第47話「二人だけの祭り(3)」
空がだんだんと茜色へと変わりつつある刻限。
少し歩き、人混みが途切れた路地裏に入り、二人は足を止めた。
祭りの中心地からは少し離れており、喧騒もここまでは届かない。聞こえるのは遠くで鳴る楽隊の音色だけだ。オーウェンは息を吐きながら、スカーフをスルリとはずす。
「うーん......三人とも、なかなか見つからないわね」
「ああ......さすがに人が多すぎるな。もしかしたら、向こうも僕たちを探して歩き回っているのかもしれない」
同意しながらも、オーウェンはポケットの中の硬い感触を確かめた。
渡すなら、今しかない。この静かな場所で。
「カリナ」
「ん? なあに——」
振り返った彼女の前に、オーウェンは隠し持っていた包みを差し出した。
「これを......君に」
「え?」
カリナは目を丸くして、オーウェンと包みを交互に見た。
「開けてみてくれないか」
促されるままに、カリナは不思議そうに包みを開いた。
薄紙の中から現れたのは、街灯の明かりを受けて煌めく髪飾り。
翡翠と朱色の石が、まるで小さな星のように瞬いた。
「わあ......っ! すごく綺麗......!」
「さっき、露店で見かけてね」
オーウェンは照れくささを誤魔化すように、頬をかいた。視線をどこにやればいいのか分からない。
「君に似合うと思ったんだ。......その、スカーフのお礼も兼ねて」
「本当に......? 私に?」
「ああ。それに......」
言葉を探して、オーウェンはカリナの瞳をまっすぐに見つめた。
その瞳には、オーウェンの姿が映っている。
「カリナには、いつも笑っていてほしいと思っている。君のその笑顔を見ていると、僕も元気がもらえるんだ。心が軽くなる」
「オーウェン......」
「だから、これは僕からの感謝の気持ちだ。いつも、共に楽しい時間を過ごしてくれてありがとう」
カリナは髪飾りを胸元で大事そうに両手で包み込んだ。
やがて、彼女は花が咲き誇るような、満面の笑みを弾けさせた。
「すごく嬉しい! こんなに素敵な髪飾り、初めてもらったわ!」
「......気に入ってくれたか?」
「うん! ありがとう、オーウェン!」
その笑顔の眩しさに、オーウェンは目を細めた。
ああ、この笑顔が見たかったのだ。
渡せてよかった。心の底からそう思った。高鳴っていた心臓の鼓動が、今は穏やかで温かいものに変わっている。
「でも......私、もらいっぱなしじゃ悪いわ」
カリナが申し訳なさそうに眉を下げる。
「お返しなんていらないさ。君が喜んでくれたなら、それが一番の——」
「ダメよ! 何かお返ししたいの! 友達だもの!」
譲らないカリナの真剣な表情に、オーウェンは思わず吹き出した。
「......じゃあ、一つだけお願いしてもいいか?」
「何? 何でも言って! 私にできることなら!」
「また、二人で街に出かけないか」
「え......?」
カリナがきょとんとする。
「今日一日じゃ、とても遊び尽くせなかった。もっと色々なものを見て、もっと色々なものを食べて......君と一緒なら、もっと楽しいと思うんだ」
恐る恐る告げた言葉に、カリナはぱあっと瞳を輝かせた。
「私も、オーウェンと一緒だと楽しいわ! もっともっと遊びたい!」
「本当か?」
「うん! 約束ね! また一緒に街を探検しましょう!」
指切りをするように、視線が絡み合う。
祭りの喧騒が遠くへ退き、二人だけの穏やかで、甘やかな時間が流れていた。
——その様子を見てしまった三人が、慌てて物陰に隠れたことにも気づかずに。
ほんの数秒前まで、三人は二人に向かって駆け出していた。
「あそこ! カリナとオーウェンじゃない!?」
「本当だ! 見つけた!」
「早く合流しよう!」
しかし——路地の入口に差し掛かった瞬間、三人は同時に足を止めた。
オーウェンが、何かをカリナに差し出している。
カリナが、それを受け取り、顔を輝かせている。
二人が、柔らかい笑顔で見つめ合っている。
「......っ」
キオが咄嗟に腕を広げ、ルイとセドリックを押し止めた。
三人は息を殺し、そっと噴水の陰へと身を隠す。
「見つけられてよかったけど......」
キオが声を潜める。
「二人とも無事......みたいだね」
「でも......なんだか、その......」
ルイが頬を赤らめて黙り込む。セドリックも困ったように笑っていた。
その光景は、誰かが割って入ることを拒むような、完成された世界に見えた。
「声をかけようか」
そう言って一歩踏み出そうとしたキオの肩を、セドリックが静かに、しかし力強く押さえた。
「待って」
「セドリック?」
「......今は、声をかけるべきじゃない気がする」
セドリックは真面目な顔つきで、遠くの二人を見つめていた。
彼は決して冷やかしているわけではない。
ただ、その場の空気、二人の表情、流れる時間——それらを冷静に観察し、今、自分たちが介入することが二人の「思い出」にとって最善ではないと判断したのだ。その瞳には、友人の大切な時間を守ろうとする静かな配慮が宿っている。
「邪魔しちゃ悪いよ。もう少しだけ、二人の時間にしてあげよう」
その言葉にルイが何度も頷き、キオは不思議そうに静かに頷いた。
三人は、シュバルツがかけてくれた「気配を消す魔法」を維持したまま、大切な友人たちの幸せなひとときを、物陰からそっと見守り続けた。
彼らが声をかけたのは、それからしばらくして、二人の会話が一段落し、ふと空を見上げたタイミングだった。
「オーウェン! カリナ!」
「キオ!? みんな!」
振り返った二人の顔には、驚きと共に、隠しきれない充実感が浮かんでいた。
「......楽しかった?」
キオの問いかけに、オーウェンとカリナは同時に頬を染め、「「うん、すごく!」」と声を揃えた。
温かな夕暮れ、五人の笑い声が重なり合い、祭りの空へと溶けていく。
彼らの春は、まだ始まったばかりだ。
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