第46話「祭りの喧騒と惑わしの魔法(3)」
路地裏から、そっと大通りへと足を踏み出す。
シュバルツもキオの影へと潜り込んでいった。
すると——不思議なことに、さっきまであれほど殺到してきた人々の視線が、するりとキオたちを通り過ぎていった。
「本当だ......誰も気づかない」
セドリックが、小声で驚きの声を上げる。
「すごい魔法......」
ルイも感嘆の吐息を漏らした。
祭りの喧騒の中を、三人はゆっくりと歩き始める。周囲の人々は相変わらず楽しげに談笑し、屋台の呼び込みに耳を傾け、大道芸に歓声を上げている。しかし、キオたちの存在に目を留める者は誰もいなかった。
『便利だね、この魔法』
キオが心の中でシュバルツに話しかける。
『当然だ。俺が施した魔法だからな』
心の中で返ってきた声には、わずかに誇らしげな響きがあった。
『スバルはすごいね』
『ふん。この程度、造作もない』
素っ気ない言葉。けれど、脳内ではゆらゆらと尾を揺らすシュバルツの姿が思い浮かんでいた。
「さて、二人はどこにいるかな......」
キオは、人混みの中を見渡した。
大通りには相変わらず人が溢れ、どこを見ても色とりどりの服や旗、屋台の煙や花飾りで視界が埋まっている。
「オーウェンの金髪なら、目立つと思うんだけど......」
ルイが背伸びをして探すが、人が多すぎて見つからない。
「カリナも目立つ髪色だよね。赤みがかった茶色......」
セドリックも懸命に目を凝らす。
「とりあえず、歩きながら探そう。二人も、どこかで僕たちを探してるはずだから」
キオの言葉に、二人は頷いた。
三人は、惑わしの魔法に守られながら、祭りの中を歩き始めた。
屋台の間を縫い、広場を横切り、人波に紛れながら——。
友を探す小さな旅が、始まった。
大通りを歩いていると、祭りの熱気が肌に伝わってくる。
「あ、見て! あそこで人形劇やってる!」
セドリックが指差した先には、小さな舞台が設けられていた。黒い竜の人形が空間を創り、金の竜が光を灯し、白銀の竜が大地を育む——創世神話を再現した人形劇に、子供たちが息を呑んで見入っている。
「三大竜様、ばんざーい!」
「ばんざーい!」
幼い声が唱和すると、親たちも目を細めて拍手を送っていた。
「あの人形、すごく精巧だね」
ルイが感心したように言う。
「毎年、職人さんが新しいものを作るんだって。創世祭の伝統なんだよ」
セドリックが博識なところを見せる。普段はおどおどしている彼だが、こういう知識には明るいらしい。
「へえ......すごいね、セドリック。よく知ってるね」
「え、えへへ......本で読んだだけだよ」
照れくさそうに笑うセドリックの肩で、コロネが得意げに尾を振った。
三人は、人形劇の周りをそっと通り過ぎながら、引き続き友人たちの姿を探した。
通りの角では、顔に絵を描いてもらっている子供たちの列ができていた。頬に竜の紋章や星の模様を描いてもらい、嬉しそうにはしゃいでいる。
「可愛いね、あの子たち」
ルイが微笑む。
「僕も小さい頃、お祭りでああいうの描いてもらったことあるなあ......」
セドリックが懐かしそうに呟く。
「キオ君は?」
「僕は......あんまり、お祭りに行ったことがなくて」
キオの言葉に、ルイとセドリックが少し寂しそうな顔をした。
キオはネビウス邸で静かに暮らしてきた。王都のお祭りに出かける機会など、ほとんどなかったのだ。
「じゃあ、今日は初めてのお祭りだね!」
ルイが明るく言った。
「みんなでいっぱい楽しもうね!」
「......うん」
キオは、友人の優しさに胸が温かくなった。
屋台の列を歩いていると、様々な匂いが漂ってきた。
肉の焼けるジューシーな音、炭火に脂が落ちる香ばしい白煙、威勢のいい店主の声。
「串焼きはいかがですか! 王都で一番美味い肉だよ!」
「焼きとうもろこし、甘くて美味しいよ!」
「蜂蜜レモン水、喉が潤うよ!」
どれも美味しそうで、思わず足が止まりそうになる。
「お腹、空いてきちゃったね......」
ルイがお腹を押さえて苦笑する。
「儀式の後、何も食べてないもんね」
