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第5話「勉強会と新しい発見(2)」

 中庭に出ると、図書館の荘厳な静寂とは打って変わって、秋の爽やかな風が五人を迎えた。


 ざあ、と木々が梢を揺らす音、遠くから聞こえる運動場からの掛け声、乾いた土と落ち葉の匂い。そのすべてが、解放感となってキオの胸を満たした。シルヴィア先生には申し訳なかったが、この方がずっと勉強会らしい。


 木々の葉は、夏の濃い緑から、赤や黄色へと鮮やかにその姿を変え始めている。石造りのベンチの周りには、風に吹かれた落ち葉がカサカサと楽しげに小さな渦を巻いていた。柔らかな午後の日差しが、穏やかな時間を演出し、五人の頬を優しく撫でる。


「ここなら大丈夫だね」


 キオが周囲を見回し、他に誰もいないことを確認して微笑んだ。


「それじゃあ、改めて実習してみようか」


 オーウェンも仕切り直すように明るく言い、ルイに向かって頷いた。


「ルイさん、もう一度やってみて」


 キオの指導のもと、ルイはこくりと唾を飲むと、真っ赤なリンゴにそっと手をかざす。


「魔力を優しく流して……そう、循環させるイメージで」


 キオのアドバイスに、ルイは目を閉じ、全神経を指先に集中させた。呼吸も浅くなり、その表情は真剣そのものだ。


 キオもオーウェンも、固唾をのんで見守っている。セドリックは、まるで自分のことのように手をぎゅっと握りしめていた。


 ルイの指先から柔らかな灰色の魔力が、オーラのように立ち上る。それは糸のように細く、しかし途切れることなくリンゴへと流れ込み、やがて薄いヴェールのように果実の表面をゆっくりと包み込んでいった。


 中庭の風がルイの髪を揺らす。彼女はただ、リンゴの内側にある「何か」に意識を向けていた。


「あ……!」


 不意に、ルイが目を見開いた。


「リンゴが……温かくなってる。それになんかみずみずしくなっている気がする......!」


 リンゴは見た目こそ変わらないが、その内側で魔力が確かに生きているのを、ルイは肌で感じ取っていた。


「できた……!」


 ルイは感激したように、自分の手とリンゴを交互に見つめる。頬が嬉しさでほんのり赤らんでいた。


「すごいよ、ルイさん」


 キオが心から褒めると、ルイは「はい!」と満面の笑みで頷いた。


「ルイ、それが食材の『気』を感じるということだ」


 オーウェンが、オーウェンが持っていたフォルゴを手に取り、優しく説明を続ける。


「フォルゴは火と水の両方の属性を持っている。だから、魔力循環も複雑になる」


「でも、一度感覚を掴めば、応用が効くはずだ」


「あ、そうだ! オーウェン!」


 カリナが、さっき図書館で我慢していたことを思い出し、勢いよく手を挙げた。


「さっき言いそびれたんだけど、そのフォルゴっていう実、私の島の特産品なのよ!」


「「「え?」」」


 全員の視線が、再びフォルゴとカリナに集まる。


「そうなの! 私の故郷じゃ、ごく普通に食べられてるわ。お茶に入れるのが一般的だけど、お祭りの時は砂糖漬けにしてみんなで食べるのよ!」


 カリナは故郷を思い出したのか、目をきらきらと輝かせ、身振り手振りを交えながら楽しそうに語り始めた。彼女の話す様子は、まるでその祭りの音楽が聞こえてくるかのようだった。


「そうだったのか。この国では希少な輸入品として扱われているが、カリナの故郷では身近な果物なのだな」


 オーウェンは興味深そうに頷き、フォルゴをもう一度まじまじと見つめた。


 その時、カリナがついでとばかりに「はいはーい!」と元気よく手を挙げた。


「私もちょっと聞きたいことがあるの! 私の国の魔法と、この国の魔法って、なんだか違う気がするのよね」


「どんな風に?」


 キオが身を乗り出して尋ねる。


「えーっとね、例えば火を起こす時。私の国では、火の精霊にお願いする感じなんだけど、この国では自分の魔力で直接火を作るでしょ?」


 確かに、この国では自身の魔力を現象に変換する魔法が主流だ。精霊という存在はいるが、彼らの力を借りる魔法は一般的ではない。ここのような大きな学校や機関でもない限り、精霊と接点を持つことはない。


 キオ自身、物心ついた頃からシュバルツという存在と共にあるが、それがこの国の一般的な「精霊」と同じなのか、それとも全く異なるものなのか、判断がつかなかった。


「それは面白い違いだね。精霊に願う魔法か......」


 キオは呟いた。自分の魔力で世界に変化をもたらすのではなく、世界に存在する高位の「意志」と対話し、協力を得る。

 自分の力だけでなく、高位の存在である精霊の力を借りられるのなら、一人では成し得ない大きなことも可能になるかもしれない。


「カリナ、その精霊へのお願いの仕方を詳しく教えてくれないか?」


 オーウェンが、キオの感心とはまた別の、真剣な眼差しで尋ねた。その瞳は、先ほどまでの穏やかな学友のものではなく、一国の王子としての知的好奇心と探究心に満ちている。


「王族として、諸外国の魔法を学ぶことは私の責務だ。実際に使い手から直接話を聞けるのは、またとない機会だからね」


 彼はそう言うと、懐から上質な革表紙の手帳と羽ペンを取り出した。その所作には一切の無駄がない。


「ほんと? じゃあ、特別に教えちゃう! まずね、火の精霊さんに『お疲れ様です』って挨拶するの」


 カリナはにこにこと笑いながら、まるでそこに精霊がいるかのように、中庭の木に向かってぺこりとお辞儀をしてみせた。


「挨拶?」


 セドリックが、よくわからないといった感じで聞き返す。魔法とは、もっと厳格で理論的なものだと思っていたのだろう。


「そう! 精霊さんだって、お仕事してくれてるんだから、礼儀正しくしきゃ。それで、『少しお力をお借りできませんか?』って、丁寧にお願いするの」


 カリナの無邪気な説明とは対照的に、オーウェンはカリナの言葉を一言一句聞き漏らすまいと、真剣な表情で羽ペンを走らせている。サラサラと手帳にインクが染みていく音だけが、やけにクリアに響いた。


「なるほど。敬意を払って接することで、精霊と良好な関係を築く、と。……それは確かに、精霊も喜んで力を貸してくれそうだ」


「でしょ? それにね、精霊さんたちって、それぞれ個性があるのよ。火の精霊のメラメラちゃんは元気いっぱいで、風の精霊のフワフワくんはちょっと気まぐれなの」


 屈託のないカリナの説明に、ルイもセドリックも、自然と頬が緩んだ。


「カリナと精霊が紡ぐ魔法は、とても心温まるものなんだね」


 キオがそう言うと、オーウェンもペンを止めて深く頷いた。


「ああ。何事においても、相手との信頼関係こそが礎となる。カリナの精霊魔法は、まさにそれを体現しているようだ」


 カリナは「そうなの!」と嬉しそうに頷くと、その後も「水の精霊のアクアちゃんはね」「風邪の精霊のフワフワくんはマイペースで」と、次から次へと思い出す限りの精霊の可愛さや凄さなどについて語っていった。


 五人を包む中庭の空気は、秋の日差しのように柔らかく、温かだった。


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