第38話「委員会と皮肉な会話」
創世祭準備委員会の発足式から数日が経った、ある放課後のこと。
西日が差し込み、黄金色に染まり始めた廊下を、キオは歩いていた。
委員会の初めての顔合わせが、学園の会議室で行われることになったのだ。
キオの隣には、常に頼もしい相棒の姿がある。
漆黒の鱗、鋭い爪、そして背中から生えた一対の黒き翼。シュバルツだ。彼はその威容を隠すことなく堂々と、パートナーであるキオを守るように並んで歩いている。
すれ違う生徒たちが、シュバルツの姿に畏怖の視線を向け、慌てて道を空ける。だが、当のキオはそんな周囲の反応に慣れてしまっているのか、心の中で相棒に話しかけた。
『今日は委員会の役割分担を決めるんだって。少し緊張するな』
『ふむ』
シュバルツは前を見据えたまま、低い声をキオの脳内に響かせた。その響きは、どこか落ち着く重低音だ。
『シュバルツ一族の代表として恥じない振る舞いをするだけだ。お前なら問題ない。いつも通りでいろ』
『うん、わかってる。シュバルツがいると心強いよ』
会議室のある区画にたどり着くと、扉の前の広い廊下には、開場を待つ生徒たちがすでに何人か集まっていた。
その中に、ひときわ目を引く白銀の髪の集団を見つけて、キオは足を止めた。
その中心にいるのは、ヴィクトール・ジルヴァ・クロイツ。
先日挨拶を交わした、あの三年生の先輩だ。
整えられた制服の着こなしには皺ひとつなく、組まれた腕や立ち姿からは、自身の精神を律しているような厳格さが滲み出ている。
その足元には、銀色の毛並みを持つ狼の精霊が静かに控えており、その主人と同じく隙のない佇まいを見せている。
ヴィクトールは数名の生徒と談笑していたが、不意にその場の空気が変わった。
キオと、その隣に立つ竜人シュバルツ。
その圧倒的な存在感に、周囲の視線が集まったのだ。
ヴィクトールもまた、会話を止めてゆっくりと顔を向けた。
キオの姿を認めると、彼は取り巻きの生徒たちに一言断りを入れ、群衆を割って優雅な足取りで近づいてきた。
キオの目の前まで来ると、彼は組んでいた腕を解き、流れるような動作で一礼した。
「ごきげんよう、ネビウス殿」
その動作は洗練されており、貴族の礼法であると同時に、どこか修道士が祈りを捧げる所作にも似ていた。
「ごきげんよう、ヴィクトールさん」
キオも即座に反応し、習い覚えた礼法通りに深く頭を下げる。
顔を上げると、ヴィクトールが穏やかな笑みを浮かべてキオを見ていた。
だが、その目は笑っていない。琥珀色の瞳は、至近距離から品定めするかのように、キオの表情、服装、そして隣に立つ黒き竜人を詳細に観察している。
「ふむ......ネビウス殿は、いつも肩の力が抜けていらっしゃる。三大一族の本家筋ともなれば、周囲への威圧感を隠しきれぬものですが......」
彼は一歩、キオとの距離を詰めた。その視線が、ちらりとシュバルツに向けられる。
「いやはや、その『無害』な雰囲気、羨ましく思いますよ」
穏やかな声色。
キオは、その言葉を素直に受け取り、パチクリと瞬きをした。
「え?」
キオは少しはにかんで、頬を指で掻いた。
「ありがとうございます......? あまり威張り散らすのは好きではないので、そう言っていただけると嬉しいです」
てっきり褒められたのだと思い、キオは優しく微笑んだ。
その様子を、ヴィクトールは細められた目で見つめている。
まとう空気が、ほんのわずかに——温度を下げたように感じられた。
『......キオ』
シュバルツの声が、低く響く。そこには呆れの色が混じっている。
『......なんだ、今のは』
『え? 親しみやすいって褒めてくれたんじゃないの?』
『......はぁ』
シュバルツは小さく溜息をついたが、その表情はどこか「仕方ないやつだ」と苦笑しているようにも見えた。
『まあいい。お前はそのままでいろ』
シュバルツは鼻を鳴らし、ヴィクトールを牽制するようにじろりと睨みつけたが、それ以上は言葉を発しなかった。キオはその理由がよくわからず、内心で首を傾げた。
―――
やがて会議室の扉が開かれ、生徒たちは中へと入っていった。
室内は、外の廊下とは隔絶された、重厚で厳かな空気に支配されていた。
高い天井からは年代物のシャンデリアが吊り下げられ、壁には歴代の学園長や三大竜にまつわるタペストリーが飾られている。
長方形の大きなテーブルを囲むように、十数人の生徒が着席していた。
その光景は圧巻だった。
集まった生徒の大半が、窓から差し込む光を受けて輝く、白銀の髪を持っていたからだ。ジルヴァ一族。代々、教会との結びつきが強く、信仰を重んじる一族の者たち。
彼らは私語を交わすことなく、静かに手を組み、黙想するかのように座っている。
上座には、マジェスタ家の使者である年配の男性が座り、役割分担の発表が進んでいく。
総指揮はマジェスタ家、補佐はハイリヒ家。そして儀式の代表は三名。
厳粛な雰囲気の中、淡々と進行していく。
「練習補助担当については、クロイツ家のヴィクトール殿にお願いいたします」
その言葉に、ヴィクトールが静かに立ち上がった。
椅子を引く音すらさせない、完璧な所作。
彼は胸に手を当て、使者に向かって、そして次に代表の三名に向かって深々と一礼した。
「謹んでお受けいたします。儀式代表の皆様、特に......まだあどけなさの残る一年生の皆様が、その重責に押しつぶされぬよう、誠心誠意お支えいたします」
よく通る、朗々とした声だった。
その言葉に、キオは『ヴィクトールさんは、責任感が強い方なんだな』と感心して頷いた。
一方、隣に座っていたオーウェンが、頬杖をついたままピクリと不快そうに眉をひそめてヴィクトールを一瞥したのを、キオは気づかなかった。
会議は滞りなく進み、解散となった。
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