変わらない淡々とした声で呟いた。