セドリックも同意する。
「オーウェンたちを見つける前に、ちょっと食べとこっか」
キオが言うと、二人は頷いた。
「うん。2人を見つけるためにもエネルギーを補充しなきゃね!」
セドリックの口の端からは期待に満ちた涎が溢れかけていた。
「うわぁ、美味しそう」
ルイもその香りに頬を綻んでいた。
キオはお店に近寄り、串焼きの店の店主に、声をかけた。
「いらっしゃい! ......えーっと、これがいい感じだな。ほいよっと!」
店主はキオの顔を見ることもなく、手元だけで淡々と肉汁が滴り落ちる串を手渡した。
「あふっ!?」
キオはあふあふしながら肉を頬張る。
セドリックもとろけそうな笑顔を浮かべて黙々と肉にかぶりつく。
ルイはその肉串にかかったピリ辛なスパイスに目を輝かせていた。
三人は笑い合いながら、お肉を堪能した。
噴水広場を横切ろうとした時、向こう側に人だかりができているのが見えた。
「何だろう、あれ」
近づいてみると、アクロバットの一座が空中ブランコで宙を舞っていた。色鮮やかな衣装の演者たちが、まるで鳥のようにひらりと回転し、互いの手を掴んでは放す。
「すごい......!」
三人は、思わず足を止めて見入ってしまった。
空を切る身体、優雅な弧を描く軌道、絶妙なタイミングで交差する二人の演者。観客からどっと歓声が湧く。
「魔法なしであんなことができるなんて......」
セドリックが感嘆の声を漏らす。
「人間の身体能力って、すごいよね」
ルイも目を輝かせている。
『ふん。俺なら空を飛べるが、翼なしであそこまで動けるのは確かに見事だな』
シュバルツの声が、キオの心に響いた。
『認めるの、珍しいね』
『事実を言ったまでだ』
そっけない言葉だったが、シュバルツも興味深そうに空中の演技を見上げていた。
アクロバットが終わると、三人は再び歩き始めた。
広場の端では、露店で売られている小物を眺める若い娘たちの姿があった。髪飾り、ブローチ、リボン——色とりどりの小物が並び、春の日差しを受けてきらきらと輝いている。
「あ、あの髪飾り、可愛い......」
ルイが、藤色のリボンに目を留めた。
「ルイに似合いそうだね」
キオが言うと、ルイは恥ずかしそうに首を振った。
「い、いいの。今日は探し物だから......」
「でも、欲しかったら後で買いに来ようよ」
「......うん、ありがとう」
ルイの頬が、ほんのり赤く染まった。
通りを進んでいくと、道端で将棋のような盤上遊戯に興じている老人たちの姿があった。真剣な表情で駒を動かし、時折唸り声を上げている。その周りには、見物人が固唾を呑んで勝負を見守っていた。
「創世祭って、色んな人が色んな楽しみ方をしてるんだね」
キオが呟くと、セドリックが頷いた。
「うん。お祭りって、みんなが自分らしく楽しめる場所なんだと思う」
「......いいね、そういうの」
キオは、周囲を見回した。
子供たちがはしゃぎながら駆け回り、若者たちが食べ歩きを楽しみ、老人たちが穏やかに談笑している。貴族も平民も、今日ばかりは同じ祭りを楽しむ仲間だ。
こういう光景が、キオは好きだった。身分の壁を超えて、誰もが笑顔でいられる場所。そんな世界が、いつか当たり前になればいいと思う。
しばらく歩いていると、路地の角で見覚えのある姿が目に入った。
「あ——!」
セドリックが声を上げた。
「あそこ! カリナとオーウェンじゃない!?」
指差した先には、金色の髪と赤みがかった茶色の髪が並んでいた。二人とも周囲をきょろきょろと見回しながら、何かを探している様子だ。
「本当だ! 見つけた!」
ルイも嬉しそうに声を弾ませる。
「良かった......無事だったんだ」
キオは、安堵の息を吐いた。
「早く合流しよう!」
三人は、友人たちに向かって駆け出した。
春の陽射しが、夜空色の髪を優しく照らしている。
どこかで、竪琴の音色が風に乗って流れてきた。
創世祭の喧騒の中、キオたちは——大切な友人たちとの再会に向かって、賑やかな街を駆け抜けていった。
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