第40話「特別な指導」
数日が経った放課後。
創世祭の練習は、少しずつの成果を受けて、より本格的な段階へと進んでいた。
広間には今日も夕暮れの光が差し込み、磨き上げられた床を茜色に染めている。壇上に描かれた巨大な魔法陣は、さらに複雑な紋様が追加されていた。
オーウェン、セレネ、そしてキオ。
三人は定位置につき、ルドルフの指示を待っていた。
「今日は、より実践的な動きを確認しましょう。まずは個別の魔力制御から」
ルドルフが手元の資料をめくりながら、穏やかに告げる。
「セレネ様、オーウェン殿下、そしてキオ様。順番にお願いします」
まずセレネが一歩前に出た。
長く美しい白銀の髪が揺れ、その足元から純白に近い光が静かに立ち昇る。清浄で、優しく、どこまでも澄んだ魔力だった。大地の精霊テレシアが穏やかに微笑み、その光に寄り添うように輝きを放つ。
「素晴らしい。完璧な調和です、セレネ様」
ルドルフが恭しく頷く。
続いてオーウェンが前に出た。
金色の魔力が太陽のように力強く、しかし無駄のない精緻さで展開される。圧倒的な質量を感じさせながらも、一点の揺らぎもない見事な制御だった。
「オーウェン殿下も、申し分ありません」
そして、キオの番だ。
キオは深呼吸をして、意識を内側へ向けた。
練習で掴んだ感覚。夜空のように広がる、果てしない器——。
ドォ......ッ。
黒い魔力が静かに湧き上がる。
今までの暴発とは違い、今度は薄く、広く、広間を包み込むように展開された。
......だが。
「ふむ」
ルドルフが満足げに頷く一方で、背後から冷ややかな声が落ちてきた。
「......悪くはありませんが」
ヴィクトールだ。
彼は腕を組み、値踏みするような視線でキオの魔力を見つめていた。
「広げる分には問題ないようですね。ですが、実際の儀式ではそうはいきません。魔力を『収縮』させる局面もある。そちらの制御は、いかがですか?」
「え......収縮?」
キオが戸惑って振り返る。
「ええ。儀式の中盤、三色の魔力を一点に集約させる場面があります。その時に求められるのは、ただ放出するだけではなく、『絞り込む』技術です」
ヴィクトールは優雅に歩み寄りながら、続けた。
「量だけが取り柄の魔力では、他の二人を潰してしまいかねません。......ですよね、ルドルフ様?」
ルドルフは少し考えてから頷いた。
「確かに、その通りです。キオ様、試しに魔力を一点に集中させてみていただけますか?」
キオは頷き、意識を手のひらに集めた。
広がっていた黒い魔力を、掌の上へと収束させる——。
だが、簡単ではなかった。
キオの魔力は、まるで水を両手で掬おうとするかのように、指の間から溢れ出してしまう。
集めようとすればするほど、制御が乱れ、周囲に飛び散っていく。
「あ......っ」
焦りが生まれる。
その焦りがさらに制御を難しくする。悪循環だった。
「やはり」
ヴィクトールが冷ややかに言った。
「大きな器に、大量の水を注ぐことはできても、それを小さな杯に移し替えるのは難しい。......野放図に溢れさせるだけでは、使い物になりませんね」
その言葉には、明らかな棘があった。
だが、キオは今、自分の力不足を痛感していて、反論する余裕がなかった。
「ヴィクトール、口の利き方には気をつけなさい」
ルドルフは冷ややかな視線をヴィクトールに向けた。
「......失礼しました」
ヴィクトールは恭しくルドルフに頭を下げる。
「いえ、ヴィクトールさんの言っていることは正しいので......すみません」
キオは、はははと笑いながら頭を搔く仕草をした。
ヴィクトールの拳が、誰にも見えない位置で強く握りしめられる。
『キオ』
シュバルツの声が心に響く。
『焦るな。お前の魔力量では、急に絞り込むのは難しい。少しずつ練習するしかない』
『......うん、わかってる。でも、このままじゃ儀式に......』
「キオ様」
不意に、ルドルフが進み出た。
「私から提案があります。ヴィクトールに、キオ様の魔力制御の特別指導をお願いするのはいかがでしょうか」
その言葉に、ヴィクトールの目が一瞬、暗い輝きを帯びた。
すぐに礼儀正しい表情に戻った為、誰もその様子に気づくことはなかった。
「私がですか」
「ええ。クロイツ家は代々、魔力の精密制御に優れていらっしゃる。それに、ヴィクトールは練習補助担当でもあります。キオ様に指導するのに、これほど適任の方はいないでしょう」
ルドルフの言葉は、純粋な善意から出ているようだった。
だが、ヴィクトールの口元がわずかに歪んだのを、シュバルツだけは見逃さなかった。
『この男......』
「......光栄です。謹んでお受けいたしましょう」
ヴィクトールは深々と一礼した。
その瞳の奥で、暗い炎が揺らめいていることを——キオはまだ、知らなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
面白い、続きが気になると思っていただけましたら、
下の☆マークから評価や、ブックマーク(お気に入り登録)をしていただけると、執筆の励みになります!
(お気軽にコメントもいただけたら嬉しいです)
よろしくお願いします。




