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第4話「友情への第1歩(3)」

 キオは中庭のベンチに座り、ボーっと空を見上げていた。秋の雲が、ゆっくりと流れていく。


『さっきは、少し目立ちすぎたなー......』


 シュバルツの声が響く。


『悩ましいとは思うが、わざと力を抑えたりしてもそれは本当のお前の力じゃない。どうしても気になるのであれば、力をコントロールすることを身につけるしかないな』


『そうだね。今まで同い年の子たちとの接点があまりなかったから、どの程度が普通なのか、加減がわかってなかったよ。自分の力をコントロールするっていうのも大切な技術(ちから)だし、これはこれで勉強って思うしかないね』


『いいじゃないか、三度目の人生にしての新たな学びだな』


『ふふふ、そうだね』


 キオは立ち上がり、中庭を出ようと歩き出した。

 

 その時、庭の隅のベンチにグレーの髪色を見つける。


 ルイだ。


 彼女は小さな鉢を手に、一人で練習している。


「もっと綺麗に咲かせたいな……」


 小さな独り言が聞こえてきた。ルイは鉢に魔力を込めているが、双葉は小さいままだ。


「うーん……やっぱり難しい」


 キオは立ち上がり、そっと近づいた。


「ルイさん」


 声をかけると、ルイは驚いて振り返った。


「キ、キオ様……!」


「練習を?」


「は、はい……もっとうまくなりたくて……」


 ルイは恐縮したように俯く。


「授業以外でも一人で頑張るなんて偉いね」


 キオは隣に腰掛けた。ルイは少し戸惑いながらも、座ったままだ。


「あの……キオ様、お忙しいでしょうに……」


「全然忙しくないよ。それに、僕も……君と話したかったんだ」


 その言葉に、ルイの目が少し見開かれた。


「昨日、図書館で話せて嬉しかった」


 キオが真っ直ぐルイを見る。


「でも、授業ではグループが別だったから、少し寂しかったんだ」


「え……」


 ルイの頬が、ほんのり紅く染まる。


「僕も、魔法調理学の本、気になってる。一緒に勉強できたら楽しいと思うんだ」


「で、でも……私は平民ですし……」


 ルイが遠慮がちに言うと、キオは首を横に振った。


「それは関係ないよ」

 キオが真剣な眼差しで言う。


「だって、僕はルイさんと友達になりたいからね」


 友達。その言葉に、ルイの心が温かくなった。


「あ、そうだ。さっきの植物、見せてもらえる?」


 話題を変えるように、キオが鉢を指差す。


「あ、はい……」


 ルイが小さな鉢を差し出した。中には、小さな双葉がある。


「これは……無理に力を込めすぎているかな」


「え?」


「植物は優しさに応えてくれるんだ。力じゃなくて、心を込めて」


 キオが実演するように、自分の手のひらをルイの鉢にかざした。

 先ほどの学びを活かして力の出し方を調整する。


「こうやって、優しく語りかけながら……」


 黒色の魔力が、柔らかく流れる。


「『君は美しいよ』って」


 その言葉と共に、魔力が双葉を包み込む。すると、双葉が少し大きくなった。


「わあ……」


 ルイが感嘆の声を上げる。


「ルイさんもやってみて」


「で、でも……」


「大丈夫。ルイさんならできる」


 キオの励ましに、ルイは頷いた。


 深呼吸して、鉢に手をかざす。そして、小さな声で語りかけた。


「あなたは……美しい……」


 灰色の魔力が、優しく双葉を包む。


 すると――――


 小さかった双葉が、ぐんぐん成長し始めた。茎が伸び、蕾がふくらみ、やがて可愛らしいピンク色の花が咲いた。


「わあ……!」


 ルイの目が輝く。涙が溢れそうになった。


「咲いた……私にも咲かせられた……!」


「すごいよ、ルイさん。とても綺麗だ」


 キオが心から褒めると、ルイは嬉しそうに花を見つめた。


「ありがとうございます……キオ様……」


「あのね」


 キオが少し照れくさそうに言った。


「『様』はもういらないよ。キオでいい」


「で、でも……」


「友達なんだから」


 その言葉に、ルイの心が温かくなる。まだ「様」を外すのは難しいけれど、キオの優しさが心に染み込んでくる。


「私……キオ様のこと、もっと知りたいです」


 ルイが勇気を出して言った。


「僕も。だから、一緒に勉強しよう」


 二人が微笑み合った、その時だった。


