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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第三章 「紅・銀の波乱と創生の祭典」
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第48話「白銀の審問(2)」




「お、俺は......」


 マティアスは唇をわななかせる。


「分からないんです......何も、覚えていなくて......」


「覚えていない?」


 マジェスタ家当主の声から感情が消えた。絶対零度の威圧。



「戯言を聞くために呼んだのではないぞ。お前の魔力が検出されているのだ」


「本当なんです、信じてください......!」


 マティアスは必死の形相で首を振った。



「あ、ある時から......声が、聞こえるようになって......。とても優しい声で......『ヴィクトール様のために』って......。それに従っていたら......気がついたら儀式が終わっていて......」


「声......?」


 ハイリヒ家当主の目が、猛禽のように鋭く細められる。


「何者の声だ」


「分かりません......! でも、その声だけが......俺のことを認めてくれて......ヴィクトール様のお役に立てるって......」


 マティアスは膝から崩れ落ち、床に両手をついた。


「ヴィクトール様のためになると......そう思ったんです......!」


 その場の全員の視線が、突き刺さるようにヴィクトールへと集まる。



「ヴィクトール」


 クロイツ家当主が、悲鳴のような声で息子を呼んだ。


「お前......まさか、知っていたのか......」


「知りません」


 ヴィクトールは亡霊のような顔で即答した。


「マティアスがそんなことを......していたなんて......」


「本当に......関与していないのだな」


「はい」


 そこには、いつもの堂々とした態度は欠片もなかった。あるのは、理解の追いつかない事態への困惑だけだ。



「私は......ただ、儀式を成功させたいと......ルドルフ様とセレネ様のお役に立ちたい一心でした」


 彼はゆっくりと視線を動かし、床に這いつくばる後輩を見た。


「マティアス......お前、どうして......」


「ヴィクトール様のためです......!」


 マティアスが床に額を擦り付けたまま叫ぶ。



「あの声が言ったんです......! これをすればヴィクトール様が認められるって......! だから俺は......」


「私のため......?」


 ヴィクトールの顔が苦渋に歪んだ。


「私は......そんなこと......頼んでいない......!」


「黙れ」


 マジェスタ家当主の低い声が、醜い言い争いを断ち切った。



「誰のためにやったかなど、今はどうでもいい」


 彼は椅子から立ち上がった。その長身が落とす影が、卓上の資料を黒く塗りつぶす。


「今日の儀式で、何が起きようとしていたか理解しているか」



 誰も答えられない。沈黙が肯定だった。


「三大一族の本家が揃う、百年に一度の歴史的な儀式だ。そこで魔法陣が暴走すれば——」


 当主の声が、怒りで微かに震えた。



「——我が娘セレネ、王族のオーウェン殿下、そしてネビウス家のキオ殿が、命を落としていた可能性があるのだぞ」



 クロイツ家当主が、椅子から転げ落ちそうになるのを必死で堪える。



「彼らを——」


 ハイリヒ家当主が、凍てつくような声音で後を引き継いだ。


「——竜の血をもっとも色濃く引く彼らを、危険に晒した。それが何を意味するか、分からぬお前たちではあるまい」


 死刑宣告にも等しい言葉に、室内の空気が張り詰める。


 創世の三竜―――その本家の者は竜の末裔とも呼ばれる。その彼らを危険に晒すことは、竜を崇拝するジルヴァ一族にとって大罪に等しい。



 ハイリヒ家当主が、厳しい眼差しを息子に向けた。


「ルドルフ」


「はい、父上」


 ルドルフは一歩前に出た。その態度は、まるで無関係な傍観者のように冷静だ。


「お前も儀式の補佐として現場にいた。何か予兆はあったか」


「いいえ」


 ルドルフは淡々と答えた。


「私は自らの役目を全うすることに集中しておりました。魔法陣の異常には気づきましたが、まさか......」


 彼は言葉を切り、ゴミを見るような目でマティアスを見下ろした。


「......身内による工作だとは、思いもしませんでした」



 その視線は冷徹そのものだった。かつて「同志」として扱っていた頃の親愛は、きれいさっぱり消え失せている。




 耐えきれなくなったマティアスの母が、床に身を投げ出した。


「お許しください......! どうか、お慈悲を......!」


 なりふり構わず、マジェスタ家当主の靴先に額を叩きつける。


「愚かな息子です......! ですが、何かに惑わされていたのです......! どうか、どうか命だけは......!」


「母様......っ!」


 マティアスが泣きそうな顔で母を止めようとするが、体には力が入らないようだ。


「リヒト家当主」


 マジェスタ家当主の声は、無慈悲に響いた。


「惑わされた? それがどうした。付け込まれる隙があったこと自体が罪であり、教育の失敗だ」



「そ、そんな......!」


「そして——」


 当主の眼光が、冷酷な光を帯びる。


「——竜の末裔を危険に晒した罪は、万死に値する。情状酌量の余地などない」



 終わった——誰もがそう思った。


 リヒト家当主は糸が切れた人形のように項垂れ、ただ絶望に震えている。


「リヒト家の処分については——」



 マジェスタ家当主が宣告を下そうとした、その時。



「お待ちください」


 凛とした声が、死に絶えた室内に響いた。



 全員の視線が、声の主——ヴィクトール・ジルヴァ・クロイツへと集まる。




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