第46話「祭りの喧騒と惑わしの魔法」
大聖堂を出ると、そこには夢のような光景が広がっていた。
色とりどりの旗が風に揺れ、屋台から立ち上る湯気が春の陽光にきらめいている。甘い香り、香ばしい匂い、威勢のいい呼び込みの声——すべてが入り混じり、街全体がひとつの生き物のように息づいていた。
「わあ......すごい人出だね」
キオは思わず立ち止まり、目の前に広がる景色を見渡した。
大通りを埋め尽くすほどの人、人、人。平民も貴族も、老若男女の区別なく、誰もが笑顔で祭りを楽しんでいる。
「本当に! これだけの人が王都に集まるなんて!」
カリナが目を輝かせて周囲を見回す。その肩の上では、メラメラちゃんが興奮気味に揺れていた。
「創世祭は年に一度の国家的祭典だからな。地方からも大勢の人が訪れる」
オーウェンが穏やかに説明する。しかしその表情には、どこか緊張の色が浮かんでいた。王族である彼にとって、この人混みは少々神経を使う場所なのかもしれない。
「儀式が終わったこの時間帯が、一番賑わうんだ。日が暮れるまで、このお祭り騒ぎは続くよ」
「へえ......王都のお祭りって、こんなに大きいんだね」
ルイも感心したように呟く。その隣では、火の精霊フレアと水の精霊トロプが、物珍しそうに人波を眺めていた。
「僕も、こんなに大きなお祭りは初めてかも......」
セドリックが少し怯えたように、肩の上のコロネを撫でる。フェネックの精霊は、大きな耳をぴくぴくと動かしながら、主人を安心させるように頬をすり寄せた。
五人は、人波に流されないよう固まりながら、大通りへと足を踏み出した。
通りの両側には、所狭しと屋台が並んでいる。
「さあさあ、焼きたてパンだよ! 三大竜を模した竜パン、いかがですか!」
「こっちは創世祭名物の三色団子! 黒、金、白銀——縁起物だよ!」
「果実酒はいかがですか! 今年の新酒、甘くて美味しいですよ!」
威勢のいい呼び込みの声が、あちこちから飛んでくる。
「あ、あれ見て! あの屋台、カラメルりんごだ!」
カリナが指差した先には、陽光を受けて宝石のように輝く赤い果実が山積みになっていた。甘い香りが漂い、子供たちが目を輝かせて列を作っている。
「あっちは焼き栗だね。すごくいい匂い......」
ルイも、鼻先をくすぐる香ばしさに頬を緩めた。
「僕、あの竜の形のクッキーが気になる......」
セドリックが控えめに指差した屋台には、三大竜を模した精巧なクッキーが並べられていた。黒竜、金竜、白銀竜——それぞれの特徴を捉えた細工は、食べるのが惜しいほどの出来栄えだ。
「よし、まずはあそこから回ってみよう」
オーウェンが提案し、五人は人波をかき分けながら歩き始めた。
通りを歩くたびに、目に飛び込んでくる光景は華やかだった。
店先には薔薇と百合の花輪が飾られ、軒下にはチューリップの鉢植えが並んでいる。街灯の柱には藤の花が巻き付き、薄紫の房が風に揺れるたびに、ふわりと上品な香りが漂った。
「綺麗だね......まるで街全体が花畑みたい」
キオが思わず足を止めて見上げると、建物の二階の窓辺からも、色とりどりの花々が顔を覗かせていた。
「今年は特に気合いが入っているな。今年は特別な年だったから、街の人たちも張り切っているんだろうな」
オーウェンが微笑みながら説明する。
広場に設置された噴水の周りは、まさに花の絨毯だった。白いマーガレット、黄色いタンポポ、青いネモフィラ、ピンクの芝桜——地上に虹が降りたかのような鮮やかさに、子供たちがはしゃぎながら駆け回っている。
大道芸人たちも、あちこちで喝采を浴びていた。
広場の一角では、オレンジ髪の青年が両手を掲げると、掌から炎の竜が立ち上って宙を舞った。観客から歓声が上がり、子供たちは目を丸くして拍手を送っている。
「すごい! あんな魔法、僕にもできるかな?」
セドリックが感嘆の声を上げると、オーウェンが笑った。
「あれはかなり高度な火炎制御だな。練習次第では、セドリックにもできるようになるかもしれない」
「本当? じゃあ、練習頑張ろうかな」
セドリックの目が輝いた。
噴水の傍では、吟遊詩人が奏でる竪琴の音色に合わせて、小さな風の精霊たちが舞っていた。その旋律は風に乗って広場全体に響き渡り、人々の心を優しく撫でている。
「なんだか夢みたいだね......」
ルイが、うっとりとした表情で呟いた。
「うん。こんな平和な光景、ずっと続けばいいのに」
キオも、静かに頷く。
儀式の緊張から解放され、友人たちと過ごすこの穏やかな時間。何気ない日常が、こんなにも尊く感じられる。
しかし——その平和は、長くは続かなかった。
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