第2話「あの子との再会(3)」
その夜、寮の自室で、キオは窓の外を眺めていた。
星が、夜空に美しく輝いている。
『キオ』
シュバルツの声が、心に響く。
『今日は……良い一日だったな』
『うん。オーウェンとも仲良くできたと思うし、実習でも何とかうまくいった』
キオは今日の出来事を振り返る。魔法の暴走を止めたこと。周囲からの賞賛。そして——
『ルイが、見ていてくれた』
あの一瞬の視線。キオを見つめていた、あの澄んだ青い瞳。
『でも、話しかけてはこなかった』
『当然だ。お前は最高位の貴族。あの子は平民。簡単に話しかけられる関係ではない』
シュバルツの言葉は、冷静で現実的だった。
『でも……僕は、ルイと友達になりたい』
『焦るな。機会は必ず来る。お前が行動すれば、いつか道は開ける』
シュバルツの言葉に、キオは頷いた。
『明日、話しかけてみようかな』
『お前らしくやればいい』
窓の外の星が、まるで励ますように瞬いている。
『そうだね……頑張ってみる』
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一方、女子寮の一室では。
ルイは自分のベッドに腰を下ろし、今日の出来事を振り返っていた。
「ねえねえ、ルイ! 今日の黒髪の男の子、すごかったわね!」
異国の少女——カリナが興奮気味に話しかけてくる。
「あんな冷静に、魔法の暴走を止めるなんて! 私びっくりしちゃった!」
「そうだね……すごかった」
ルイは控えめに答えた。
確かに、すごかった。あの冷静さ、優しさ、的確な判断。周りの生徒たちが驚いて固まっている中、迷わず行動した黒髪の少年の姿。
『やっぱりあの子って、七年前の……あの子なのかな』
もしそうだったとしたら、あの時の子にまた会えたのがすごく嬉しい。会って話がしたい。でも、それと同時に、自分とは住む世界が違う存在なのだと感じた。
最高位の貴族。圧倒的な魔力。周囲から向けられる賞賛と尊敬の眼差し。今の彼は七年前とは違うのだと、自分が気軽に話しかけてはいけない人なんだと、そう思った。
『私が話しかけても、迷惑なだけかもしれない』
「ルイ、どうしたの? ぼーっとして」
カリナが不思議そうに尋ねる。
「ううん、何でもないよ。ちょっと疲れちゃっただけ」
ルイは笑顔を作った。
確かに七年前のことは覚えている。あの小さくて可愛い子が、寂しげに泣いていたこと。一緒にクッキーを作ったこと。
でも、それはもう過去のこと。
今は、お互いに違う世界にいる。
『それでいいんだよ。私には私の世界がある』
そう自分に言い聞かせながら、ルイは今日一日の疲れを癒すために、ベッドに横になった。
でも、閉じた瞼の裏には、キオの真剣な横顔が浮かんで離れなかった。
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しかし、キオはまだ気づいていなかった。
ルイが自分のことを思い出してくれていること。そして、自分と同じように、あの日のことを大切に覚えていてくれていること。
でも同時に、ルイが「別の世界の人」として、距離を置こうとしていることも——
そして何より、今日の出来事が、ある人物の興味を強く引いてしまったことを——
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とある大学の研究棟の一室。
窓から月明かりが差し込む研究室で、ベゼッセン・シュバルツ・ヴァーグナーは、手元の資料を見ていた。
それは、部屋の影からベゼッセンのことをニヤニヤと見つめている「闇」がもたらした資料。
そこには、キオの今日の実習での出来事が、詳細に記されている。
「キオ……やはり、お前は……」
ベゼッセンの目には、複雑な感情が浮かんでいた。
期待。不安。そして、何か計り知れない思惑。
彼は書類を静かに閉じると、窓の外の夜空を見上げた。
自分と同じ夜空色の髪を持つ少年——キオ。
ずっと見守ってきた大切な存在。
「ああ......お前に会える日が待ち遠しいよ」
その言葉は、優しさとも、何か別の感情とも取れる、不思議な響きを持っていた。
月明かりの中、ベゼッセンの影が、長く長く伸びていた。
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