第44話「荘厳なる儀式と突然の異変(2)」
「......っ!?」
足元から、ぞわりと這い上がるような感覚——。
キオは異変を感じ取った。
魔法陣から、何かが流れ込んでくる。それは本来の補助機能——魔力を安定させ、調整する力——とは明らかに異なるものだった。
増幅。
魔力を、無理やり引き出し、膨れ上がらせる力。
『シュバルツッ! これは——!』
『これは......! 魔力が無理やり引き出されていく......!?』
シュバルツの声にも、珍しく動揺が滲んでいた。
だが、気づいた時にはもう遅かった。
ドォォォォォン!!
三人の魔力が、一斉に膨れ上がった。
「なっ......!?」
オーウェンが驚愕の声を上げる。彼の周囲で渦巻く黄金の光が、通常の数倍にまで膨張している。本人の意思とは関係なく、魔力が無理やり引き出されているのだ。
「あ......っ......!」
セレネも苦悶の声を漏らした。白銀の光が暴風のように荒れ狂い、彼女自身を飲み込もうとしている。
そしてキオ——彼の漆黒の魔力は、最も激しく増幅されていた。
元々が膨大な魔力量。それが何倍にも増幅されれば、その影響は計り知れない。
「ぐっ......!」
キオは全身に走る激痛に歯を食いしばった。
へそ下の魔力の源が、まるで火山のように噴き上がる。抑えようとしても、魔法陣からの増幅作用が、その努力を嘲笑うかのように魔力を引き出し続ける。
『キオ! 耐えろ!』
シュバルツが声を張る。
しかし、状況は刻一刻と悪化していた。
大聖堂の内部が、三色の魔力で満たされていく。
黒、金、白銀——本来なら調和すべき三つの力が、増幅によって暴走し、互いに衝突し合っている。天井のシャンデリアがガタガタと揺れ、壁面のステンドグラスにひびが入り始めた。
「何が起きている......!」
マジェスタ家当主が声を荒らげた。
「魔法陣が暴走している......! 制御室に連絡を!」
神官たちが慌てて動き出す。だが、すでに大聖堂全体が凄まじい魔力の渦に飲み込まれつつあった。
参列者たちの間にも動揺が広がる。
しかし、そこは国家的な儀式の場。王族も貴族も、簡単に取り乱すわけにはいかなかった。
「落ち着け......!」
国王が低く、しかし鋭い声で周囲を制した。
「騒ぐな。神官たちに任せるのだ」
その一言で、参列者たちは辛うじて秩序を保った。だが、その顔には隠しきれない不安と恐怖が浮かんでいる。
王妃は祈るように両手を組み、壇上で苦しむ息子を見つめていた。
「オーウェン......」
―――
キオは必死に自分の魔力を抑え込もうとしていた。
『止まれ......止まれ......!』
訓練で身につけた技術——薄い膜を重ねて魔力を絞り込む方法——を必死に実行する。だが、魔法陣からの増幅作用があまりに強力で、抑え込んでも抑え込んでも、次から次へと魔力が溢れ出してくる。
それは、穴の開いたダムから水を堰き止めようとするようなものだった。
「キオ......!」
オーウェンが声を絞り出す。
彼もまた、自身の魔力制御に必死だった。黄金の光が身体の周囲で渦を巻き、本人の意思に反して暴れ回っている。
「止められない......! 魔力が、勝手に......!」
セレネは最も苦しそうだった。
三人の中で魔力量が最も少ない彼女にとって、この増幅は致命的だった。身体から無理やり魔力を引き出され、その負担が直接彼女を蝕んでいく。
「あ......ぁ......」
セレネの顔色が、みるみるうちに蒼白になっていく。膝が崩れそうになり、テレシアが慌てて主人を支えた。
「セレネ様......!」
テレシアがセレネを守ろうと緑の光で彼女を包みこもうとする。だが、暴走する魔力の前には焼け石に水だった。
「セレネ様......!」
ルドルフが声を張り上げ、駆け寄ろうとする。
だが、魔法陣の周囲は暴風のような魔力の渦で、近づくことすらできない。
「くっ......!」
ルドルフの傍らで、天使の精霊ルシエルが翼を広げ、主人を守ろうとする。その金色の瞳は、真っ直ぐとキオたちを見つめていた。
キオは、オーウェンとセレネの状態を見て、血の気が引くのを感じた。
『このままじゃ......二人が......!』
魔力を無理やり引き出されることの危険性を、前世の知識が教えていた。
魔力とは、魔法使いの生命力と直結している。それを限界以上に引き出し続ければ、身体に深刻なダメージを与える。
最悪の場合——
『わかっている。このまま放置すれば、二人の身体が保たない。特にセレネは......』
シュバルツの声が、緊迫した響きで告げる。
『どうすれば......!』
キオは必死に考えた。
魔法陣の増幅作用を止めるには、地下の制御室で何かをしなければならない。だが、今この場を離れれば、暴走する魔力がさらに制御不能になる。
かといって、このまま耐え続ければ、オーウェンとセレネの命が危ない。
そして何より——
『このまま暴走が続けば、大聖堂全体が魔力で満たされる。参列者たちにも被害が及ぶかもしれない』
シュバルツの言葉が、状況の深刻さを突きつける。
王族も、貴族も、一般の参列者も——この場にいる全員が、暴走する魔力の影響を受けかねない。
「どうすれば......」
キオは歯を食いしばった。
足元の魔法陣が、異様な光を放ち続けている。その中心部——通常なら淡い白銀の光を放つはずの場所が、今は虚無のように真っ白に染まっていた。
『なんだ、あの光は......? 本来の魔法陣にはないはずの......』
シュバルツが訝しげに呟く。
だが、今はそれを考えている余裕はなかった。
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