第39話「魔力の調整練習」
創世祭準備委員会の顔合わせから数日が経った。
その日、キオは朝から講義の内容がほとんど頭に入らなかった。
ノートを取る手は動いているものの、視線は何度も時計の針を追ってしまう。
今日は、いよいよ三大一族による『魔力調和』の合同練習が始まる日だ。
カラン、コロン......。
ようやく放課後を告げる鐘の音が、学園内に鳴り響いた。
「キオ、行くか」
教科書を鞄にしまいながら、隣の席からオーウェンが声をかけてきた。
彼はいつもの余裕ある笑みを浮かべているが、その瞳にはこれから始まる儀式の練習への真剣な光が宿っている。
「うん。......ごめん、ちょっと緊張してて」
「はは、顔を見ればわかるよ。今日の講義、ずっと心ここにあらずだったろ?」
図星を突かれて、キオは苦笑しながら頭をかいた。
「バレてたかぁ......。やっぱり、三大一族の調和なんて大役、僕に務まるかなって不安でさ」
「君なら大丈夫だ。それに、僕がいるだろ」
オーウェンがポンと肩を叩いてくれる。その力強さに勇気をもらいながら、二人は席を立った。
教室を出る際、いつもの仲間たち――ルイ、カリナ、セドリックの方を振り返る。
彼らも今日から練習が始まることは知っているのだろう。言葉こそ交わさなかったが、ルイは優しくニコッと笑って小さく手を振り、カリナとセドリックは「頑張って」と口の動きで伝え、力強く頷いて送り出してくれた。
友人たちの無言のエールを背中に受け、二人は教室を後にした。
廊下に出ると、キオの影の中から漆黒の精霊が実体化して並び立つ。
シュバルツだ。人の邪魔にならないように、翼を小さく畳んでいるが、それでもその存在感は圧倒的だ。
隣では、オーウェンの契約精霊であるグリフォンのソラリスも、主人に寄り添うように歩調を合わせている。
「いよいよだね、スバル」
キオが人前での呼び名で話しかけると、シュバルツは呆れたように鼻を鳴らした。
「......随分と硬い顔をしているな」
「えっ、スバルにまで言われちゃう?」
キオが情けなさそうに眉を下げると、シュバルツはツンと顔を背けた。
「何を心配してるんだ。お前には俺がついているんだぞ」
「そうだな。頼もしいパートナーがついているんだ、胸を張っていこう」
オーウェンもソラリスの首を撫でながら同意する。
二人に励まされ、キオの胸の奥がじんわりと温かくなる。
一日中張り詰めていた緊張が、少しだけ解けていくのを感じた。
「そうだね。......よし、行こう!」
―――
練習場所に指定されたのは、学園の最奥に位置する儀式練習棟の大広間だった。
高い天井を支える石柱は歴史を感じさせ、壁には歴代の創世祭を描いたタペストリーが静かに揺れている。
広間の中央、床石に刻まれた巨大な魔法陣が、窓から差し込む午後の陽光を浴びて、厳かに輝いていた。
重厚な扉を開け、キオたちが足を踏み入れると、すでに一人の少女の姿があった。
「あ......」
大地の精霊テレシアの影に隠れるようにしていた少女が、こちらに気づいてビクリと肩を震わせた。
「あ、こんにちは......キオ様! オーウェン様!」
セレネだ。彼女はキオと目が合った瞬間、慌てて視線を逸らしてしまった。
その様子を見て、キオは首を傾げる。
『慣れてもらうには時間がかかるのかな......?』
以前よりは話してくれるようになったけれど、セレネはキオの前だといつも挙動不審だ。
オーウェンとは普通に話しているようなので、少し残念に思いながらも、キオは努めて明るく声をかけた。
「セレネさん。今日はよろしくね」
「はいっ......!」
セレネは上擦った声で返事をすると 、顔を俯かせてしまった。
だが、その顔が恐怖ではなく、感極まったような表情であることに、キオは気づかない。
その時、広間の空気が変わった。
カツ、カツ、と規律正しい足音が響き、新たな一行が現れる。
「お待たせいたしました」
現れたのは、ルドルフ・ジルヴァ・ハイリヒ。
