20
「ん…」
目が覚めると、居間の方で声がした。
あ…エメリヒが戻ってきたのかも…!
私は慌てて起き上がり、寝癖もそのままで急いで居間に向かう。
居間を覗くと、そこには会いたかった顔があった。
「エメリヒ…」
そう呼びかけると、すぐさま私を見てくれた。
エメリヒの顔はとてもやつれていて、それでもやっぱり美少年だった。
「リナ…もう起きて大丈夫なのか?」
慌てて駆け寄ってきたエメリヒ。
私はエメリヒの体を受け止めるように、力一杯、抱きしめた。
「よかった…」
それしか出てこなかった。
ただ、もう一度元気なエメリヒが見れて、それだけで心の底から嬉しかった。
エメリヒもそっと抱きしめ返してくれる。
「怖い思いさせてごめん。…守ってやれなくて、ごめん…」
微かに震えるエメリヒの体。
「ううん、ううん、エメは私を守ってくれたよ」
そう言ってもエメリヒはきっと納得しないだろう。
でも本当なのだ。
森の中で気を失う前、エメリヒの声がして顔が見れて、絶望のまま闇に落ちずに済んだのだから。
ああ…でもやっぱり、エメリヒを傷つけてしまった…。
エメリヒの体が震えているのは、それだけエメリヒにも怖い思いをさせてしまった証拠。
いつも素っ気ないけど本当は優しい男の子だから。
きっと自分を責めてしまうだろうと思った。
逃げ出す時『もしもの時は絶対に私がエメリヒを守る』そう思ってた。
でも戦えない私が本当に守らなくちゃいけなかったのは、エメの心。
私が生きて逃げ切ることだったんだ。
自分の未熟さを痛感しはがゆさを感じた。
ごめんね、エメリヒ。ごめんなさい。
「リナ…顔見せて…」
エメリヒに言われ、抱きしめていた手を緩める。エメリヒを見上げると泣きそうな目とかち合った。
エメリヒの繊細な指が、恐る恐る私の頬に触れる。
私はエメリヒの手をギュッと掴み、頬ずりした。
エメリヒのこの手は、私を守ってくれる優しい手だ。
だからもう自分を責めないで欲しい、そう思って。
するとおでこに温かい何かが触れた。
「ん?」
それはエメリヒの唇で、目元、頬と続けざまに触れる。
ぅえ!?
い、今のは、キ、キス??
平塚さんともしたことないのに!!
動揺のあまり変なことまで思い出してしまった。
「あ、あの、エメリヒ?」
意図せずとも声が上ずる。
すると、彼はコツンとおでことおでこを合わせ、赤紫の宝石のような目で私を覗き込む。
「嫌だった?」
ひぇ~~~っ
シュンとした表情に庇護欲がわき「そんなことない…」と否定してしまう。
「ごめん、リナが生きてるんだって実感したくて」
真っ直ぐ見つめられ、私も逸らすことができない。
どうしちゃったのエメリヒ~!?
いつものツンツンさんはどこにいったの!?
エメリヒの突然の豹変ぶりにどうしていいか分からず心拍数だけが上がっていく。
と、後ろから腕を取られ、エメリヒから引き離された。
「そういうことは二人きりの時にやれ」
呆れた顔のユリウスと目が合い、悲鳴が出た。
ユリウスの存在をすっかり忘れていたのだ。
エメリヒは鬼の形相で睨んでたけど。
人前であんなことをしたなんて、穴があったら入りたい。
居間のソファに座ると、なぜか距離を置いてユリウスも並んで座った。
「お前はそっちだ」
食卓テーブルの席に一人エメリヒが追いやられる。
「お前が暴走すると話が進まない」
ユリウスにそう指摘され、しぶしぶ一人で座るエメリヒ。
「それで、両親の件はどうだったんだ?確認したいことがあると言っていたが」
そうだった!
