第10話「再訪の約束(2)」
やがて、馬車は目的地の『リンネル洋食屋』が見えてきた。
石畳の小さな街並みの中に佇む、こぢんまりとした二階建ての建物。1階が店舗で、2階が住居になっているようだ。
外壁は温かみのあるレンガ造りで、壁には緑のツタが程よく絡まっている。
木製の看板には『心温まる美味しい料理をお約束します』という文字が、丁寧な手書きで記されていた。
「あ、あの看板!」
カリナが懐かしそうに指差す。
「私が初めて来た時に見た看板よ! 変わってない!」
店の前では、ルイの母親のアンナがエプロン姿で掃除をしていた。
馬車に気づくと、驚いたように目を丸くし、慌てて店のドアをどんどんと叩いた。
「あなた、お客様よ! ルイやキオ君が来たわ!」
すぐにドアが開き、人の好さそうなトーマスが飛び出してきた。
「いらっしゃい! ようこそ、ようこそ!」
マーカスが先に馬車を降り、周囲を確認してから、オーウェンに「どうぞ」と促す。
「おじゃまします」
オーウェンが最初に降り、続いてキオ、ルイ、カリナ、セドリックと降りていく。
「お父さん!お母さん!ただいま!」
ルイの笑顔にトーマスもアンナも優しく微笑む
「トーマスさん、アンナさん、お久しぶりです!」
キオが深々とお辞儀をすると、アンナが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「まあ、キオ君! 本当に大きくなって......!」
アンナの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「7年ぶりですね。その節は本当にありがとうございました」
「何を言ってるの。あの時のことは、私たちにとっても大切な思い出よ」
アンナの涙と、隣で頷くトーマスの変わらない笑顔を見て、キオの胸は熱くなった。
視界の端に映る、店の外壁の温かなレンガと、そこに絡まる生き生きとした緑のツタが、まるで7年前のあの日からずっとこの再会を待っていてくれたかのように、秋の柔らかな陽射しの中で優しく輝いて見えた。
トーマスもにこにこと笑いながら頷いた。
「それで、こちらの方々が......」
「はい。僕の大切な友達です」
キオが一人ひとり紹介していく。
「こちらはオーウェン・ゴルト・リンドール君。学校の友達で......」
「初めまして。オーウェンと申します」
オーウェンが丁寧にお辞儀をすると、トーマス夫妻は息を呑んだ。話には聞いていたが、その輝く金髪と気品は、紛れもなく王族のものだった。
「ゴルト......リンドール様......」
トーマスがごくりと喉を鳴らす。
「お、お話は伺っておりました! まさか、本当に......」
「いえ、僕のほうこそ光栄です。キオから、ご家族のお話はたくさん聞いていました。ぜひ、お会いしたかったんです。今日は友人として、お邪魔させていただきます」
オーウェンの誠実で率直な言葉に、トーマスとアンナは顔を見合わせた。
「と、とんでもない。こんな小さな店に......さあ、どうぞ!」
「こちらはマーカス殿。今日は護衛として同行していただいています」
「マーカス・ロート・ブレイズと申します。お騒がせして申し訳ございません」
マーカスが深々と頭を下げる。
「いえいえ、とんでもない。さあ、どうぞ中へ」
店の中は、温かく清潔な雰囲気に包まれていた。テーブルには真っ白なクロスがかけられ、窓際には小さな花瓶に野の花が飾られている。何もかもが素朴だが、心がこもっている。
「さあ、どうぞこちらへ」
アンナに案内されて、一行は店の奥にある少し広めのテーブルに座った。
「マーカス殿は......」
「離れた席を使わせていただければと思います。そちらで待機させていただきます」
マーカスは礼儀正しく頭を下げ、トーマスに案内されて少し離れたテーブルへと向かった。
「それでは、お料理をお持ちしますね」
アンナが厨房へと消えると、トーマスがテーブルに水の入ったグラスを運んできた。
「今日は、腕によりをかけて作りましたよ! 楽しみにしててください」
その言葉通り、やがて運ばれてきた料理は、素朴ながらも愛情のこもった家庭料理だった。
湯気の立つシチュー、焼きたてのパン、新鮮な野菜のサラダ、そしてジューシーな肉料理。
その美味しそうな数々の料理たちに目が釘付けになる
「「「いただきます」」」
全員で手を合わせ、料理に手をつける。
「わあ、美味しい!」
カリナが一口食べて、目を輝かせた。
「本当に......美味しい」
セドリックも感動したように呟く。
その時、オーウェンが一口シチューを口に含み、動きを止めた。
「......」
キオが不思議そうに見る。
「オーウェン、どうしたの?」
「これは......」
オーウェンの目が、わずかに潤んでいる。
「とても美味しい......すごく......温かい味だ」
そんなオーウェンの様子に一同が驚く
「え?」
「僕は王族として、宮廷の料理ばかりを食べてきた。どれも美味しいし、素晴らしい技術で作られている。でも......」
オーウェンは言葉を探すように、少し間を置いた。
「こんなに......『温かみ』を感じる料理は、初めてなんだ」
その告白に、テーブルが静まり返る。
「オーウェン君......」
ルイが心配そうに声をかけると、オーウェンは慌てて首を振った。
「いや、悲しいわけじゃないんだ。ただ......なんだろ。すごく、嬉しくて」
そう言って、オーウェンは柔らかく微笑んだ。
「これが......『普通の家庭の味』なんだね。えっと......トーマスさん、アンナさん、ありがとうございます」
その言葉に、アンナの目にも涙が浮かんだ。
「まあ......そんなに喜んでいただけるなんて」
「オーウェン君、またいつでも来てくださいね」
トーマスも嬉しそうに言った。
「はい。ぜひ、また来させてください」
オーウェンの素直な子供らしい笑顔を見て、キオは心の中で呟いた。
『オーウェンのこんな顔見たの初めてかも』
『ああ。いつも王族らしくいようと頑張っていたのかもな』
シュバルツの声が、キオの心に優しく響いた。
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