第13話 剣だけでは、届かない -レオンside-
夜明け前に、村を出た。
身一つ。
腰に差した剣だけが、今の自分のすべてだった。
理由は単純だった。
王都へ行けば、何かわかるかもしれない。
それ以上の考えは持たなかった。
わからないまま立ち止まるより、動くしかなかった。
道は、やけに長く感じた。
夜を越えても頭の中は静まらない。
紋章。
名を呼ばれた、あの声。
胸の奥で、何度も同じ名前をなぞる。
ルナ。
王都の門が見えたとき、思わず息が詰まった。
高い壁。
分厚い門。
人の流れはあるのに、そこにははっきりとした境が引かれている。
「止まれ」
無表情な門番が前に出た。
「王宮に用がある」
短く告げる。
「身分を示すものはあるか」
「ない」
即答だった。
門番は一度だけこちらを見て、すぐに興味を失ったように言った。
「通すことはできない」
「連れていかれた女がいる。昨夜、王家の兵に」
声が、わずかに荒くなるのを自覚していた。
「お前には関係のないことだ」
それだけだった。
レオンは一歩、前に出る。
門番の手が即座に武器へ伸びる。
周囲の空気が変わり、警戒の視線が増えた。
ここで剣を抜いたら終わりだ。
頭ではわかっている。
それでも、身体は熱を帯びていた。
「中にいるんだ」
低く、押し殺した声。
「理由もわからないまま、連れていかれた」
「下がれ」
「俺は――」
言い切る前に、遮られる。
「王家の用で連れてこられた者に、
平民が口出しする権利はない」
その一言で、足が止まった。
権利。
剣の腕でも、覚悟でもない。
最初から、土俵にすら立たされていなかった。
喉の奥で、声にならない音が漏れる。
門は閉ざされたまま動かない。
向こう側に王宮があるのに。
「帰れ」
冷たい声が、背中に投げられた。
拳を握る。
爪が食い込むほど強く。
助けたい。
連れ戻したい。
それだけなのに、
それを実行する場所に、入ることすら許されない。
門前に立ち尽くしたまま、やがてレオンはゆっくりと背を向けた。
そのときだった。
城下町の方から、人の声が流れてくる。
「聞いたか」
「新しい姫だって」
「今朝、儀があったらしい」
足が、止まる。
「何者なんだ?」
「さあな。でも――」
次の言葉が耳に突き刺さり、世界が一瞬で遠のいた。
王家の姓。
でも、名前だけは――。
息が、乱れる。
連れていかれた。
理由もわからないまま。
助けることもできなかった。
そして今、
彼女はもう、別の名で呼ばれている。
「……ふざけるな」
誰に向けた言葉かもわからないまま、声が震れた。
剣に手をかける。
だが、抜かない。
ここで抜いても、何も変わらない。
ゆっくりと、深く息を吸う。
足りないのは、力じゃない。
この壁を越えるには、
剣では届かない「立場」が要る。
王宮に立つための身分。
名を名乗るための資格。
「……騎士になる」
言葉にした瞬間、迷いが消えた。
二度と剣を握れなくなる未来さえ、引き受けて。
王家のためじゃない。
制度のためでもない。
彼女の隣に立てる場所へ行くために、
その資格を、自分の手で掴む。
レオンは踵を返し、騎士団の詰所がある方角を見据えた。
胸の奥は焼けつくようだった。
怒りも、悔しさも、焦りも、全部だ。
それでも、歩みは止まらない。
この日、
レオンは初めて知った。
剣だけでは、守れない世界があるということを。
そして同時に、
その世界に踏み込む覚悟を決めた。