エメリヒの豹変に大事なことが抜けてしまってた。
エルンストとアンネリーエが盗賊に襲われて崖から落ちたって…。
それを確認しにエメリヒは出てたんだ。
エメリヒを見ると真剣な顔で頷く。
「父さん達は生きてると思う。川に流されたのもおそらくわざとだ」
「…ほんと…?」
「うん」
エメリヒの確信を持った返答に体中の力が抜けた。
涙が出そうになって、顔を隠す。
「…よかった…」
生きてる…その事実だけで、今は十分だった。
「リナ、大丈夫?」
エメリヒの声がして、グッと堪える。
顔を上げるとエメリヒが私の前に傅いて、心配気に覗き込んでいた。
ここで話を止めちゃいけない。
私は何度も頷くと続きを促した。
「以前父さんが『何かあった時は必ず手がかりを残す』って言ってたから、俺はそれを探しに行ったんだ」
まずエルンスト達が落ちた崖の岸壁を調べ、流された川の周辺を調べ、川から上がれそうな場所を調べ、そこで所々に剣でつけられたような小さな跡を見つけたらしい。
「跡が途切れていた場所から森の茂みに上がれる場所を見つけて、そこを調べたら生い茂った木の根元に隠すように母さんの髪紐が結んであった」
残されていたというアンネリーエの髪紐をエメリヒから受け取る。
それは私が作ってあげた物だった。
「母さん…」
ギュッと髪紐を抱きしめる。
「でもそれ以上の手がかりはなくて、追えなかった」
エメリヒが帰って来た理由を聞いて不安になる。
「追えなかったのは、そこで何かがあったということか?」
言葉にはしなかったが、そこでエルンスト達が争った形跡があったのかの問いだった。
ユリウスの指摘にエメリヒは頭を振った。
「いや…推測だけど盗賊に襲われた時に何かがあったんだと思う。こっちに戻ればリナや俺も危険になるような…」
むしろあれ以上後を辿れないよう痕跡を残さなかった節さえある。
「どういうこと…?」
思わずエメリヒの腕を掴む。
「ごめん、そこまでは…」
エメリヒが悔し気な顔を見せた。
あ…エメリヒだって不安なのに、私が責めるようなこと言うなんて…。
…しっかりしろ。
本来なら私の方が年上でエメリヒを支えなくちゃいけないのに。
これからどうすれば…。
帰ってくるのを待つ?
待てるのであればここにいた方がいい。それが一番すれ違わずにすむ。
でもいつになるか分からない中でまた昨日みたいなことが起きたら、ますます会えなくなる…。
それは嫌だ…。
それならーー。
「エメリヒ、父さん達の後を追おう」
エメリヒの目を見つめて訴える。
「どうして戻ってこれないのか、その理由は会って父さん達に聞けばいい」
私の言葉に驚いたエメリヒ。驚くのも無理はない。この世界に来て、エルンスト達と暮らし始めて、私がこんな強気な発言をするのは初めてだったからだ。
だって昨日エメリヒと離れ離れになって初めて気づいた。
この世界に来て、一度も一人きりになったことがなかったって。
いつも誰かがそばにいてくれたって。
やり直したかった人生がこの世界でよかったのかと問われると、それは分からない。
けど高校入学直前で父が事故死して、家族で一緒に過ごす時間はほとんどなくなった。
寂しかった。でも寂しさを感じる間もなく生活に追われた。
この世界の生活はとても不便で大変で。
でもエルンスト達のおかげで寂しさとは無縁だった。
転移した世界がここでよかったと、今は思う。
エルンストとアンネリーエ。それにエメリヒと出会えたから。
だから…もう二度と離れ離れになるのは嫌だった。
「ぐずぐずしてたら状況がどんどん変わる。昨日出る準備してたし、ちょうどいいよ。今から追いかけよう」
私は勢いよく立ち上がり、エメリヒも一緒に引っ張り上げる。
今度こそは絶対に離れないという主張。
「ちょ、ちょっと待って。追うのには賛成だけど、体調はどうなんだよ?」
エメリヒは自分の体重がかからないよう、すぐに私を支えてくれた。
確かに体はまだ重い。でも昨日よりは断然いい。
良くないと言って、エルンスト達を追えなくなるのは絶対に嫌だ。
「大丈夫だよ!もう全然!」
そう伝えると同時にお腹がくぅ~と鳴った。
「ひぇっ!?」
なんでこのタイミング!?
あまりにも締まらない状況に顔が熱くなる。
は、恥ずかしい…。
エメリヒも驚いて目を真ん丸に見開いてる。
そしてややあって、肩を震わせ出した。
「ふふっ…ふっ…そういや、初めて会った時もお腹鳴らしてたっけ」
エメリヒが余計なことまで思い出して笑い出す。
「ちょっ!ひどいっ」
私が抗議すると「だってホントのことだろ」といつもの意地悪なエメリヒが顔を見せる。
それがなんだか嬉しくて、私も笑ってしまった。
「待ってろ、今何か作ってやるから。動くにしてもまず食ってからだ」
エメリヒの手が私の頬をふにゃりとつまむと、極上の笑顔を見せた。
ふ…わぁ…。
なにあの笑顔…。
やっぱエメリヒなんかヘン!
私にあんな甘い笑顔見せるとか…!
うう…っ、こっちが照れてしまう。
「あんたも食うだろ」
エメリヒが素に戻った声で隣に問いかける。
「ああ」
ユリウスの呆れを通り越して、無の感情しか乗ってない声がした。
あ…!!
…また存在を忘れていた…。
エメリヒは私にソファで休んでいるようにと言うと、台所へと行ってしまった。
ユリウスと二人、残される。
どうしよう…ものすごく気まずい…。




