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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第3章 「紅・銀の波乱と創生の祭典」
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第38話「委員会と皮肉な会話(3)」




 世界から光が遺棄されたような、深き闇の底。


 時間という概念さえ曖昧なその空間に、ひとつの影が佇んでいた。



 月光を思わせる白と、虚無ごとき黒が混ざり合った長髪。凍てつくように整った美貌。


 闇夜に舞う道化でありながら、その身には執事のような漆黒の燕尾服を纏っている。



 パラッツォである。


 彼は、虚空に浮かぶ「窓」を覗き込んでいた。


 黒い霧が縁取るその窓が映し出しているのは――夕暮れの学園で繰り広げられた、キオとヴィクトールの滑稽なやり取り。



 ヴィクトールの皮肉に対し、キオが満面の笑みで頭を下げる場面だ。


「ふ......」


 パラッツォの薄い唇が、三日月のように吊り上がった。


「ふふ......ふふふふふ」


 華奢な肩が小刻みに震え始める。


 静寂に満ちた闇の空間に、空気が軋むような忍び笑いが漏れ出し――やがて、それはせきを切ったように弾けた。



「あっははははは! あーっはっはっは!」



 パラッツォは両手を大きく広げ、天を仰いで身体をくねらせた。


 狂気を孕んだ哄笑こうしょうが、反響板もない虚空に木霊し、どこまでも広がっていく。



「ああ、素晴らしい! 実に素晴らしいですよ、キオ君!」


 彼は目尻に滲んだ涙――もちろん、そのような温かいものが彼に流れるはずもないが――を指先で拭う仕草をして見せた。


「まさかまさか、あれほど見事に皮肉が通じないとは......。あのヴィクトール君の凍りついた顔! ふふ、傑作ですねぇ」


 パラッツォは愛おしげに目を細め、霧の中のキオを見つめた。


 その瞳に渦巻くのは、濁った蜂蜜のような、歪んだ慈しみと執着。


「『ご指導ありがとうございます、ヴィクトールさん』......ですか」



 キオの声を真似て、わざとらしい甲高い声でおどけてみせる。


 パラッツォはステップを踏むように、闇の中をくるりと回った。


「ふふ、なんと無防備な。いえ、『純真』と言うべきでしょうか。それとも『愚鈍』? ああ、どちらでも構いませんねぇ」


 彼は長い指を唇に当て、楽しげに首を傾げる。



「普通なら、あれだけの悪意を浴びせられれば、肌が粟立つものです。顔を強張らせるか、あるいは怒りに震えるか......それが『人間』というものでしょう?」


 パラッツォは虚空に向かって両手を広げ、指揮者のようにタクトを振る仕草をした。


「なのに、あなたは真正面から感謝してしまった。毒の剣を花束で受け取るようなものですよ。ふふ、これには流石のヴィクトール君も形無しだ」


 くつくつと、喉の奥から笑いが込み上げる。


「ああ、愛おしい......本当に、本当に愛おしいですねぇ」



 彼は霧の窓にそっと指先を這わせた。まるでガラスケースの中の宝石に触れるように、キオの頬をなぞる。


「そのマヌケさ......いえ、『無垢さ』こそが、あなたの魅力であり......そして、私を誘う最高の『餌』なのですよ」





 パラッツォが指を弾くと、霧の映像が揺らめき、別の場面へと切り替わった。


 映し出されたのは、談話室で苛立ちを露わにし、カップを置くヴィクトールの姿だ。


『相応しくない者は、排除しなければならない』


 霧の中から響くヴィクトールの声を聴き、パラッツォは鼻で笑った。



「おやおや、随分と大きく出ましたねぇ、名脇役バイプレイヤー君」


 パラッツォは闇の中を優雅に歩き出した。まるで舞台の上を歩く役者のように、大仰な足取りでヴィクトールの映像の周りを回る。



「ふふ......なんとも滑稽で、凡俗だ」


 彼は侮蔑の色を隠そうともせず、肩をすくめた。


「あなたはセレネ様やルドルフ様を『崇拝』しているつもりでいる。彼らと同じ高みに立ち、同じ景色を見ていると思い込んでいる。ですが......」


 パラッツォは立ち止まり、冷ややかな視線でヴィクトールを見下ろした。



「あなたは彼らの『本質』など、欠片も見えていない」


 長い人差し指を一本立て、チッチッチ、と舌を鳴らす。



「セレネ様とルドルフ様は、キオ君の中に『神聖な何か』を見出し、ある種の畏怖と愛を持って執着している。歪んではいますが......そこには魂の共鳴があるのですよ」


 パラッツォの声の温度が、急激に下がった。



「しかしヴィクトール君、あなたにあるのは『嫉妬』だけだ。自分より劣るはずの者が、自分の及ばない高みへ登っていくことへの、醜い羨望。焦燥」


 彼は両手を広げ、嘲るように言った。



「あなたは『正義』や『信仰』という綺麗な包装紙で包んでいますが、その中身はドロドロとした劣等感に過ぎない。ふふ、透けて見えますよ。その安っぽいプライドがねぇ」



 一瞬の沈黙。



 だが、すぐにまたパラッツォの顔に粘着質な笑みが戻った。


「でも、だからこそ......『使える』のですよねぇ」




 パラッツォは再び手元の霧をかき混ぜ、現在のキオの姿を映し出した。


 寮の自室。月の光が差し込むベッドで、穏やかな寝息を立てている少年の顔。


 その傍らには、竜人の姿のシュバルツが彫像のように座り、主を見守っている。


「さて......」


 パラッツォは長い舌をチロチロと揺らし、獲物を狙う蛇のように目を細めた。



「舞台は整いつつありますねぇ。キオ君は友人を得て、最強の精霊を得て......ああ、なんとも幸せそうだ」


 その声には、毒を含んだ蜜のような甘さと、背筋が凍るような殺意が同居していた。



「でも、ご存知ですか? 幸福というものは......崩れ落ちる瞬間こそが、最も美しく輝くのですよ」


 パラッツォは虚空に手を伸ばし、何かを掴み取るように拳を握りしめた。



「ヴィクトール君という『駒』が、勝手に動き出しました。あの傲慢な凡人が、あなたにどんな『試練』を与えてくれるのか......ふふ、楽しみですねぇ」



 彼はくるりと回転し、闇の霧を背にした。


 その瞳が、闇夜に光る二つの鬼火のように怪しく揺らめく。



「ああ、待ち遠しい......本当に、本当に待ち遠しい」


 パラッツォは満足げに微笑んだ。その笑みは、月さえも凍りつかせるような、残酷な美しさを湛えていた。



「さあ、次の幕が上がる時を......特等席でじっくりと待つとしましょうか」


 彼は闇によって織りなされた椅子に深く腰掛け、霧に映るキオの無防備な寝顔を眺め続けた。



「どんな絶望の表情を見せてくれるんでしょうねぇ......ふふふふふ」


 その呟きは、誰の耳にも届くことなく、深い闇の底へと溶けていく。


 学園では、何も知らないキオが穏やかな眠りについている。


 彼を見つめる悪意ある視線に、気づくこともなく。




 そして――この先に待ち受ける、本当の『試練』が幕を開けようとしていることも、まだ知る由もなかった。


 絶対零度の闇の中で、パラッツォの笑い声だけが、いつまでも、いつまでも響いていた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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