第5話 封じた熱
「レオン、お待たせ」
声をかけると、鍛冶屋の前にいた彼が顔を上げた。
腕を組んだまま、こちらを一度だけ見て、視線を外す。
「思ったより早かったな」
「歩き回ってたわけじゃないから」
それ以上、何も聞かれない。
懐にしまった革袋の存在に気づいているのかいないのか、レオンは普段と変わらない顔だった。
「帰ろっか」
「そうだな」
並んで町を出る。
石畳が土の道に変わり、建物の数が減っていくにつれて、音も少しずつ静かになっていった。
しばらくは、言葉がなかった。
足音と、風が草を揺らす音だけが続く。
「仕立て屋、どうだった」
不意にレオンが口を開く。
「裾、ちゃんと直った」
「ならよかった」
それだけで会話は途切れる。
無理に続けようとしないのが、彼らしかった。
村の入り口が見えてきたころ、夕方の光が低く差し込む。
畑の向こうから、人を呼ぶ声が聞こえてきた。
家に戻るよう促す、夕方の声だ。
レオンが一瞬だけ、こちらを見る。
何か言いたげにも見えたけれど、結局そのまま前を向いた。
「……今日、町で変なことなかったか」
「変なこと?」
「いや。なんでもない」
そう言って、彼は話を切った。
私はその横顔を見ながら、胸の内で小さく息を吐く。
並んで歩く帰り道。
何も変わらない景色。
何も起きていない一日。
それでも、懐の中の重さだけが、確かに違っていた。
村の家々が近付き、いつもの生活が戻ってくる。
この道を、これからも一緒に歩いていく。
そう信じていた。
家の前まで戻ると、空はもう夕暮れの色に染まり始めていた。
土壁に落ちる影が長く伸びて、昼とは違う静けさがある。
私は足を止めて、レオンのほうを向く。
「今日は本当、ありがとうね」
何気ない礼のつもりだったのに、言葉にした瞬間、少しだけ胸が詰まった。
レオンは一瞬、視線を逸らしてから肩をすくめる。
「別に。用事のついでだ」
いつもの言い方。
でも、立ち去ろうとしない。
私は懐に手を入れて、革袋を取り出した。
「あとさ、これ……レオン、もうすぐ誕生日でしょ?」
袋を差し出すと、彼の動きが止まった。
受け取らずに、私の手と袋を交互に見る。
「……覚えてたのか」
「忘れるわけないでしょ」
一拍置いて、レオンが袋を受け取る。
指先が触れたのは一瞬だけだった。
レオンは何も言わず、視線を落とす。
耳のあたりがわずかに赤くなり、指先で袋を握り直すのが見えた。
それで十分だと思えて、胸の奥で同じ熱が揺れ、私はそっと視線を外した。
「レオンに似合うと思って……」
そう言ってから、少しだけ迷って、続ける。
「この琥珀色の石、レオンの瞳の色とそっくりでしょ?」
言いながら、無意識に彼の目を覗き込んでいた。
暗い金色が、夕暮れの光を反射して揺れる。
レオンは、はっきりと息を止めた。
ほんの一瞬。
でも、確かに。
「……似てる、か?」
低い声。
冗談に逃げる余地を探しているみたいな間。
「この石はね、大切な時間を閉じ込めるって言われてるんだって」
照れ隠しみたいに、少し笑って付け足す。
言い終えたあと、視線を外した。
沈黙が落ちる。
レオンは袋の口を開け、琥珀をそっと取り出した。
光にかざすでもなく、ただ手のひらに載せて見つめている。
「……高かっただろ」
「まあ、それなりに」
「無理はするなって、いつも言ってるだろ」
責める調子じゃない。
むしろ、困ったような声だった。
「でも、私がレオンに贈りたかったの」
そう答えると、彼は何も言わなくなった。
喉が小さく動いて、言葉を飲み込んだのがわかる。
しばらくして、レオンは琥珀を革袋に戻し、胸元にしまった。
「……大事にする」
短い言葉。
でも、いつもより少しだけ重かった。
目が合う。
その瞬間、彼が何か言いかけて――やめたのがわかった。
「じゃあ、また明日な」
そう言って、彼は一歩下がる。
「うん。おやすみ」
背を向けて歩き出すレオンの後ろ姿を、私はしばらく見送っていた。
このときはまだ、
この小さな贈り物が、
あとで何度も思い返す“時間”になるなんて、知らなかった。




