第40話「特別な指導(2)」
翌日。
創世祭の代表練習が終わった後、キオは別室に呼び出された。
そこは、練習場の隅にある小さな訓練室だった。壁には魔力吸収の魔法陣が施されており、万が一の暴走にも対応できるようになっている。
室内には、キオとシュバルツ、そしてヴィクトールだけ。
他の生徒の姿はなく、静まり返った空気が張り詰めていた。
「では、始めましょうか」
ヴィクトールが腕を組んだまま、キオを見下ろした。
その表情は、昨日までの礼儀正しさとは打って変わって、冷たく、どこか獰猛な気配を帯びている。
「まずは基本からです。私が合図をしたら、魔力を放出してください。そして、私が止めろと言ったら、即座に止める。......簡単でしょう?」
「はい、わかりました」
キオは頷き、意識を集中させた。
「では......始め」
キオは魔力を解放した。
黒い靄が足元から立ち昇り、室内を満たしていく。
「止め」
ヴィクトールの声に、キオは慌てて魔力を引っ込めようとした。
だが、勢いがついた魔力は簡単には止まらない。減速はするものの、完全に停止するまでに数秒の遅延が生じた。
「遅い」
冷たい声が飛んでくる。
「話になりませんね。これでは、オーウェン殿下やセレネ様と息を合わせるなど夢のまた夢だ」
キオは唇を噛んだ。
自分でもわかっている。止めようと思っても、魔力が言うことを聞かないのだ。
「もう一度。......始め」
キオは再び魔力を放出した。
「止め」
......やはり、遅れる。
「遅い。もう一度」
「始め」「止め」「遅い」「始め」「止め」「まだ遅い」
ヴィクトールの指示は容赦なく、休みなく続いた。
何度繰り返しても、キオの反応は改善しない。むしろ、繰り返すうちに疲労が蓄積し、制御はどんどん粗くなっていった。
十回、二十回、三十回......。
「話になりません」
ヴィクトールが深い溜息をついた。
その目には、明らかな侮蔑の色が浮かんでいる。
「やはり、量だけの力は使いものにならない。......いいでしょう。少し、実戦的な訓練に切り替えましょうか」
彼は一歩、キオに近づいた。
その足元で、銀色の狼の精霊がグルルと低く唸る。
「今度は、私が攻撃魔法を放ちます。あなたは、それを防いでください」
「......攻撃魔法?」
「ええ。実戦での魔力の操作は意外と繊細かつ難しいものです。実戦を想定した訓練をすれば、あなたでもコツが掴めるかもしれませんよ。安心してください。もちろん、手加減はしますよ」
その言葉とは裏腹に、ヴィクトールの瞳には冷たい光が宿っていた。
「では、行きますよ」
ヴィクトールの手に、銀色の光が収束する。
ジルヴァ一族が得意とする光魔法——本来は癒しをもたらすそれを、極限まで圧縮して攻撃に転用した、鋭い銀の礫だ。
ヒュンッ!
銀の礫が放たれた。
キオは咄嗟に魔力の盾を展開しようとした。だが、先ほどまでの反復訓練で疲弊した体は、思うように動かない。
ガンッ!
盾が間に合わず、礫がキオの肩を掠めた。
制服の袖が裂け、薄く血が滲む。
「っ......!」
「おや。避けられませんでしたか。......もう一度」
ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!
矢継ぎ早に放たれる攻撃。
キオは必死に身を捩り、魔力の盾を展開しようとするが、疲労した体では反応が追いつかない。
腕を、脚を、頬を——次々と鋭い光が掠めていく。
「......っつ!」
キオが痛みに呻いた。
瞬間、シュバルツが動いた。
漆黒の翼が広がり、キオを覆い隠すように前に出る。
「......いい加減にしろ。どういうつもりだ」
シュバルツの声が、地を這うような低音で響いた。
その紫の瞳には、押し殺した怒りが燃えている。
「おや、竜人殿。これは訓練ですよ?」
ヴィクトールは平然と肩をすくめた。
「始める前にも言いましたが、実戦を想定した、大事な訓練です。キオ様がいつまでも甘やかされていては、儀式で恥をかくのは本人でしょう? 私はそれを防ごうとしているだけです」
シュバルツの尾が、苛立たしげに床を叩いた。
今にも飛びかかりそうな殺気が膨れ上がる。
「スバル、いい」
キオが、息を切らしながら言った。
「キオ」
「大丈夫。......続けてください、ヴィクトールさん」
キオは膝に手をついて立ち上がりながら、ヴィクトールを見据えた。
『キオ、やめておけ。こいつは明らかにお前を傷つけることを楽しんでいる』
『そうかもしれない。......でも、この人の言うことも一理あるんだ』
シュバルツが息を呑む気配がした。
『今の僕じゃ、魔力の制御が全然できない。それは事実だよ。......だったら、どんな形であれ、練習するしかないじゃないか』
キオは汗を拭い、再び構えを取った。
ヴィクトールは一瞬、何かを言いかけたが——すぐに冷笑を浮かべて、腕を上げた。
「......結構。では、続けましょう」
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