第46話「祭りの喧騒と惑わしの魔法(2)」
「ねえ、あれ......」
カリナが不意に足を止めた。
「なに?」
「あそこの人たち、こっち見てない?」
カリナが指差した方向を見ると、数人の町民がこちらを凝視していた。ひそひそと何かを話し合い、興奮した様子で指を差している。
「あ......」
キオは、嫌な予感がした。
キオとオーウェンは儀式の代表として、大聖堂の巨大な魔法映写板に映し出されていたのだ。黒髪の少年も金髪の少年もそうそう居るものではない。
「ま、まさか......」
その予感は、すぐに現実となった。
「あっ! あれって、儀式に出ていた方じゃない!?」
誰かの叫び声が上がった途端、周囲の空気が一変した。
「本当だ! シュバルツ一族の代表様だ!」
「金髪の方は......オーウェン殿下!? 王子様だわ!」
「きゃあああ! 生で見られるなんて!」
瞬く間に、人々が殺到してきた。
「ちょ、ちょっと待って!」
キオが慌てて後ずさろうとするが、もう遅い。四方八方から押し寄せる人波に、あっという間に囲まれてしまった。
「素敵でした! 儀式!」
「あの光の雨、感動しました!」
「握手してください!」
「お近くで拝見できて光栄です!」
口々に叫ぶ声が、洪水のように押し寄せてくる。
「あ、あの、ありがとうございます......」
キオは必死に笑顔を保とうとするが、四方から伸びてくる手に、身動きが取れなくなっていた。
「殿下! 殿下!」
「オーウェン様——!」
オーウェンの周囲はさらに酷かった。王族を一目見ようと、老若男女が押し合いへし合いしている。
「皆さん、落ち着いて......」
オーウェンが制止しようとするが、興奮した群衆の耳には届かない。
「キオ君!」
ルイの声が、どこか遠くから聞こえた。人混みに押されて、いつの間にか離れてしまったらしい。
「ルイ!」
「キオ——!」
カリナの声も、かき消されそうだ。
もみくちゃにされながら、キオは必死に友人たちの姿を探した。しかし、視界を埋め尽くすのは見知らぬ人々の顔ばかり。熱気と体臭、興奮した叫び声が渦を巻き、息が詰まりそうになる。
その時だった。
「あ——! 見て! 空!」
セドリックの甲高い声が、群衆の中から響いた。
「なんだあれ―――!」
その叫びに、人々の視線が一斉に天へと向いた。
「え? なになに?」
「どこどこ?」
「何も見えないけど......」
群衆の注意が逸れた一瞬——。
「今だ! こっち!」
誰かの手が、キオの腕を掴んだ。振り返ると、セドリックが必死の形相でこちらを見ている。
「走って!」
考える間もなく、キオは駆け出した。人混みの隙間を縫うように、脇道へと滑り込む。
気づけば、狭い路地裏に飛び込んでいた。
「はあ......はあ......」
薄暗い路地で、三人は息を切らしながら壁に背を預けた。
キオ、ルイ、セドリック——三人だけだ。
「オーウェンとカリナは......?」
キオが慌てて周囲を見回すが、二人の姿はどこにもなかった。
「はぐれちゃった......」
ルイが肩で息をしながら、青ざめた顔で呟いた。
「ごめん......僕が空を指差したから、みんなバラバラに......」
セドリックが申し訳なさそうに俯く。
「ううん、セドリックのおかげで逃げられたんだよ。ありがとう」
キオは、友人の肩を優しく叩いた。
「でも、どうしよう......」
ルイが不安げに路地の入口を見つめる。大通りからは、まだ群衆の興奮した声が聞こえていた。
「とりあえず、ここは見つからないように......」
キオが小声で言いかけた、その時——。
ぞわり。
背後で、空気が揺らいだ。
振り返ると、キオの影がゆっくりと盛り上がり——そこから、見慣れた姿が現れた。
「スバル!」
漆黒の髪、紫の瞳、背に揺れる翼と長い尾。竜人の姿をしたシュバルツが、呆れた顔で三人を見下ろしていた。
「なんだか、騒がしいな」
低い声が、路地裏に響く。
「キオ君の影から出てくるの初めて見た......」
セドリックが目を丸くする。
「すごい魔法だね」
ルイも驚きを隠せない様子だ。
シュバルツは、どうということはないという顔をして、キオの傍に歩み寄った。
「怪我はないか」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、スバル」
キオが微笑むと、シュバルツの表情がわずかに和らいだ。
「それで、どうする? あの騒ぎでは、このまま戻るのは難しいぞ」
シュバルツが腕を組んで問いかける。
「オーウェンとカリナを探さないと......」
キオが困ったように眉を寄せた。
「でも、また見つかったら、同じことの繰り返しになっちゃうよね」
ルイが不安げに言う。
「キオ君もオーウェン君も今日の主役だったからね......」
セドリックが、キオを見つめながら呟いた。
確かに、儀式当日の街中は普段とは、人も街の様子も異なる。キオの黒髪はいつも以上に目立ってしまうだろう。
「どうしよう......」
キオが途方に暮れたように呟いた、その時——。
「仕方ない」
シュバルツが、低く呟いた。
その手が、すっとキオのローブに触れる。
「え? スバル?」
「じっとしていろ」
シュバルツの指先が淡く紫色に光った。その光がキオのローブに吸い込まれていくように広がり、やがて服全体を薄い膜のように包み込んだ。
「な、何これ......?」
キオが驚いて自分の体を見下ろす。服の見た目は変わらないが、どこか奥行きが曖昧になったような、不思議な感覚があった。
「惑わしの魔法だ」
シュバルツが、事もなげに言った。
「は、惑わし?」
セドリックが目を丸くする。
「空間を歪ませ、周囲からの認識を曖昧にする。完全に姿を消すわけではないが、注目を集めにくくなる」
「えっ、そんな魔法があるの?」
ルイが驚きの声を上げた。
「空間魔法の応用だ。キオの存在を『背景』に溶け込ませる。近くで凝視すれば気づくだろうが、通りすがりの者が目を留めることはなくなる」
「すごい......」
キオは、自分の手を見つめた。確かに、何かが変わったような気がする。存在感が薄れたというか、周囲の空気に馴染んだというか。
「便利な魔法だね」
「本来は隠密術だが、こういう時にも使える」
シュバルツの声には、どこか照れくささのようなものが混じっていた。
「私たちにもかけてもらえる?」
ルイが期待を込めて尋ねると、シュバルツは小さく頷いた。
「お前たちにも施しておこう。二人を探すなら、目立たない方がいい」
同じように、ルイとセドリックのローブにも淡い光が広がった。
「わ......なんだか不思議な感じ」
セドリックが自分の体を見回す。
「これで、あの人混みの中でも見つかりにくくなるはずだ」
シュバルツの言葉に、三人は顔を見合わせた。
「じゃあ、お祭りを回りながら、オーウェンとカリナを探そう」
キオの提案に、ルイとセドリックが頷いた。
「うん。きっと二人も、僕たちを探してるはず」
「早く合流できるといいね」
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