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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第三章 「紅・銀の波乱と創生の祭典」
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第47話「二人だけの祭り(2)」




 変装を済ませ、恐る恐る路地裏を出て大通りへと向かう途中。


 少しずつ近づいてくる祭囃子を聞きながら、カリナがふと問いかけた。


「ねえ、オーウェン。街のお祭りって、初めて?」


「......ああ。創世祭自体は毎年恒例の行事だが、こうして警護もつけずに雑踏を歩くのは初めてだ」


 カリナは「やっぱり」と納得したように頷く。


「いつもは式典とか、お城の舞踏会に出てそうだもんね」


「ああ。王族として壇上から手を振り、貴族たちと社交辞令の挨拶を交わし、定型文の祝辞を述べる。それが僕の知る『祭り』の全てだった」



 大通りに出ると、音と光の洪水が二人を包み込んだ。


 肉が焼ける香ばしい匂い、甘い砂糖の香り、人々の笑い声、大道芸人の口上。それら全てが渾然一体となり、巨大な生き物のように脈打っている。


 オーウェンは目を細め、その光景を噛み締めるように見つめた。


「屋台の匂いも、大道芸の歓声も......こんなに近いなんて知らなかったよ」


「そっか......」



 少ししんみりとした空気を吹き飛ばすように、カリナが弾んだ声を上げた。


「じゃあ、今日がオーウェンの『お祭りデビュー』ね!」


「デビュー? ......ふふ、そうかもしれないな」


「私もよ!」


「君も? 故郷で経験があるんじゃなかったのか?」


「故郷のお祭りはもっとこじんまりしてたもの。村のみんなで焚き火を囲んで、おばあちゃんたちが料理を作って......それはそれで楽しかったけど、こんなに人がいっぱいで、お店がキラキラしてるお祭りは、マルジャナ島にはなかったわ」


 カリナは両手を広げ、街の空気を胸いっぱいに吸い込む。


「だから、二人とも初めて同士ね!」


 屈託のない笑顔に釣られて、オーウェンも表情を緩めた。


 初めて同士。その響きが、なんだか二人だけの秘密のようで、特別なものに思える。



「ああ、そうだな」


「じゃあさ——」


 カリナがいたずらっぽく、瞳を輝かせて笑った。


「目いっぱい楽しみながら、三人を探そうよ!」


「......ああ。せっかくの機会だ、楽しまない手はないな」


 オーウェンが頷くと、カリナは花が咲いたように破顔した。その笑顔を見ていると、王族としての重圧も、人混みへの緊張も、嘘のように溶けていく気がした。



 再び大通りの人波へ踏み出す直前、オーウェンは足を止めた。


「カリナ」


「ん?」


「人が多い。また離れると危ないから」


 少しの躊躇いのあと、オーウェンは右手を差し出した。


「手を......繋いでいてもいいか?」



 一瞬、きょとんと目を丸くしたカリナだったが、すぐに太陽のような笑顔でその手を取った。


「もちろん! はぐれたら大変だもんね」


 ぎゅっと握り返される温もり。柔らかいが、生活の中に息づく確かな力強さを感じる手。


 その感触に、心臓がトクンと高い音を立てた。



―――



 繋いだ手と手。それだけで、世界が一段と色鮮やかに変わったようだった。


「わあ、見てオーウェン! あのお店、カラメルりんごだって!」


 カリナが足を止めたのは、甘く香ばしい、焦がし砂糖の香りが漂う一角だった。


 屋台の軒先には、艶やかな琥珀色や真紅に輝く果実がずらりと並び、道行く人々の目を釘付けにしている。



「宝石みたいに輝いてるな......これは?」


「『カラメルりんご』よ! 食べたことある?」


「いや、名前は知っているが、実物を見るのも食べるのも初めてだ」


「じゃあ買いましょう!」


 店主は大鍋をかき混ぜていた。銅鍋の中では、たっぷりの砂糖と蜂蜜が黄金色に泡立ち、とろりとした飴状になって煮立っている。店主が串に刺した真紅の林檎をそこへくぐらせると、瞬く間に飴が果実を包み込み、冷やされてガラス細工のような硬質な光沢を放った。



「ふたつください!」


「あいよ、熱いから気をつけてな!」


 手渡されたカラメルりんごは、ずしりとした重みがあった。


 二人は道の端の少し開けた場所に寄り、並んでその美しい菓子を見つめた。雲ひとつない青空の下、半透明の飴細工の中で林檎の赤が燃えるように透けて見える。



「いただきます!」


 カリナに倣って、オーウェンも大きく口を開けてかじりついた。


 ——パリッ、ザクッ。


 小気味よい音が響く。


 次の瞬間、口の中いっぱいに強烈な甘みが広がった。焦がし砂糖のほろ苦さを孕んだ、濃厚でコクのある甘み。それが砕けた飴の破片と共に体温でとろりと溶け出し、直後に林檎のシャキシャキとした瑞々しい食感と、鮮烈な酸味が追いかけてくる。


 熱を帯びた飴と、ひんやりとした果実。濃厚な甘さと、爽やかな酸っぱさ。そのコントラストが絶妙だった。



「んんっ、甘ーい! でも美味しい!」


「......っ、本当だ」


 オーウェンは目を見開いた。


 宮廷料理で出されるコンポートは、形が崩れるほど柔らかく煮込まれ、上品だがどこか弱々しい。しかしこれは違う。素材の命がそのまま残っているような、野性的で力強い味だ。


