第39話「魔力の調整練習(2)」
その後も、練習は難航した。
オーウェンの黄金の魔力、セレネの白銀の魔力。二人はさすがに幼い頃から訓練を受けているだけあって、美しく安定した光を放っている。
だが、そこにキオの規格外の質量を持つ魔力が混ざると、バランスが崩れて弾け飛んでしまうのだ。
「あー、もう! また失敗だ」
何度目かの失敗の後、小休憩が入った。
キオは広間の隅でタオルを受け取り、汗を拭う。
魔法陣の向こうでは、ルドルフがオーウェンとセレネに何かを熱心に説明している。その輪に加われない自分の未熟さが、少しもどかしい。
「水分補給ですか。賢明ですね」
不意に背後から声をかけられ、キオは振り返った。
ヴィクトールが、冷えた水の入ったグラスを持って立っている。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。随分と『ご熱心』なようですから」
ヴィクトールは目を細め、ルドルフたちのいる方をチラリと見た。
「ハイリヒ様やセレネ様は、マジェスタ家を中心とする一族の誇りにかけて、生まれた時から儀式のために研鑽を積んでこられました。オーウェン様も王族として日々努力されております。付け焼き刃の努力で並ぼうなどと......いえ、失礼。努力自体は素晴らしいことですよ、ええ」
言葉の端々に、「お前には無理だ」というニュアンスが滲んでいる。
さすがにキオも、少し違和感を覚えた。
『オーウェンやシュバルツも言ってたけど......この人』
『そうだぞ、キオ。こいつはお前を馬鹿にしている』
シュバルツの声が低く響く。
『やっぱり、そうなんだ』
以前オーウェンから「彼が言っているのは皮肉だ」とは聞いていたけれど、どうやら自分はあまり好かれていないらしい。
けれど、言われていることは事実だ。自分が足を引っ張っているのは間違いない。
キオは、怒る代わりに、困ったような笑みを浮かべて頭を下げた。
「本当にそうですね。お二人の足元にも及びません。......でも、だからこそ頑張らないと。ヴィクトールさん、ご指導ありがとうございます。おかげで少しコツが掴めてきました」
素直な感謝の言葉。
それは、ヴィクトールが最も予想していなかった反応だったのだろう。
彼の一瞬、ピクリと眉を跳ね上げた。
「......コツ、ですか?」
「はい。『知性が必要』って言ってくれましたよね。ただ出すだけじゃダメだって。すごく参考になりました」
キオが真っ直ぐな目で見つめ返すと、ヴィクトールは一瞬言葉に詰まり、それからふいっと視線を逸らした。
「......そうですか。せいぜい『知性』を働かせることですね」
吐き捨てるように言って、ヴィクトールはその場を去っていく。
その背中からは、隠しきれない苛立ちが滲み出ていた。
「キオ......それは天然か、計算か?」
「え? 何が?」
シュバルツの呆れた声に、キオはきょとんとするだけだった。
―――
休憩明け。
再び三人が魔法陣に立つ。
「キオ様、焦る必要はありません」
魔法陣の向こうから、セレネがおずおずと声をかけてくれた。
「その......キオ様の魔力は、とても大きくて、温かいです。それは素晴らしいことです。だから、その......無理に小さくしようとしなくても、大丈夫だと思います」
顔を真っ赤にしながら、必死に伝えてくれる言葉。
その横で、オーウェンも力強く頷く。
「ああ。小さくするんじゃなくて、溶け込ませるような感じにするのはどうだ? 合わせるといっても色々な方法があるだろ?」
二人の言葉が、焦っていた心に沁み渡る。
そうだ。無理に小さくしようとするから、歪んでしまうんだ。
『シュバルツ』
『ああ。イメージしろ、キオ』
シュバルツの低い声が導く。
『お前の魔力は、夜空そのものだ。月光も、太陽も、星々も......すべてを包み込む、果てしない器だ』
キオは目を閉じ、意識を広げた。
自分の中にある力を、ただ強く放出するのではなく、広げる。
この広間の壁も、天井も越えて、どこまでも広がる夜の空のように。
―――スゥゥゥッ。
静かな音がした気がした。
キオから溢れ出した黒い魔力が、薄く、広く、広間全体を浸食していく。
それは先ほどのような重苦しい圧力ではない。静謐で、どこまでも深い、夜の帳だった。
その闇の中に、オーウェンの放つ黄金の光が太陽のように輝き、セレネの白銀の光が月のように寄り添う。
黒と、金と、銀。
三色は反発することなく、互いの輪郭を際立たせながら、美しいグラデーションを描き出した。
「......なんと」
誰かの呟きが聞こえた。
窓から差し込む夕日さえも霞むような、幻想的な光景。
「美しい......」
セレネが、うっとりとその光を見つめている。
ルドルフに至っては、目を見開いている。
「これが......。素晴らしいですキオ様......!」
ルドルフの熱っぽい視線に、キオは少しだけ背筋が寒くなるのを感じたが、今は成功の喜びが勝った。
隣を見ると、オーウェンがニッと親指を立てて笑っている。
ふと視界の端に映ったヴィクトールは、腕を組み、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
けれど、もう文句を言うつもりはないようだった。
―――
練習が終わる頃には、窓の外はすっかり茜色に染まっていた。
「キオ、今日はよく頑張ったな」
「オーウェンこそ。やっぱりすごいよ、一発で合わせちゃうんだもん」
「はは、僕も必死だったさ」
帰り支度をしながら、三人は穏やかに言葉を交わす。
セレネはまだ少し恥ずかしそうだが、それでも時折、キオの方をチラチラと見ては、嬉しそうに微笑んでいる。
その和やかな空気の外側で。
ヴィクトールは一人、無言でキオたちの背中を見つめていた。
その拳が、誰にも気づかれない位置で、強く握りしめられていることを――まだ誰も知らない。
創世祭までの道のりは、まだ始まったばかりだ。
窓の向こうには、一番星が光り始めていた。
キオは、その星を見上げながら、明日もまた頑張ろうと心に誓って歩き出した。
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