第49話「審問の結末と変わる時(2)」
大聖堂の一角。静寂に包まれた回廊に面した小部屋に、重苦しい空気が漂っていた。
セレネとエルザは、ルドルフからの報告をただ呆然と聞いていた。
「——以上が、審問の顛末です」
淡々と事実のみを告げるルドルフの声に、部屋の温度が下がったような錯覚を覚える。
「そんな......」
エルザが、信じられないという表情で口元を覆った。
「マティアスが......魔法陣に細工を......?」
「はい。現場からは彼の魔力痕跡が検出されました。工作を行ったのは、間違いなくマティアスです」
「でも、どうして......」
エルザの声が震える。
同じジルヴァ一族の分家として、ヴィクトールを慕う同志として、マティアスとは多くの時間を共にしてきた。軽薄で、深く考えない男だとは思っていたが——まさか、こんな大それたことをするとは。
「彼は『声』に唆されたと主張しています。何者かの声が聞こえ、それに従ったと」
「声......?」
「真偽は不明です。ですが、実際に手を下したのは彼自身。その責任から逃れることはできません」
ルドルフの声には、一切の温情がなかった。
事実を事実として処理するその冷徹さに、セレネは僅かに眉を顰めたが、何も言うことはできなかった。
「マティアスは、リヒト家当主継承権を永久に剥奪されました。今後はヴィクトールの隷属として、一生を捧げることになります」
「そんな......っ」
あまりに重い処分に、エルザが顔を蒼白にして俯く。
ルドルフは二人を見渡し、静かに告げた。
「私は父上と話がありますので。失礼します」
一礼して、ルドルフは部屋を出て行った。
背後では、天使の精霊ルシエルが主人に従い、音もなく扉を閉める。
残された部屋には、重い沈黙だけが横たわっていた。
「......どうして」
エルザが、今にも泣き出しそうな声で呟く。
「どうして、マティアスはあんなことを......」
セレネは答えられなかった。
彼女自身、その答えを探して心の中を彷徨っていたからだ。
「......私、知っています」
エルザが、俯いたままポツリと言葉を落とした。
「マティアスは......ヴィクトール様に、とても憧れていました」
「......」
「いつも言っていたんです。『俺はヴィクトール様のそばにいる』『俺がいちばんヴィクトール様を分かっている』って」
その言葉に、セレネの心臓がドクリと嫌な音を立てた。
「『俺こそが』......って。いつも、そう言っていました」
——俺こそが。
——私こそが。
その響きが、鋭い棘となってセレネの胸に突き刺さる。
自分も、同じようなことを思っていなかっただろうか。
キオ様のことを、誰よりも理解している。誰よりも想っている。私こそが——と。
セレネは、知らず知らずのうちに胸元を強く握りしめていた。
「セレネ様......?」
「......いえ、何でもないわ」
その時だった。
「お二人とも」
穏やかな声が、部屋の空気を柔らかく揺らした。
セレネの傍らに控えていた大地の精霊テレシアが、慈愛に満ちた眼差しで二人を見つめている。
「テレシア......」
「マティアス様のこと、お話ししてもよろしいでしょうか」
二人は黙って頷いた。
テレシアは、諭すようにゆっくりと語り始めた。
「マティアス様は......きっと、ヴィクトール様に認められたかったのでしょう」
「認められたかった......」
「はい。自分を見て欲しい。自分の存在を認めて欲しい。その渇望にも似た想いを、ずっと抱えていらしたのだと思います」
テレシアの声は、春風のように温かい。
けれど、その言葉の芯には深い悲しみが滲んでいた。
「その想いが......いつしか、『誰かを傷つけてでも』という歪んだ方向へ向かってしまった」
「......」
「それは、とても寂しいことです」
セレネは、息を呑んだ。
テレシアの言葉が、まるで自分自身の内側を見透かしているように響いたからだ。
「誰かを傷つけて、無理やり認めさせる。それでは、本当の意味で満たされることは、決してありません」
「......」
「マティアス様に必要だったのは......ヴィクトール様と、そして何より自分自身と、きちんと向き合うことだったのかもしれませんね」
エルザが、悔しげに唇を噛む。
セレネもまた、胸の奥がズキリと痛むのを感じていた。
「ただ」
テレシアは、二人の曇った顔を見つめてふわりと微笑んだ。
「マティアス様も含めて、貴方たちはまだ子供です」
「......」
「してしまったことは、悔いなければなりません。改めなければなりません。それは、当然のことです」
テレシアの声が、少しだけ明るさを帯びる。
「でも——まだ、彼にはそれができる時間が、チャンスがあります」
「チャンス......」
「はい。ヴィクトール様は、マティアス様を見捨てませんでした。自ら泥を被り、共に歩むことを選ばれた。それは、マティアス様にとって、新たな始まりになるかもしれません」
セレネとエルザは、顔を見合わせた。
沈んでいた瞳に、わずかな光が戻る。
「少しでも、彼が前を向けることを......祈りましょう」
テレシアは、静かに目を閉じた。
その姿は、迷える子供たちの未来を案じ、祈りを捧げる聖母のようだった。
セレネは、テレシアの言葉を胸の奥で何度も反芻した。
『自分自身と、向き合う......』
私は、ちゃんと向き合えているだろうか。
キオ様への想い。その想いの形。
「私こそが」という独占欲の奥にあるもの。
まだ、答えは出ない。
けれど——考え続けなければならない。
そう、強く思った。
「......テレシア」
「はい、セレネ様」
「ありがとう。大切なことを、教えてくれて」
「いいえ。私は、ただ......お二人の心が、少しでも軽くなればと思っただけです」
テレシアは、花が綻ぶように優しく微笑んだ。
窓の外では、星が輝き出していた。
創世祭の喧騒が、遠くから微かに聞こえてきていた。
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