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やり直し転移は選べない  作者: 望月蜜桃


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プロローグ



 今日、私は失恋した。







 私の名前は瀬川涼。ビジネス系の専門学校を卒業後、一般事務員として採用された会社で、人生初の彼氏ができた。


 その彼氏とは営業課の平塚涼一さん。洗濯洗剤のCMなんかに出てきそうな、白いシャツが似合う爽やかなイケメンさんだ。

 彼は入社当時から注目の的だったらしい。しかも入社一年後には営業成績トップになり、そこからずっとトップをキープし続け、今では女子社員全員の憧れの的だ。


 そんな彼が、私みたいな、見た目も性格も平々凡々な一社員と本気でお付き合いしてくれてると思ったのが、そもそもの間違いだったのだ。







 私の今までは家族が中心だった。

 私が十五歳の時、高校入学目前にして父を事故で亡くし、母と私、弟、妹との四人家族になった。


 突然母子家庭の長女になった私は、働く母の代わりに家事全てをやることになった。いつまでも小学生気分が抜けない中学生の弟と歳の離れた妹が優先で、自分のことは後回し。それが当たり前になり、常に学校と家事に追われた。もちろん中学の頃のように放課後、友達と遊ぶ時間などなくなった。


 高校生活に慣れてからはそこにバイトも加わって、新しい友人など作る余裕はないまま社会に出ることとなった。


 家族中心だった生活に後悔があるわけじゃない。

 それでも遊びや恋愛を自由に楽しむ同年代の子達が羨ましいと、思わないわけではなかった。







 私が社会人になっても弟妹はまだ学生。初めての会社勤めでは精神力を持っていかれ、家との往復が精一杯で、ここでも誰かと親しくなる余裕はなかった。


 そんな中、五月のゴールデンウィーク明けてすぐの木曜日。

 昼休み、一人になりたい時にこっそり利用していた資料室。そこに同じ理由で休憩をしに平塚さんがやってきた。初めて話した時、名前に同じ「涼」の字が入ってるねと笑顔で言われ、ただただドキドキした。


 それから何が気に入ったのか、平塚さんは昼休み、資料室にちょくちょく来るようになった。他愛もない話ばかりだったが、私にとっては楽しくて、夢のような…大切な時間になっていった。




 そして夏の初め、彼から告白され付き合うことになった。

 嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


 正直、浮かれ切っていたのだ。

 そんな浮かれた状態だったから、平塚さんが他の女子社員を警戒して「付き合いを内緒にしたい」と言った時も、大事にされてるんだと思ってしまったんだ。







 それから付き合い始めて三ヶ月の今日。

 日帰り出張する平塚さんために、手作りのお弁当を持ってきた。平塚さんは喜んでくれて、朝、人気のない非常階段で待ち合わせをした。




 そこに行くと非常階段のドアが少し開いていて、平塚さんが誰かと話している声が聞こえてきた。どうやら同期で仲が良い井上さん(男性)と話しているらしい。


 付き合いを内緒にしていたので、井上さんが立ち去るのを待っていた私は、二人の話を立ち聞きしてしまった。




「今度のデートで決めるんだろ」

 ちょっとからかうような井上さんの声。

「ああ。涼は奥手だし、なかなか進まなかったけど、もうそろそろいいかなって」

 浮かれた声で答える平塚さん。


 内緒だと言っていたのに、私達の関係を井上さんに話してたことに驚く。が、仲の良い同期に話してくれていたことがなんだか嬉しい。


 しかも話の内容…そろそろいいかもって…。

 意味を考えるとドキドキしてしまう。

 私もそういうことに興味がないわけじゃないし、鈍感でもない。私だって平塚さんとなら…と期待もしていた。だから平塚さんが私との関係を進めたいと思ってくれていると知って、恥ずかしくも嬉しかった。

 だけどーー。


「あ、けど秘書課の畑野さんはどうすんだよ?」

 井上さんから出た名前。


 秘書課一、美人だと言われる畑野さん。畑野さんが平塚さんを狙っているのは社内でも有名で。彼女の名前が出たことにドクンと嫌な音が鳴る。


「絶対バレないようにする。彼女にバレたら元も子もないから」

 平塚さんの言葉にスッと体が冷えた。

 だって今まで平塚さんの口から畑野さんの名前が出たことは一度もなかったから。

 今の会話はどういう意味だろう…。


 畑野さんにバレたくないのは、バレたら私達の関係をジャマすると警戒してるから?

 それとも私とのことを彼女に知られたくないから?


 そこまで考えて一気に怖くなった。

 その先の会話を聞くのが。

 私は音を立てないよう、ぎこちなくその場を立ち去った。




 私はとにかく一人になりたくて女子トイレに駆け込み、個室のドアにカギをかけた。でもホッとしたのも束の間、運悪く畑野さん達、秘書課の女性陣がトイレに入ってきた。


「それで、平塚さんとはどこまでいったの?」

 平塚さんの名前が出たことにビクリと体が強張る。

「そんなこと訊かないで、察してよ」

 畑野さんの自信に満ちた声。

「先週の土曜日デートしたんでしょ?その様子だと上手くいったんだ」


 先週の土曜日…?あの日は平塚さんが「用事がある」って会えなかった日だ。

 その日に畑野さんとデート?上手くいった…?

