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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第三章 「紅・銀の波乱と創生の祭典」
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第41話「怒りと自責の念」



 翌日の放課後。


 キオは再び、あの小さな訓練室に呼び出されていた。


 魔力吸収の魔法陣が施された壁に囲まれた、薄暗い空間。窓から差し込む夕陽だけが、冷たい石壁をわずかに温めている。


 室内には、キオとシュバルツ、そしてヴィクトールの三人だけ。


 昨日と同じ構図。


 だが、空気は決定的に違っていた。


「......では、始めましょうか」


 ヴィクトールの声は表面上は穏やかだったが、その奥底には、押し殺した何かが蠢いている気配があった。


 昨日の訓練で、キオは新しい魔力制御の技術を編み出した。何度打ちのめしても立ち上がり、最後には自分の攻撃を完全に防いでみせた。


 あの光景が、ヴィクトールの脳裏に焼き付いて離れない。


『キオ、今日はいつも以上に警戒しろ』


 シュバルツの低い声が、心の中に響いた。


『うん。わかってる』


 キオは深呼吸をして、意識を集中させた。



 今日の訓練も、昨日と同じ——魔力の放出と停止の反復練習から始まった。


「始め」


 キオは魔力を解放した。黒い靄が足元から立ち昇る。


「止め」


 キオは即座に魔力を引き戻した。昨日掴んだ「多重層」の感覚を意識しながら、薄い膜を一枚ずつ畳み込むように。



 ......まだ完璧ではないが、昨日よりも確実に速くなっている。


「......ふむ」


 ヴィクトールの声に、微かな苛立ちが混じった。


「もう一度。始め」


 キオは再び魔力を放出した。


「止め」


 今度は、さらに速く反応できた。


 ヴィクトールの眉が、ピクリと跳ね上がる。



「......もう一度」


 訓練は続いた。


 十回、二十回、三十回——。


 繰り返すたびに、キオの反応は少しずつ改善されていく。


 それを見つめるヴィクトールの表情が、徐々に歪んでいくのを、キオは気づいていなかった。



            


―――


 一時間後。


 訓練が一区切りついた頃、キオは額の汗を拭いながら、ヴィクトールに向き直った。


 全身が疲労で重いが、昨日よりも確実に上達している実感があった。多重層の制御も、少しずつ手応えを掴めてきている。


「ヴィクトールさん」


 キオは、疲れた体に鞭打って背筋を伸ばした。


「今日もありがとうございました。おかげで、昨日よりもずっと——」


 その瞬間だった。


「——いい加減にしろ」


 低い声が、キオの言葉を遮った。


「え......?」


「いい加減にしろと言っている......!!」


 ヴィクトールが、一歩前に踏み出した。


 その動きは速く、キオが反応する間もなかった。


 ガシッ!


 ヴィクトールの手が、キオの胸ぐらを掴み上げた。


「......っ!?」


 キオの体が、勢いよく壁に押し付けられる。


 背中に走る鈍い痛み。息が詰まった。


「私を......馬鹿にするのをやめろ......!!」


 ヴィクトールが叫んだ。


 その顔は、怒りで真っ赤に染まり、額には青筋が浮かんでいる。整った顔が、醜く歪んでいた。


「なんなんだ、お前は!! 私がどれほど皮肉を言っても、嫌味を込めても——お前は感謝する!? 頭を下げる!?」


 ヴィクトールの拳が、キオの胸ぐらをさらに強く締め上げる。


「私がお前を攻撃しても、『勉強になりました』だと!? ふざけるな!! 私を愚弄しているのか!!」


「ヴィクトールさん、僕は——」


「黙れ!!」


 キオの言葉を、怒声が遮った。


「お前には私の苦しみなど、見えてすらいないんだろう!! いや、見る気もないんだ!! 私など、お前の眼中にすらないんだからな!!」


 ヴィクトールの目に、涙が滲んでいた。


 だが、それは悲しみではなく——抑えきれない憤怒から溢れ出たものだった。


「私がどれほど努力してきたか、お前に分かるものか!! 分家の生まれで、髪の色すら本家に届かない私が、どれだけ苦労してこの地位を......!!」


 声が震えている。


「なのにお前は......!! 生まれながらに全てを持っている癖に、へらへら笑いやがって......!! 私の努力を、足掻きを、何も知らない顔で踏みにじって......!!」


 ヴィクトールの言葉が、矢のようにキオの胸に突き刺さっていく。


「お前のような奴が、一番許せないんだ......!! 努力しなくても全てが手に入る奴が......!! 私みたいな人間の気持ちなど、一生分かるはずが——」



 刹那。


 漆黒の影が、閃光のように二人の間に割って入った。


 ガンッ!!


 鈍い音と共に、ヴィクトールの手がキオから引き剥がされる。


「——それ以上は許さん」


 シュバルツだった。


 その声は静かだったが、絶対零度の冷たさを帯びている。


 紫の瞳が、怒りに燃えていた。


 ヴィクトールは、突然の衝撃に数歩よろめいた。


 目の前には、漆黒の竜人が壁のように立ちはだかっている。


 その全身から放たれる威圧感に、ヴィクトールの体が本能的に震えた。


「......っ」


 言葉が出ない。


 目の前の存在が、自分とは次元の違う「何か」であることを、体が理解していた。


「キオに手を出すな」


 シュバルツの声が、地を這うように響く。


「次はない」


 その言葉には、警告以上の——明確な殺意が含まれていた。


 ヴィクトールの顔から、血の気が引いた。


 怒りも、嫉妬も、一瞬で吹き飛んだ。


 残ったのは、純粋な恐怖だけ。


「......っ」


 ヴィクトールは何かを言いかけて、口を閉じた。


 そして、逃げるように訓練室を飛び出した。


 その背中は、どこか——壊れかけた人形のようだった。



            






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