20 泥を洗い流しましょう(3)
桶の中のお湯に布を浸し、ぐっとアセリアの足を拭く。
「んん……っ」
聞き慣れない声を聞きながら、ぐいぐいと足を拭いていく。
足は、ブーツの中で泥をこれでもかと踏みつけたもので、足の裏はかなり力を入れないとうまく落ちなさそうだ。
グッと力を入れると、
「うううううん……」
ともう一方のアセリアの足がパタパタと動く。
埃の積もったままの床に泥が飛び散るけれど、少し面白くなって、何も言えなくなってしまった。
そんなことを何度か繰り返し。
それから。
いや、魔がさしたわけではないと言い訳をしておく。
普通に洗っているつもりだった、と。
ふっと、布を掴んだままの指をそのまま足の裏からアセリアの足の指の間へと滑り込ませた。
「ひゃああああああんっ」
見事な嬌声を上げさせてしまう。
や……やってしまった……!?
興奮と罪悪感が駆け上がり、顔が熱くなる。
「すみませんっ」
お互いに顔を逸らした。
「大丈夫ですわっ」
少し怒ったその声が、ハルムの頭の中に響いた。
お湯を入れ替え、丁寧に、髪を洗っていく。
そもそもやれと言ったのはアセリアの方だし、俺は悪いことはしていない。していない、が。
つい、その手は、まるで罪を償うように、その金色の髪を大切に扱ってしまうのだった。
結局、今日も鍋でスープを作ることになった。
アセリアはベッドの上でキルトをかぶっているので、何も出来ずだ。
いっそ、キルトに腕用の穴を開けて服にしてしまうのが簡単なのでは、なんて思う。
キルトを巻いで歩き回るアセリアを想像して、少し面白い気分になる。
スープは、思ったよりも滞りなく完成した。
ルーシエンに世話になっているとき、仕事でちょくちょくキッチンに顔を出していたのが功を奏していると言っても過言ではなかった。
まあ、水の中に野菜と塩を入れて煮るという、単純なものではあったが。
元々器用なのもあって、野菜を切るのには困ることはなかった。
明日は卵か肉か、手に入れば食べさせてやりたいな。
「お嬢様、パンが少し残ってますので、これとスープでいただきましょう」
テーブルに鍋を持っていくと、ベッドの上で、ウルウルした瞳を向けてきたアセリアと目が合った。
「どうやっていただきますの」
「あー……」
確かに、服は洗ってしまって乾いてなどいない。
キルトにくるまったまま食事をすることは、アセリアには無理だろう。
「食べさせてくださいませ」
「……ですねぇ」
ここまできたら、もう執事というより完全に下僕だ。
「熱いので、気をつけてくださいね」
ピヨピヨなんて聞こえてきそうなくらい口を開けているアセリアの口の中にスープを少しずつ入れていく。
「いいお味ですわね」
何気なく言ったアセリアの一言に、ハルムは眉を寄せる。
「美味しくは、ないでしょう」
つい、そう言ってしまうと、アセリアが黙り込んだ。
「ルーシエンのシェフもよくやってくれていましたけれど、わたくしは今まで、好きなものも嫌いなものも言葉にせずに、ただ出されたものを口に運んでいましたわ。一般市民になって、好きも嫌いも思っていい初めての食事が、この食事で嬉しく思ってますのよ」
そう言ってもらえて、不安だった初めての料理は、報われたというものだった。
外は夜。
とうとう、追放されて一日目が終わろうとしていた。
なんとか生きていけそうだとホッとする。
目の前のこの、何も出来ないお嬢様を、一人捨てることにならず、共について来ることになって、いっそよかった。
ハルムはアセリアがベッドですやすやと寝息を立てていることを確認すると、ごろりと床に横になる。
めちゃくちゃだった一日を思い、ふっと笑う。
けど、悪い一日じゃなかったな。
明るい朝を確信して、ハルムは静かに目を閉じた。
まだ一日目。長い一日でしたね!だんだん生活も安定してくると思います。