 …どういうこと…?


「あーあ、残念。私も狙ってたのに」

「ホント。いつも畑野にはいい男持ってかれる。ムカつくわ~」

 秘書課の女性陣は狙っていた優良物件が畑野さんの手に堕ちたと残念がる。


 それって平塚さんと畑野さんが付き合うことになったって、こと…?

 彼女達の会話から行きついた答えに、頭が真っ白になる。




「うそ…」




 私がいることに誰も気づくことなく、畑野さんと秘書課の女性達は話しながら出て行った。

 私は静まり返ったトイレで、ただ呆然とするしかなかった。




 その後は何をどうしたのか憶えていない。







 気付くと仕事は終わり、夕方。十月に入り日が暮れるのも早くなった帰り道。

 私は駅へと向かって歩いていた。


 駅前にある交差点に差しかかると、急に涙がボロボロと溢れてきて。

 私は交差点の花壇のそばに設置してあるベンチに座り、涙が止まるのを待った。


 だってこんな顔じゃ家に帰れないから。

 こんな顔で帰れば家族が心配する。


 …バカみたいだ。

 こんな時でも家族の前で「お姉ちゃん」を崩せない自分に笑う。




 ブブブ。




 今日、何度目かのメッセージ。全部平塚さんからだ。約束のお弁当を渡さないまま仕事に戻り、返事をしないまま就業時間を終え退社した。そんな私を心配したんだと思う。


 …今までなら素直にそう思っただろう。

 だけどーー。




 平塚さんが畑野さんと私とで二股をかけていた。

 とすれば、秘書課一美人な彼女と平凡な一般事務員ではどちらが本命か…そんなこと私でも分かる。


 平塚さんのメッセージを見ることもできず、泣くことしかできない。

 …惨めだ…。


「っ…、っ…」

 我慢しても我慢しても、悔しくて悲しくて、あとからあとから涙が溢れてくる。








 …どのくらいそうしていただろうか。




 手に持つハンカチは涙でぐっしょり濡れていた。

 辺りはもう真っ暗になり、家路に急ぐ人達が足早に行き交っているのが見える。




 そんな中、ふいに私の好きな歌が流れてきた。




 顔を上げると、その歌は交差点を渡った先、駅の広告用大型モニターからだった。


 私の好きなアイドルグループ『クライゼル』の曲。

『クライゼル』は高科類と高階夕の二人組ユニットで、漢字は違うが読み方が同じ「たかしな」というのが、結成当時話題を呼んでいた。


 もうすぐベストアルバムが発売されるからか、デビュー当時の曲で「失敗しても元気を出して」という内容の応援ソングが、彼らが踊る映像と共に入ってくる。




「懐かしいな…」




 学生時代、どうしてもしんどい時、よく聴いていた曲。

 彼らの歌声に元気をもらってたな。


 そしてこのタイミングで『クライゼル』が流れてきたのも、今の自分を応援してくれているみたいで…。

 そう思うと自然と笑顔になれた。

 たくさん泣いて少しだけスッキリできたのかもしれない。




 …くよくよしてても始まらない。しっかりしろ。

 二股かけられてたのは悲しかったけど、深入りする前に分かって良かったと思おう。


 ハンカチで最後の涙を拭き、大きく深呼吸する。




 駅の時計は既に二十時を過ぎている。

「やばい、だいぶ遅くなっちゃった」

 家族が心配しているだろうと急に焦る。私は手に持っていた紙袋から平塚さんへ作ったお弁当を取りだすとーー。




 まだ心の整理がついたわけではないけど…。


 平塚さんへの思いを断ち切るように、ゴミ箱に捨てた。




 クルリと方向転換し交差点で信号待ちする人達に混ざり、信号が青になるのを待った。




 もう少し落ち着いたら、平塚さんとお話してきちんとお別れしよう。




 ーーそう決心した時だった。







 ドンッ!!







 背中を強い力で突き飛ばされ、直後に物凄い衝撃があった。




 ゴロゴロゴロと何度も回転し、ようやく止まる。







「…っ」




 え…なに…?


 痛みで体が動かない…。


 視線を彷徨わせると、さっきまで立っていたはずの交差点が遠くに見える。私と一緒に信号待ちをしていた人達はみんな青ざめていて、全員がこっちを見ていた。




 もしかして…私、車に撥ねられたの…?


 痛みから無意識に溢れる涙で視界がぼやける。




 ああ…ツイてない。




 何で私ばっかり…。




 激しい耳鳴りがして、雑多な音も鈍い痛みも、全ての感覚が遮断されていく。




 私、死ぬのかな…死ぬならもっと…いろいろなこと…やっておけばよかった。






 我慢せずにもっと…。


 したかったこと、いっぱい、あった、のに…。








 …死にたく、ない…。


 …死にたく…ない…よ…。












 私の意識はそこで途切れた。








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