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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第三章 「紅・銀の波乱と創生の祭典」
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第49話「審問の結末と変わる時(2)」




 大聖堂の一角。静寂に包まれた回廊に面した小部屋に、重苦しい空気が漂っていた。


 セレネとエルザは、ルドルフからの報告をただ呆然と聞いていた。



「——以上が、審問の顛末です」


 淡々と事実のみを告げるルドルフの声に、部屋の温度が下がったような錯覚を覚える。



「そんな......」


 エルザが、信じられないという表情で口元を覆った。


「マティアスが......魔法陣に細工を......?」


「はい。現場からは彼の魔力痕跡が検出されました。工作を行ったのは、間違いなくマティアスです」


「でも、どうして......」


 エルザの声が震える。


 同じジルヴァ一族の分家として、ヴィクトールを慕う同志として、マティアスとは多くの時間を共にしてきた。軽薄で、深く考えない男だとは思っていたが——まさか、こんな大それたことをするとは。



「彼は『声』に唆されたと主張しています。何者かの声が聞こえ、それに従ったと」


「声......?」


「真偽は不明です。ですが、実際に手を下したのは彼自身。その責任から逃れることはできません」


 ルドルフの声には、一切の温情がなかった。


 事実を事実として処理するその冷徹さに、セレネは僅かに眉を顰めたが、何も言うことはできなかった。



「マティアスは、リヒト家当主継承権を永久に剥奪されました。今後はヴィクトールの隷属として、一生を捧げることになります」


「そんな......っ」


 あまりに重い処分に、エルザが顔を蒼白にして俯く。


 ルドルフは二人を見渡し、静かに告げた。


「私は父上と話がありますので。失礼します」



 一礼して、ルドルフは部屋を出て行った。

 背後では、天使の精霊ルシエルが主人に従い、音もなく扉を閉める。

 



 残された部屋には、重い沈黙だけが横たわっていた。


「......どうして」


 エルザが、今にも泣き出しそうな声で呟く。


「どうして、マティアスはあんなことを......」


 セレネは答えられなかった。

 彼女自身、その答えを探して心の中を彷徨っていたからだ。



「......私、知っています」


 エルザが、俯いたままポツリと言葉を落とした。


「マティアスは......ヴィクトール様に、とても憧れていました」


「......」


「いつも言っていたんです。『俺はヴィクトール様のそばにいる』『俺がいちばんヴィクトール様を分かっている』って」


 その言葉に、セレネの心臓がドクリと嫌な音を立てた。



「『俺こそが』......って。いつも、そう言っていました」


 ——俺こそが。


 ——私こそが。


 その響きが、鋭い棘となってセレネの胸に突き刺さる。



 自分も、同じようなことを思っていなかっただろうか。

 キオ様のことを、誰よりも理解している。誰よりも想っている。私こそが——と。



 セレネは、知らず知らずのうちに胸元を強く握りしめていた。


「セレネ様......?」


「......いえ、何でもないわ」




 その時だった。


「お二人とも」


 穏やかな声が、部屋の空気を柔らかく揺らした。


 セレネの傍らに控えていた大地の精霊テレシアが、慈愛に満ちた眼差しで二人を見つめている。



「テレシア......」


「マティアス様のこと、お話ししてもよろしいでしょうか」


 二人は黙って頷いた。


 テレシアは、諭すようにゆっくりと語り始めた。


「マティアス様は......きっと、ヴィクトール様に認められたかったのでしょう」


「認められたかった......」


「はい。自分を見て欲しい。自分の存在を認めて欲しい。その渇望にも似た想いを、ずっと抱えていらしたのだと思います」


 テレシアの声は、春風のように温かい。

 けれど、その言葉の芯には深い悲しみが滲んでいた。



「その想いが......いつしか、『誰かを傷つけてでも』という歪んだ方向へ向かってしまった」


「......」


「それは、とても寂しいことです」


 セレネは、息を呑んだ。


 テレシアの言葉が、まるで自分自身の内側を見透かしているように響いたからだ。



「誰かを傷つけて、無理やり認めさせる。それでは、本当の意味で満たされることは、決してありません」


「......」


「マティアス様に必要だったのは......ヴィクトール様と、そして何より自分自身と、きちんと向き合うことだったのかもしれませんね」


 エルザが、悔しげに唇を噛む。


 セレネもまた、胸の奥がズキリと痛むのを感じていた。



「ただ」


 テレシアは、二人の曇った顔を見つめてふわりと微笑んだ。


「マティアス様も含めて、貴方たちはまだ子供です」


「......」


「してしまったことは、悔いなければなりません。改めなければなりません。それは、当然のことです」


 テレシアの声が、少しだけ明るさを帯びる。


「でも——まだ、彼にはそれができる時間が、チャンスがあります」


「チャンス......」


「はい。ヴィクトール様は、マティアス様を見捨てませんでした。自ら泥を被り、共に歩むことを選ばれた。それは、マティアス様にとって、新たな始まりになるかもしれません」



 セレネとエルザは、顔を見合わせた。


 沈んでいた瞳に、わずかな光が戻る。



「少しでも、彼が前を向けることを......祈りましょう」


 テレシアは、静かに目を閉じた。

 その姿は、迷える子供たちの未来を案じ、祈りを捧げる聖母のようだった。


 セレネは、テレシアの言葉を胸の奥で何度も反芻した。



『自分自身と、向き合う......』



 私は、ちゃんと向き合えているだろうか。


 キオ様への想い。その想いの形。


 「私こそが」という独占欲の奥にあるもの。


 まだ、答えは出ない。


 けれど——考え続けなければならない。


 そう、強く思った。




「......テレシア」


「はい、セレネ様」


「ありがとう。大切なことを、教えてくれて」


「いいえ。私は、ただ......お二人の心が、少しでも軽くなればと思っただけです」


 テレシアは、花が綻ぶように優しく微笑んだ。



 窓の外では、星が輝き出していた。

 創世祭の喧騒が、遠くから微かに聞こえてきていた。

 




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