第45話「光の雨」
魔法陣が、不気味に明滅していた。
暴走する魔力が、三人の身体から際限なく引き出されていく。キオの足元で渦巻く漆黒の力は、もはや自分の意志とは無関係に膨れ上がり、大聖堂の空気そのものを飲み込もうとしている。
『シュバルツ......!』
キオは心の中で叫んだ。
オーウェンは歯を食いしばり、必死に自分の魔力を抑え込もうとしている。だが、その額には玉の汗が浮かび、顔色は蒼白だ。
セレネは——もう、立っているのがやっとだった。傍らでテレシアが必死に支えているが、彼女の瞳からは光が失われつつある。
「キオ様......!」
セレネの悲痛な声が聞こえた。
「キオ......!」
オーウェンの声も届く。
二人が、苦しんでいる。このままでは——。
『キオ。決断しろ。時間がない』
シュバルツの声が、静かに、しかし切迫した響きで告げた。
『俺を信じろ。そして——お前自身を信じろ』
その言葉に、キオの脳裏にある光景が蘇った。
——あの日の、ヴィクトールとの訓練。
何度打ちのめされても立ち上がり、何度も何度も魔力を放出しては止め、放出しては止めを繰り返した。
全身が傷だらけになりながらも、キオは諦めなかった。
そして、その果てに掴んだ感覚——。
『力が大きすぎるなら、小さく分ければいい』
それは、かつて魔力に乏しかった前世の自分が、強大な魔石を扱うために理論と工夫で編み出した答えだった。
一度に全てを制御しようとするから溢れる。ならば、小さな単位に分けて、一つずつ積み重ねればいい。
小さな「核」を作り、その周囲に薄い膜を何重にも重ねていく。イメージするのは、何層にも重なる玉ねぎの皮。あるいは、極薄のガラスを千枚重ねた防壁——。
『そうだ、キオ』
シュバルツの声が、導くように響いた。
『あの時、お前が編み出した技術を思い出せ。薄い膜を、一枚一枚めくるように——』
『めくる......?』
『そうだ。絞り込むのではない。広げるんだ。だが、むやみに広げるのではなく、一枚ずつ、丁寧に。お前の夜空は、何でも包み込める——そうだろう?』
キオは目を閉じた。
へそ下の魔力の源。そこから噴き上がる、制御不能な力の奔流。
それを——絞り込むのではなく、広げていく。
だが、一気にではない。
ベールを一枚。
また一枚。
一枚一枚、丁寧にめくるように、層を重ねながら広げていく。
『そう、その調子だ』
シュバルツの声が、静かに励ます。
『焦るな。俺がついている』
キオは、ゆっくりと意識を広げた。
自分の内側にある漆黒の力を、極薄の層として一枚ずつ展開していく。その膜は、夜空のように深く、優しく、すべてを抱擁する帳となっていく。
一枚目——自分自身を覆う。
二枚目——足元の魔法陣を鎮める。
三枚目——周囲の空気を落ち着かせる。
だが、そこで限界が来た。
自分一人では、これ以上は——。
『キオ』
シュバルツの声が、これまでとは違う響きを帯びた。
静かで、深く、絶対的な信頼が込められた声。
『俺に身を任せろ』
その言葉と同時に、キオの身体の中に温かい力が流れ込んできた。
シュバルツの力だ。
それは、太陽のような熱さではなく、月明かりのような穏やかさでもなく——夜空そのもののような、静謐で、深遠で、すべてを満たす温かさだった。
『お前の身体を通して、俺が力の流れを導く。お前は、ただ領域を広げろ』
キオは、全身の力を抜いた。
抵抗をやめ、シュバルツに身を委ねる。
契約で結ばれた絆——その絆を通して、シュバルツの意志がキオの身体を導いていく。
すると——不思議なことが起きた。
これまで指の間から溢れ出していた魔力が、まるで自分の一部のように従順に動き始めたのだ。シュバルツの力が、キオの魔力と混ざり合い、一つの大きな流れを形成していく。
『いいぞ、キオ。次は、あの二人を——』
キオは、オーウェンとセレネの方へ意識を向けた。
二人の魔力が見える。
オーウェンの黄金の光——温かく、力強いが、今は暴風のように荒れ狂っている。
セレネの白銀の光——澄んでいて、優しいが、今は本人を飲み込もうとしている。
『あの二人を、お前の夜空に招き入れろ。暴走する魔力を、夜の帳で鎮めるんだ』
キオは、自分の世界を広げた。
夜の帳を一枚、また一枚と重ねながら、オーウェンとセレネに向かって伸ばしていく。
夜空は、星も月も太陽も——すべてを抱く器。
ならば、黄金の光も、白銀の光も、受け止められないはずがない。
「......キオ?」
オーウェンが、驚いたように目を見開いた。
暴走していた黄金の魔力が、急に楽になったのを感じたのだろう。キオの漆黒の力が、優しく彼を包み込み、荒れ狂う魔力を鎮めていく。
「キ、キオ様......?」
セレネも、同じように驚いていた。
彼女を飲み込もうとしていた白銀の光が、急速に落ち着いていく。キオの夜空が、彼女の魔力を優しく受け止め、安定させているのだ。
『よし。あとは——俺に任せろ』
シュバルツの意志が、キオの身体を通して三人の魔力を統べ始めた。
黒。金。白銀。
三色の力が、シュバルツの導きによって一つの大きな流れを形成していく。
暴走していた魔力が、調和へと変わっていく。
ぶつかり合っていた力が、寄り添い始める。
そして——
ふわり。
大聖堂全体が、淡い光に包まれた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
面白い、続きが気になると思っていただけましたら、
下の☆マークから評価や、ブックマーク(お気に入り登録)をしていただけると、執筆の励みになります!
(お気軽にコメントもいただけたら嬉しいです)
よろしくお願いします。