「ルイ! そこにいたのね!」


 明るい声が響き、カリナとセドリックがやってきた。


「あ、カリナ、セドリック」


「あ、えっと......キオ様もご一緒だったんですね」


 セドリックが深々と頭を下げる。


「さっきは本当にありがとうございました。おかげで僕も芽を出せました」


「いや、君が頑張ったからだよ」


 キオが微笑むと、セドリックも嬉しそうに笑った。


「ねえねえ」


 カリナが目を輝かせて言った。


「せっかくだし、みんなで勉強会しない?」


「「「え?」」」


 三人が驚いて、カリナを見る。


 「キオは教えるのが上手いみたいだし、私もっと色々なことが知りたいのよ! みんなでやれば楽しいわよ!」


 カリナの提案に、ルイとセドリックは顔を見合わせた。


「で、でも……」


「カリナ、それは流石に難しいって」


「何よ、遠慮しないで!」


「そ、それはカリナが言うことではないのでは......」


 ルイとセドリックがあたふたとカリナを止めようとするが、カリナの中では決定事項のようだ。


 その時、中庭の前を通りかかったオーウェンが賑やかな声に気づき

 興味深そうにこちらにやってきた。


「何の話をしているんだ?」

「あ、オーウェン」


 キオが状況を簡単に説明すると、オーウェンはきらきらと目を輝かせた。


「なるほど、勉強会か。それはいいアイデアだな」


 そして、驚くべき提案をした。


「もしよければ、僕も参加させてもらえないだろうか?」


「「え……」」

 ルイとセドリックが戸惑う。


「殿下が私たちと……?」


「いや、えっと、でも......いいんですか? 殿下もお忙しいですよね?」


「殿下は堅苦しいな。オーウェンと呼んでくれ」


 オーウェンの気さくな態度に、二人とも目を丸くして固まってしまった。


「で、でも……」


「いいじゃない!」


 カリナが明るく割り込んだ。


「みんなで勉強した方が楽しいって!」


「カリナさんもこう言ってるし、やろうよ勉強会。友達との勉強会って憧れてたんだ」


 キオもカリナに便乗して、勉強会の話を進めていく。

 そんなキオにカリナがニカッと太陽のような笑顔を向けた。


「私のことは、カリナでいいわ。私もキオって呼んでるし」


「うん!よろしく、カリナ!」


 キオはその言葉にとても嬉しくなり、無邪気な笑顔をカリナに向けた。二人の周りでは見えない花が飛び交っていた。そんな二人にルイもセドリックも何も言えなくなってしまった。


「それじゃあ決まりね! 今度の放課後に、図書館で勉強会よ!」

 

 カリナが明るく仕切ると、戸惑うルイとセドリックを無視して、話がどんどん進んでいく。


「みんなでやれば、勉強も捗るだろうし、絶対楽しいわ!えいえいおー!」


 その快活な声に、場の空気が一気に和む。キオの胸に、じわりと温かいものが込み上げてきた。

 ついに、ごく自然な形で、友達と勉強会ができるのだ。


 夕方。


 キオは一人、図書館の窓際の席で本を広げていた。今度の勉強会のために、少しでも予習をしておきたかったのだ。

 しかし、本の内容がなかなか頭に入ってこない。今日のことを思い出して、自然と笑みがこぼれてしまう。


『キオ』


 シュバルツの声が響く。


『シュバルツ......今日は本当に良い一日だったね』


『そうだな』


『ルイさんとも、やっと友達になれそうだ』


『他の学友たち......カリナやセドリックとも仲良くなれそうじゃないか?』


『うん......そうなったら、嬉しいな』

 

 窓の外では、空が茜色から深い藍色へと移り変わろうとしていた。


『友達と勉強できる。ただそれだけのことが、こんなにも嬉しいなんて』


 キオの顔に、穏やかな笑みが浮かぶ。

 前前世では当たり前だった、放課後の勉強会。前世では、ついに経験することのなかった、温かい友情。

 この人生では、きっとその両方を手に入れられるだろう。


 『今度こそ、楽しい人生を送れそうだ』


 そう強く思いながら、キオは本を閉じた。図書館の明かりを背に、図書館を後にする。

 友情への確かな第一歩を踏み出した夜空色の髪の少年は、この時、初めて心の底から学園生活を楽しんでいた。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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