その背後には八枚の翼を持つ天使の精霊ルシエルが続き、さらにその脇には、銀色の狼を連れたヴィクトールと、銀色の蝙蝠を連れたマティアス、銀色の孔雀を連れたエルザが控えていた。
「本日より、創世祭に向けた魔力調和の練習を開始いたします」
ルドルフの声が、静寂な広間に凛と響く。
普段の穏やかさとは違う、儀式に臨む神官のような厳粛な表情だ。
「私が理論の説明と、オーウェン殿下のサポートを。そしてヴィクトールが、キオ様の指導補助を担当させていただきます」
そう言って、ルドルフはこちらに向き直った。
その瞬間、彼の厳格な表情がふわりと緩んだ。
「キオ様」
ルドルフはキオの目前まで進み出ると、流れるような所作で深々と頭を下げた。
「本日は、このような神聖な儀式の練習をご一緒できて、光栄の極みです。私の知識がお役に立てば幸いです」
「あ、えっと......。ありがとう、ハイリヒ君。こちらこそ、よろしくお願いします」
キオは困惑しながら頭を下げ返した。
相変わらず、ルドルフの自分への態度は丁寧すぎる。キオをまるで「神様」か何かのように扱うその姿勢に、心がざわざわする。
『......あいつの眼差し、相変わらず重いな』
シュバルツの声が脳内に響く。
『うん......。私にはこんなに丁寧なのに、カリナたちには冷たいし。どう接していいか分からないよ』
『警戒はしておけ。無理に付き合っていく必要はない』
シュバルツの冷静な助言を胸に刻み、キオは練習の開始を待った。
―――
「では、まずは個別に魔力を流す練習から始めましょう」
ルドルフの指示で、三人は魔法陣のそれぞれの定位置についた。
ジルヴァ一族の本家マジェスタ家の令嬢であるセレネと、それに次ぐハイリヒ家のルドルフ。この二人が中心となり、王子であるオーウェンをサポートする形だ。
そして、分家であるクロイツ家のヴィクトールが、キオの側につくことになった。
「よろしくお願いします、ヴィクトールさん」
「ええ。お手並み拝見といきましょう」
ヴィクトールは薄い笑みを浮かべて一礼した。その琥珀色の瞳は、相変わらず何を考えているのか読み取れない。
キオは深呼吸をして、意識を自身の内側へと向けた。
へそ下あたりにある魔力の源。それを感じ取り、ゆっくりと体外へ導いていくイメージだ。
『よし......いくよ、シュバルツ』
『ああ。解き放て』
ドォォォォォ......!
キオが魔力を解放した瞬間、黒い風が巻き起こった。
夜空を凝縮したような濃密な闇色の魔力が、キオの足元から一気に噴き上がる。
「っ!?」
隣で練習していたオーウェンが、驚いて目を見開いた。
魔力はキオの意思通りに放出されている。だが、その質量が桁違いだった。
広間の空気がズシリと重くなり、天井のタペストリーが余波で激しく揺れる。
「あ......ちょっと、出しすぎたかな」
キオは慌てて出力を絞ろうとしたが、展開された魔力の厚みは圧倒的で、広間全体を塗りつぶさんばかりだ。
その光景に、ルドルフが感嘆の声を上げた。
「おお......! なんという魔力量......! 底が見えない、まさに深淵の如き輝き......!」
ルドルフは両手を組み、その黒い圧力に酔いしれるように見入っている。
しかし、そのすぐ側で、ヴィクトールが小さく舌打ちをしたのをキオは聞き逃さなかった。
「......無駄が多いですね」
冷ややかな声が、熱狂するルドルフの声の下から聞こえた。
ヴィクトールが、呆れたように肩をすくめている。
「ただ大量にばら撒けばいいというものではありませんよ。これでは『調和』どころか、他の二人の魔力を押し潰してしまいます」
「ご、ごめんなさい。加減が難しくて」
「ふっ......まあ、溢れるだけの力があるのは結構ですが。繊細な制御というのは、才能よりも知性が求められるものですからね」
丁寧な言葉尻に、チクリと刺すような棘がある。
けれど、キオは自身の調整不足を反省するのに忙しく、その嫌味に気づく余裕はなかった。
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