第4話 琥珀
路地を抜けると、石造りの小さな店があった。
看板は控えめで、知らなければ通り過ぎてしまいそうなほど静かだ。
中に入ると、鈴が短く鳴った。
薄暗い店内に、光を落とした棚が並び、小さな宝石や金具が静かに置かれている。
奥から現れた店主は、こちらを一目見ただけで多くを聞かなかった。
私は、棚の一角に視線を落とす。
琥珀色の石が、布の上に置かれていた。
小ぶりな琥珀のペンダントだ。
装飾としての主張は強くない。
けれど、目を引くには十分だった。
指先で持ち上げると、
石の中に閉じ込められた光が、ゆっくりと揺れる。
値札を見て、思わず息を止める。
決して、衝動で買える額じゃない。
それでも、視線が離れなかった。
あの暗い金色の目。
光を反射するたび、感情を隠すみたいに静かな色。
鎧の上からでも、邪魔にならないだろう。
普段着に合わせても、目立ちすぎることはない。
剣に付ける装飾も棚の奥に並んでいたけれど、
レオンが武器に飾りを付ける姿は、どうしても想像できなかった。
身につけるなら、こういうものだ。
目立たないのに、意味だけは残る。
「あの……」
声をかけると、店主は作業の手を止めてこちらを向いた。
年齢は読めないけれど、目だけがやけに落ち着いている。
「男性へのプレゼントなんですけど……」
言い切ったあと、少しだけ間が空いた。
言葉を選んでいるのが、自分でも分かる。
店主は私の視線の先――琥珀のペンダントに目を落としてから、静かに頷いた。
「それなら、悪くない選択ですよ」
断定でも、押し売りでもない言い方だった。
「派手すぎない。けれど、安物にも見えない。
身分や職業を問わず、身につけられる」
そう言って、石をそっと持ち上げる。
「琥珀は、飾りというより“留める”ための石です。
光を誇る宝石じゃない。
でも、時間を閉じ込める」
時間、という言葉に、胸の奥がわずかに反応した。
「……高いですよね」
正直に言うと、店主は小さく笑った。
「ええ。安くはありません。
だからこそ、贈る側が“理由”を持って選ぶものです」
理由。
もう一度、琥珀色を見る。
光の中に、曖昧な層が重なっている。
並んで歩いた朝。
当たり前みたいに隣にいる時間。
言葉にしない信頼。
それらを形にするとしたら――。
店主は何も急かさなかった。
石を布の上に戻し、静かに待っている。
「この石、彼の目の色にそっくりなんです」
琥珀を見つめたまま、口元だけが少し緩む。
自覚していないふりをしてきた感情が、ほんの一瞬だけ顔を出した気がした。
店主はその表情を見て、何も言わなかった。
ただ、静かに頷く。
「……これにします」
言葉にした途端、迷いがすっと引いた。
考えていたことが、もう必要なくなった気がした。
店主は琥珀を柔らかな布で包み、小さな革袋に収めた。
手渡されたそれは、驚くほど軽い。
「目立つものではありません」
「ですが、意味を知っている人にとっては、十分すぎるほどでしょう」
代金を支払い、袋を受け取る。
指先に伝わる感触を確かめるように、少しだけ握った。
レオンは、きっと。
そう思えただけで、十分だった。
店を出ると、路地の向こうから町の音が戻ってきた。
人の声、金属の触れ合う音、遠くの足音。
私は革袋を懐にしまい、深く息を吸う。
秘密をひとつ抱えた感覚が、胸の奥に静かに残っていた。
約束した場所へ戻る。
今は、それでよかった。




