第48話「白銀の審問(2)」
「お、俺は......」
マティアスは唇をわななかせる。
「分からないんです......何も、覚えていなくて......」
「覚えていない?」
マジェスタ家当主の声から感情が消えた。絶対零度の威圧。
「戯言を聞くために呼んだのではないぞ。お前の魔力が検出されているのだ」
「本当なんです、信じてください......!」
マティアスは必死の形相で首を振った。
「あ、ある時から......声が、聞こえるようになって......。とても優しい声で......『ヴィクトール様のために』って......。それに従っていたら......気がついたら儀式が終わっていて......」
「声......?」
ハイリヒ家当主の目が、猛禽のように鋭く細められる。
「何者の声だ」
「分かりません......! でも、その声だけが......俺のことを認めてくれて......ヴィクトール様のお役に立てるって......」
マティアスは膝から崩れ落ち、床に両手をついた。
「ヴィクトール様のためになると......そう思ったんです......!」
その場の全員の視線が、突き刺さるようにヴィクトールへと集まる。
「ヴィクトール」
クロイツ家当主が、悲鳴のような声で息子を呼んだ。
「お前......まさか、知っていたのか......」
「知りません」
ヴィクトールは亡霊のような顔で即答した。
「マティアスがそんなことを......していたなんて......」
「本当に......関与していないのだな」
「はい」
そこには、いつもの堂々とした態度は欠片もなかった。あるのは、理解の追いつかない事態への困惑だけだ。
「私は......ただ、儀式を成功させたいと......ルドルフ様とセレネ様のお役に立ちたい一心でした」
彼はゆっくりと視線を動かし、床に這いつくばる後輩を見た。
「マティアス......お前、どうして......」
「ヴィクトール様のためです......!」
マティアスが床に額を擦り付けたまま叫ぶ。
「あの声が言ったんです......! これをすればヴィクトール様が認められるって......! だから俺は......」
「私のため......?」
ヴィクトールの顔が苦渋に歪んだ。
「私は......そんなこと......頼んでいない......!」
「黙れ」
マジェスタ家当主の低い声が、醜い言い争いを断ち切った。
「誰のためにやったかなど、今はどうでもいい」
彼は椅子から立ち上がった。その長身が落とす影が、卓上の資料を黒く塗りつぶす。
「今日の儀式で、何が起きようとしていたか理解しているか」
誰も答えられない。沈黙が肯定だった。
「三大一族の本家が揃う、百年に一度の歴史的な儀式だ。そこで魔法陣が暴走すれば——」
当主の声が、怒りで微かに震えた。
「——我が娘セレネ、王族のオーウェン殿下、そしてネビウス家のキオ殿が、命を落としていた可能性があるのだぞ」
クロイツ家当主が、椅子から転げ落ちそうになるのを必死で堪える。
「彼らを——」
ハイリヒ家当主が、凍てつくような声音で後を引き継いだ。
「——竜の血をもっとも色濃く引く彼らを、危険に晒した。それが何を意味するか、分からぬお前たちではあるまい」
死刑宣告にも等しい言葉に、室内の空気が張り詰める。
創世の三竜―――その本家の者は竜の末裔とも呼ばれる。その彼らを危険に晒すことは、竜を崇拝するジルヴァ一族にとって大罪に等しい。
ハイリヒ家当主が、厳しい眼差しを息子に向けた。
「ルドルフ」
「はい、父上」
ルドルフは一歩前に出た。その態度は、まるで無関係な傍観者のように冷静だ。
「お前も儀式の補佐として現場にいた。何か予兆はあったか」
「いいえ」
ルドルフは淡々と答えた。
「私は自らの役目を全うすることに集中しておりました。魔法陣の異常には気づきましたが、まさか......」
彼は言葉を切り、ゴミを見るような目でマティアスを見下ろした。
「......身内による工作だとは、思いもしませんでした」
その視線は冷徹そのものだった。かつて「同志」として扱っていた頃の親愛は、きれいさっぱり消え失せている。
耐えきれなくなったマティアスの母が、床に身を投げ出した。
「お許しください......! どうか、お慈悲を......!」
なりふり構わず、マジェスタ家当主の靴先に額を叩きつける。
「愚かな息子です......! ですが、何かに惑わされていたのです......! どうか、どうか命だけは......!」
「母様......っ!」
マティアスが泣きそうな顔で母を止めようとするが、体には力が入らないようだ。
「リヒト家当主」
マジェスタ家当主の声は、無慈悲に響いた。
「惑わされた? それがどうした。付け込まれる隙があったこと自体が罪であり、教育の失敗だ」
「そ、そんな......!」
「そして——」
当主の眼光が、冷酷な光を帯びる。
「——竜の末裔を危険に晒した罪は、万死に値する。情状酌量の余地などない」
終わった——誰もがそう思った。
リヒト家当主は糸が切れた人形のように項垂れ、ただ絶望に震えている。
「リヒト家の処分については——」
マジェスタ家当主が宣告を下そうとした、その時。
「お待ちください」
凛とした声が、死に絶えた室内に響いた。
全員の視線が、声の主——ヴィクトール・ジルヴァ・クロイツへと集まる。
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