第2話「あの子との再会(2)」
午後になり、オリエンテーションという名の魔法実習が始まった。
広い実技場に、1年A組の生徒たちが集まっている。キオは貴族グループの一員として、前方の方に立っていた。少し離れた場所に、ルイ、カリナ、セドリックの三人組の姿も見える。
「それでは、まずみなさんの魔法の基礎を確認するため、光の魔法から練習しましょう」
シュトゥルム先生が、手を見せるように前に出すと体の周りに青い魔力の光が浮かび上がり
手の中央に集まっていく、すると手のひらの上に美しい光の玉が浮かび上がった。
「このように、魔力を集中させ、光の玉を作り出してください。二人一組になって、お互いに指導し合ってください」
先生の指示で、生徒たちはそれぞれペアを探し始める。この機会に色々な生徒と話したい、と思っていたキオの考えは、すぐに打ち砕かれた。
「キオ、僕とペアでいいかな?」
オーウェンが爽やかな笑顔で、しかし有無を言わせぬ口調で言った。思わず笑みがこぼれてしまう。
「喜んで」
少し離れた場所では、ルイがカリナとペアを組んでいるのが見えた。セドリックは、近くにいた平民の少年とペアになったようだ。
「それでは、始めてください」
先生の号令で、実技場に静かな集中の空気が満ちた。
キオは意識を集中させ、すぐに術式のコツを掴む。ほわほわと輝く玉が目の前に浮かんだ。
一方のオーウェンは、格の違いをまざまざと見せつけた。その手の中に現れたのは、もはや玉とは呼べない、凝縮された太陽のような眩い光の塊。魔力量も制御も、明らかに段違いだった。
「すごい」
思わず感嘆の声を漏らすと、オーウェンは「ありがとう」と素直に受け取った。
「でも、実技は得意なんだが、体力を使う練習は苦手なんだ」
その意外な言葉に、キオは少し驚いた。王族だからといって、全てが完璧なわけではない。むしろ、そんな弱さを隠さずに認められる彼の姿勢に、キオはより一層親しみを覚えた。
周囲を見渡すと、生徒たちはそれぞれに奮闘している。ルイは小さな光の玉を作ろうと真剣な表情で集中しているが、すぐに消えてしまう。ルイと一緒にいる異国の少女は楽しそうに何度も挑戦している。
その時だった。
教室の反対側で、突然、眩い閃光が爆発的に広がった。
「きゃあっ!」
悲鳴が上がる。
一人のロート家の生徒——紅い髪を後ろで結んだ、小柄な少女——が、制御できない魔力を抱えて、パニックに陥っている。
「た、助けて……止まらない……!」
彼女の手の中の光の玉が、見る見るうちに膨れ上がっていく。まるで暴走した炎のように、制御を失った魔力が渦を巻いている。
周囲の生徒たちは驚いて後ずさる。誰もが恐怖に目を見開き、動けないでいた。
『まずい!』
キオの脳裏に、前世の記憶が鮮明に蘇った。
魔力の暴走——制御を失った魔法は、術者本人だけでなく、周囲にも大きな被害をもたらす。あのまま放置すれば、爆発する。しかし、適切に対処すれば、魔力を安全に分散させることができる。
前世で、何度も研究論文で読んだ理論。実際に目の前で起きているのは初めてだが、どうすればいいかは分かる。
『動かなきゃ』
シュトゥルム先生が駆け寄ろうとするより早く、キオは少女に向かって走り出していた。
「キオ!」
オーウェンの驚いた声が背後から聞こえたが、構っている暇はない。
キオは少女の前で膝をつき、震える彼女の両手をしっかりと握った。
「大丈夫。落ち着いて。僕の声を聞いて」
キオの落ち着いた声に、少女ははっとして顔を上げた。涙で濡れた瞳が、キオを見つめる。
「で、でも……止まらなくて……」
「大丈夫。一緒にやろう。まず、僕と一緒に息を吸って」
キオは自分も深呼吸をして見せた。少女は震えながらも、それに従う。
「そう。いいよ。もう一回」
もう一度、深呼吸。少女の呼吸が、少しずつ落ち着いてくる。
「今から、魔力を少しずつ外に逃がしていくよ。一気に放出するんじゃなく、少しずつ。川の水を、少しずつ流すイメージで」
キオは自分の魔力を使い、少女の暴走した魔力を包み込むように制御し始めた。前世の知識が、今、こうして役に立っている。
「そう……そのまま……ゆっくりと……」
キオの誘導に従い、少女も必死に魔力をコントロールしようとする。暴走していた光の玉が、少しずつ、少しずつ小さくなっていく。
実技場全体が、息を呑んで見守っている。
そして——
光の玉が、最後の輝きを放って、静かに消えた。
一瞬の沈黙の後、安堵のため息が実技場に広がった。
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
少女は泣きながら、キオに何度も頭を下げた。
「大丈夫。もう終わったよ」
キオが優しく微笑むと、少女はさらに涙を流した。
「見事な判断でした、ネビウス君」
シュトゥルム先生が駆け寄ってきて、キオの肩に手を置いた。
「よく冷静に対処しましたね。あなたの知識と行動力に感心しました」
「いえ、本で読んだことがあっただけです」
キオが謙遜すると、先生は優しく微笑んだ。
「それでも、実際に行動に移せる人は少ない。素晴らしかったですよ」
周囲の生徒たちからも、驚きと賞賛の視線が注がれる。
「すごい……」
「あんな冷静に……」
「さすがシュバルツ一族……」
オーウェンが駆け寄ってきた。
「キオ、すごかったぞ! あんな冷静に対処できるなんて」
「本当に、本で読んだだけなんだ」
キオが苦笑いを浮かべると、オーウェンは真剣な表情で頷いた。
「それでも、実際に行動できるかどうかは別だ。君は本当にすごいよ」
その時、キオはふと、後方に立つルイの姿に気づいた。
彼女は、驚いたような、そして何か複雑な表情でこちらを見ていた。視線が合うと、ルイは慌てて目を逸らした。
『ルイ……』
キオの胸に、何かが引っかかる。でも、それが何なのか、まだ分からなかった。
---
実習が終わり、生徒たちは教室へと戻り始めた。
キオも貴族のグループと共に廊下を歩いていたが、ふと視線を感じて振り返った。
少し離れた場所に、ルイの姿があった。
彼女は友人たちと一緒に歩いていたが、一瞬だけ、キオの方を見ていた。視線が合うと、ルイは慌てて目を逸らし、カリナやセドリックとの会話に戻っていく。
『ルイ……』
キオは思わず声をかけようとしたが、既にルイたちは別の廊下へと曲がっていってしまった。周りには貴族の生徒たちがいる。今、ルイを追いかけるわけにはいかない。
オーウェンが心配そうに尋ねてくる。
「キオ、どうかしたか?」
「いや、何でもない」
キオは首を振ったが、心の中には確かな想いが残っていた。
『ルイは、今日の僕の行動を見ていてくれた。でも、話しかけてはこなかった』
それは当然のことなのかもしれない。貴族と平民。身分の壁は、まだあまりに高い。
『でも……いつか、必ず話しかけよう』
『あの時のお礼を言いたい。そして、友達になりたい』
キオの胸に、静かな決意が芽生えていた。
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