第2話 今年は
朝の仕事が一段落したころ、私は桶を元の場所に戻した。
水の跳ねた手を布で拭いながら、家の中に入る。
仕立て屋へ行く準備を始める。
普段着よりは少しだけましな服を引っ張り出し、埃を払う。
壁に掛けた金属板に映る自分は、特別でもなんでもない、いつもの私だった。
靴を履こうとして、片方の紐に指をかけたまま動きを止めた。
レオンの誕生日が、もうすぐだ。
私とレオンの間では、誕生日を改まって祝うことはなかった。
祝おうとすると、レオンは決まって同じ反応をした。
困ったように口元を緩めて、視線を外す。
それから、話題を変える。
そんなこと、わざわざしなくていいと言わんばかりに、会話は終わってしまう。
嫌がっているわけではないのだと思う。
ただ、自分のために向けられた気持ちを、どう受け取ればいいのか分からないだけで。
でも、今年は少し事情が違う。
この国では、二十になる年を境に、責任を持つ者として扱われることになる。
私は、まだ十九だ。
同じ年に生まれたが、レオンは私よりも先にその年を迎える。
だから、今年は何か形に残るものを渡すつもりだった。
町へ行けば、なにか見つかるかもしれない。
しかし、剣や道具は彼のほうが目利きだ。
中途半端なものを渡すわけにはいかない。
どんなものでも、彼はきっと大切にしてくれるはずだが、だからこそ、選び方を間違えたくなかった。
役に立つものか。
それとも、役に立たなくても残るものか。
靴紐を結び直し、立ち上がる。
答えは出ないままだった。
外から、控えめに戸を叩く音がする。
「準備できたか」
レオンの声だった。
戸を開けると、彼は壁にもたれて立っている。
深い赤の髪は整えられていて、いつもより少しだけきちんとして見えた。
「今ちょうど」
「じゃあ行くぞ」
それだけ言って、先に歩き出す。
町へ行く日は、いつもこうだった。
約束をしていなくても、気付けば隣にいる。
村の外れへ向かう道を並んで歩く。
踏み固められた土の感触も、景色も、変わらない。
「仕立て屋だけでいいのか」
「んー、どうでしょう?」
「……仕方ねえな。気が済むまで付き合う。」
余計なことは聞かない。
それが、昔からの距離感だった。




