第2話「あの子との再会」
入学式の翌日。
真新しい制服にまだどこか馴染めない感覚を抱きながら、キオは少し早めに教室へと向かった。今日から始まる本格的な学校生活。その胸には、新しい環境への期待と、自然に友達を作りたいというささやかな願いがあった。
1年A組の教室は、大きな窓から差し込む柔らかな朝日が床に光の絨毯を作り、空気中の細かな埃をきらきらと輝かせる、明るく開放的な空間だった。
この王立魔法学校では身分に関係なく席を自由に選べるため、生徒たちはすでに思い思いの場所で談笑している。その活気あるざわめきに少し気圧されながら、キオは当たり障りのない中ほどの席に腰を下ろし、そっと教室を見回した。
すると、後方の席にルイの姿を見つけた。
昨日と同じ、凛とした横顔。隣には入学式で見かけた褐色の肌の少女が座り、身振り手振りを交えて親しげに話している。すぐ後ろの席にいる茶色い髪の少年も、時折楽しそうに二人の会話に加わっていた。三人の周りには、和やかで心地よい空気が流れている。
『どうやって話しかけよう……』
輪に加わるきっかけが見つからず、キオは髪先を指で弄ぶ。
『キオ』
不意に、心の中に直接シュバルツの落ち着いた声が響いた。
『焦るな。機会は必ずある』
その言葉に静かに頷いた、ちょうどその時だった。教室の扉が開き、一人の男性が入ってくると、生徒たちの私語がすっと収まる。
青い髪を落ち着いた雰囲気でまとめた中年男性。彼が、このクラスの担任らしかった。
「おはようございます。皆さん、本日から本格的な学校生活が始まります」
先生は教壇に立つと、穏やかながらも芯のある声で語り始めた。
「まずは私の自己紹介から。私はブルー・ブラウ・シュトゥルムです。魔法理論を専門としており、皆さんの担任を務めさせていただきます」
生徒たちは静まり返り、その言葉に耳を傾けている。
「この王立魔法学校は、身分や出身に関係なく、すべての生徒が平等に学べる環境を提供することを理念としています」
シュトゥルム先生は、一人ひとりの顔を確かめるようにゆっくりと教室を見回した。
「それでは、今日は学校の施設見学と簡単なオリエンテーションを行います。午後からは基礎的な魔法実習を予定しています」
先生の説明が終わると、生徒たちはがやがやと立ち上がり始める。キオも席を立ったものの、誰に声をかけるでもなく、その場で逡巡していた。
その時、「やあ、ネビウス卿」と柔らかな声がかかった。
振り返ると、そこにいたのは金髪の少年、オーウェンだった。王族らしい気品を漂わせながらも、その表情には同世代らしい親しみやすさが浮かんでいる。
「おはようございます、オーウェン殿下」
キオが軽く頭を下げると、オーウェンは苦笑いを浮かべて手を振った。
「あまり畏まらないでくれ。昨日の挨拶はとても印象的だった。僕も王族としての立場は確かにあるが、身分に関係なく仲良くなるという考え方には共感している」
その言葉には王族としての自信と、飾らない率直さが同居していた。
「ありがとうございます」
「よければ、施設見学を一緒にしないか? 君とは仲良くなりたいと思っていてね」
願ってもない誘いだった。
「僕でよければ、ぜひ」
「それと……よければ、キオと呼ばせてもらえるか? 僕のことも、オーウェンでいい」
真剣な表情でそう提案するオーウェンの姿に、友達になりたいという純粋な気持ちが伝わってくる。キオの心に、温かいものがじんわりと広がった。
「喜んで」
---
キオとオーウェンが連れ立って教室を出ると、廊下ではまるで待ち構えていたかのように、他の貴族の生徒たちが集まっていた。黄の髪を持つゲルプ家の少年、紅の髪のロート家の少女、そして担任と同じ青い髪のブラウ家の少年。
「ネビウス卿ですね。私はエルヴィン・ゲルプ・フォルケです」
「レナ・ロート・カルメンです」
「マルク・ブラウ・リヒテです」
矢継ぎ早に繰り出される自己紹介に、キオは一つひとつ丁寧に応対する。礼儀正しく応答しながらも、キオは内心で小さくため息をついた。貴族社会特有の、腹の探り合いのような形式的なやりとりは、どうしても気を張ってしまう。
施設見学は、貴族のグループと行動を共にすることになった。陽光が差し込むステンドグラスが美しい図書館、魔力の匂いが満ちる広大な実技練習場、活気あふれる食堂。
彼らとの会話は途切れることがなかったが、当たり障りのない話題ばかりで、心の距離は一向に縮まらない。
昼食の時間になり、食堂へ向かうと、貴族のグループは自然と同じテーブルに固まった。
「疲れが顔に出ているよ」
隣に座ったオーウェンが、心配そうに声をかけてくる。
「オーウェンも同じでは?」
キオが苦笑いを浮かべると、オーウェンは楽しそうに笑った。その屈託のなさに、少しだけ心が軽くなる。やがて話題は、午後の魔法実習のことになった。
「午後の実習、楽しみだ。魔法について日々の鍛錬は欠かしていないんだが、誰かと一緒に行うことはなかなかなくてね」
オーウェンは目を輝かせながら、率直な気持ちを口にした。
「はは、僕も凄く楽しみです」
キオも頷きながら、オーウェンの素直さに好感を抱いた。ふと視線を移すと、少し離れたテーブルで、ルイが例の二人と楽しそうに食事をしている。笑い声がこちらまで聞こえてきそうだ。
『あの子たちと友達になりたいな』
そう思ったが、今は貴族たちの輪から抜け出すわけにはいかなかった。寂しい気持ちを心のうちにとどめ、作った笑顔を浮かべるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
面白い、続きが気になると思っていただけましたら、
下の☆マークから評価や、ブックマーク(お気に入り登録)をしていただけると、執筆の励みになります!
(お気軽にコメントもいただけたら嬉しいです)
よろしくお願いします。