「美味しいな......」


「ふふ、オーウェンったら、すごく幸せそうな顔」


「そうか? ......まあ、確かに幸せだよ」


 口の端に少し飴をつけながら笑うカリナを見て、オーウェンも自然と笑い声を上げた。


 それからは、まるで夢の続きを見ているようだった。食欲をそそる香りに誘われるまま、二人は食べ歩きを続けた。


 次に向かったのは、香ばしい煙をもうもうと上げる焼き栗の屋台だ。


 炭火の上で、皮に切れ目を入れた栗がパチパチと音を立てて爆ぜている。焦げた殻の香ばしい匂いが、冷たい風に乗って鼻腔をくすぐる。


 紙袋いっぱいの焼き栗を受け取ると、その熱がじんわりと手袋越しに伝わり、冷えた指先を温めてくれた。



 オーウェンが熱さに耐えながら硬い皮を剥くと、中から黄金色の実が顔を出す。湯気を立てるそれを口に放り込むと、ほくほくとした食感と共に、栗本来の素朴で濃厚な甘みが口いっぱいに広がった。


「ん〜、温かくて甘いわね」


 カリナが目を細めて息を吐く。その息が、ゆっくりと空に溶けていく。


 さらに足を進めると、今度は肉の脂が焼ける暴力的なまでに魅力的な匂いが漂ってきた。


 ソーセージの屋台だ。大きな鉄板の上では、ハーブを練り込んだ太い腸詰が、じゅうじゅうと音を立てて脂を弾いている。店主がヘラで押さえつけるたびに、「ジュワッ!」という音が上がり、炎が上がり、食欲を刺激する肉と香辛料の香りが爆発的に広がった。



「はい、おまたせ!」


 焼きたてのソーセージは、表面の皮がパリッと張りつめ、焦げ目が食欲をそそる。たっぷりのザワークラウト(キャベツの酢漬け)と共に木の皿に盛られていた。


 オーウェンは木のフォークで一切れ突き刺し、口へ運ぶ。

 噛み締めた瞬間、パリッという音と共に、熱々の肉汁が口の中に溢れ出した。豚肉の旨味、黒胡椒のピリッとした刺激、セージやタイムの爽やかな香り。脂の濃厚さを、付け合わせのザワークラウトの酸味がさっぱりと洗い流していく。



「ハフハフ......熱っ、でも美味しい!」


「この酸味が絶妙だな。脂っこさを感じさせない」


「お肉食べてるって感じがするわ!」


 二人は顔を見合わせて笑い、ハフハフと白い息を吐きながら熱々の料理を平らげた。


 デザート代わりには、焼きアーモンドを選んだ。


 大きな釜の中で、砂糖とたっぷりのシナモンをまぶしたアーモンドが、カラカラと音を立てて煎られている。


 一袋買い求めると、紙袋を通じて温かさが伝わってきた。

 一粒口に放り込む。カリッとした歯ごたえと共に、シナモンのエキゾチックな香りと、焦がし砂糖の香ばしさが鼻に抜ける。噛めば噛むほど、アーモンドそのものの油分と甘みが滲み出してくる。



「これ、止まらなくなっちゃう......!」


「確かに。一粒また一粒と手が伸びてしまうな。危険な食べ物だ」




 食べ物だけではない。


 力試しのゲーム屋台では、オーウェンが剣術で鍛えた腕前を披露した。


 群衆が見守る中、オーウェンは深呼吸をして木槌を構える。振り下ろされた一撃は、風を切る音と共に台座を叩き、重りが勢いよく柱を駆け上がった。


 カァーン! と、頂上の鐘が高らかに鳴り響く。


「おおっ!」というどよめきと共に、周囲から歓声と拍手が沸き起こった。


 景品として選んだのは、小さな木彫りの竜の置物。

 それを渡すと、カリナは「オーウェンがとってくれた竜......」と呟き、宝物のように胸に抱きしめてくれた。


『こんな時間が、あるんだな......』


 王族として生きた十三年。常に誰かの視線を意識し、作法を守り、完璧であれと求められてきた。食事も、会話も、移動すらも、すべてが儀式の一部だった。


 だが今は違う。


 誰に気兼ねすることもなく、ただ友と笑い合い、同じものを食べて「美味しい」と言い合い、同じ景色を見て感動する。


 それだけのことが、これほど胸を満たし、魂を震わせるとは知らなかった。



 ふと、広場の一角にあるアクセサリーの露店に目を走らせた時、ある物がオーウェンの視線を釘付けにした。


 無造作に並べられた煌びやかな装飾品の中に、ひっそりと、しかし確かな存在感を放つ髪飾りがあった。


 繊細な銀細工の土台に、新緑のような淡い翡翠色と、沈む夕陽のような鮮やかな朱色の石が交互にあしらわれている。

 それはまるで、春の風と、彼女の太陽のような笑顔を形にしたようだった。


『カリナに......似合いそうだ』


 そう思った瞬間には、もう足が動いていた。


「あ、オーウェン? どこ行くの?」


「少し待っていてくれ。すぐ戻る」


 カリナが隣のガラス細工の屋台に気を取られている隙に、オーウェンは店主へ声をかけた。


 懐から硬貨を取り出し、小さな包みを受け取る。


 早鐘を打つ心臓を左手で押さえながら、それをそっとズボンのポケットに忍ばせた。



『何をしているんだ、僕は......』


 衝動的な行動に自分でも驚く。ただ、あの色が彼女に似合うと思った。それだけだ。


 それだけのはずなのに、指先が熱かった。



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