第43話「創世祭の幕開け」
時は流れ、その日がやってきた。
春の訪れを告げる柔らかな陽射しが、王都の街並みを黄金色に染め上げていく。
創世祭、当日——。
この日を待ちわびていたかのように、空はどこまでも高く澄み渡り、雲ひとつない快晴だ。街路樹の若葉が風に揺れ、そのたびに甘い花の香りが鼻先をくすぐる。
王都の大通りは、まだ夜も明けきらぬうちから人々の熱気で溢れかえっていた。
―――
中央広場へと続く大通りは、まさに百花繚乱の装いだ。
店先の軒下には薔薇と百合の花輪が揺れ、窓辺には色とりどりのチューリップが顔を覗かせている。街灯の柱には藤の花が優美に巻き付き、薄紫の房が風に揺れるたび、ふわりと上品な芳香を漂わせた。
噴水の周りは、まるで花の絨毯を敷き詰めたようだ。
白いマーガレット、黄色いタンポポ、青いネモフィラ、ピンクの芝桜——地上に虹が降りたかのような鮮やかさに、はしゃぐ子供たちの声が重なる。それを眺める大人たちの目元も、今日ばかりは穏やかに緩んでいた。
「今年の花飾りは格別だねぇ」
「そりゃあ、今年は特別な年だもの。気合いの入りようが違うわよ」
行き交う人々の装いも華やかだ。
貴族たちは絹やビロードの晴れ着に身を包み、宝石の髪飾りをきらめかせている。商人たちも上等な毛織りの上着を羽織り、胸ポケットには極彩色のハンカチーフを覗かせていた。
平民たちも負けてはいない。母親たちは花刺繍のエプロンドレス、父親たちは丹念に磨き上げた革靴。新しい服を着せてもらった子供たちは、髪にリボンや花飾りをつけて誇らしげだ。
「お母さん、見て見て! 綿菓子!」
「まあまあ、朝からそんなに食べたら、お昼ご飯が入らなくなっちゃうわよ」
「えー、でも創世祭は年に一回だもん!」
大通りの両脇には、所狭しと屋台が軒を連ねている。
小麦とバターの香ばしい匂いの正体は、焼きたてパンの屋台だ。籠には三大竜を模した「竜パン」や星型のシュガーパン、木の実がぎっしり詰まったナッツパンが山積みになっている。
隣からは、肉の焼けるジューシーな音が響く。炭火に脂が落ちるたび、食欲をそそる白煙が立ち上り、店主の威勢のいい声が飛ぶ。
甘い香りに誘われて視線を巡らせれば、陽光を浴びて宝石のように輝くカラメルりんご。その隣では焼き栗がパチパチと音を立て、香ばしい湯気を上げていた。
「さあさあ、創世祭名物の三色団子だよ! 黒、金、白銀——三大竜にあやかった縁起物だ!」
「こっちは竜の鱗クッキー! サクサクで美味いよ!」
「果実酒はいかが? 今年の新酒だよ!」
呼び込みの声が重なり合い、祭りの喧騒という名の音楽を奏でている。
子供たちは綿菓子を頬張り、若者たちは食べ歩きで笑い合う。噴水の縁に腰掛けた老夫婦は、そんな平和な光景を目を細めて眺めていた。
通りのあちこちでは、大道芸人たちが喝采を浴びている。
広場の中央では、オレンジ髪の青年が両手を掲げると、掌から炎の竜が立ち上って空を舞った。炎の魔法使いの妙技に、子供たちは目を輝かせ、大人たちも感嘆の声を上げる。
頭上を見上げれば、アクロバットの一座が空中ブランコで宙を舞っていた。色鮮やかな衣装の演者たちが、まるで鳥のようにひらりと回転し、互いの手を掴んでは放す——そのスリルに、観客からどっと歓声が湧く。
「すごい! あんなに高く飛べるなんて!」
「見ろよ、あっちでは精霊と一緒に演奏してるぞ!」
噴水の傍では、吟遊詩人が奏でる竪琴の音色に合わせ、小さな風の精霊が舞っていた。その旋律は風に乗って広場全体に響き渡り、人々の心を優しく撫でていく。
また別の場所では、人形劇の舞台に人だかりができていた。
黒い竜の人形が空間を創り、金の竜が光を灯し、白銀の竜が大地を育む——古くから語り継がれてきた創世の物語に、子供たちは息を呑んで見入っている。
「三大竜様に祝福あれ!」
「今年は百年に一度の稀有な年だってね」
「まさか三つの一族の本家が揃うなんて、生きてるうちに見られるとは思わなかったよ」
あちこちから興奮した声が聞こえてくる。
「儀式の代表は、まだ十代の若者たちなんだろう?」
「ああ、シュバルツ、ゴルト、ジルヴァ——それぞれの本家から選ばれた次代の担い手だとさ」
「どんな方々なんだろうねぇ......」
人々の期待と好奇心が、春の陽気と溶け合い、街全体を熱く包み込んでいた。
街の中心に聳え立つ大聖堂へ向かい、人の波は絶え間なく続いている。
春の陽光を受けて神々しく輝く尖塔。白亜の壁面に刻まれた三大竜のレリーフは、見る者を圧倒する威厳を放っている。
大聖堂の正門前は、すでに黒山の人だかりだ。
貴族や富裕層は入場券を手に列を作り、一般の民衆は広場に設置された最新の魔法技術で作られた巨大な魔法映写板の前に陣取っている。王都のみならず、地方の街や村にも設置されたその装置を通じ、国民全員がこの歴史的瞬間を見届けるのだ。
「もうすぐ始まるぞ!」
「場所取り、ちゃんとできた?」
「うん! ばっちり!」
祭りの喧騒の中、数多の視線が一様に大聖堂へと吸い込まれていく。
世界の創造を祝う、神聖なる儀式。
その幕が、まもなく上がろうとしていた。
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