第37話「新学期と創世祭の知らせ(3)」
放課後。
キオとオーウェンは、創世祭準備委員会の発足式が行われる大講堂へと向かっていた。
廊下には、同じく発足式に参加するらしい生徒たちの姿がちらほらと見える。その多くが、神秘的な白銀の髪を持つジルヴァ一族の生徒たちだった。
「緊張するね」
キオが小さく漏らすと、オーウェンが苦笑した。
「僕もだ。こういう公式の場は、何度経験しても慣れない」
「オーウェンでも?」
「王族だからといって、緊張しないわけではないさ」
その率直な言葉に、キオの肩の力が少しだけ抜けた気がした。
大講堂の前に着くと、すでに多くの生徒が集まっていた。
白銀の髪が波打つ集団の中で、赤や青、緑といった髪色を持つ貴族の生徒は、ほんの一握りだ。
「キ......キオ様」
不意に声をかけられて振り向くと、そこにはセレネ・ジルヴァ・マジェスタが立っていた。
白銀の髪が夕陽の光を受けて煌めいている。その整った顔立ちは、キオと目が合った瞬間、ぼっと火がついたように赤く染まった。傍らでは、大地の精霊テレシアが穏やかな微笑みを浮かべて控えている。
「セレネさん」
「お、お久しぶりです......」
セレネは恥ずかしそうに視線を泳がせているが、その表情はどこか嬉しそうだ。
『やっぱり、すぐ顔が赤くなる......。本当に人見知りなんだな』
キオは内心で微笑ましく思いながら、穏やかに言葉を返した。
「お久しぶりです。セレネさんは、冬休みはどうでした?」
「......はい、あの、私は......祈りを捧げておりました。皆様のご健勝を祈って......」
「そうなんですね。セレネさんは優しいね」
キオが素直に感心すると、セレネはさらに耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
「キオ様」
今度は別の声。
振り返ると、ルドルフ・ジルヴァ・ハイリヒが恭しく一礼していた。その背後には、八枚の翼を持つ天使の精霊ルシエルが、主同様に荘厳な佇まいで控えている。
「お会いできて光栄です。新学期も、どうぞよろしくお願いいたします」
「ハイリヒ君......うん、よろしくね」
キオが答えると、ルドルフの硬い表情がわずかに緩んだ。
その礼儀正しい態度は相変わらずだ。けれど、キオの脳裏には、以前ルドルフがカリナやルイに向けた冷淡な視線が焼き付いている。
『僕には丁寧なのに、友達にはあんな態度をとるなんて......』
身分や血筋で態度を変える相手を、手放しで信頼することは難しい。
「さあ、そろそろ始まるようです」
ルドルフに促され、三人は大講堂の中へと足を踏み入れた。
―――
大講堂の中は、張り詰めたような厳かな空気に支配されていた。
正面の壇上には、創世祭を主催するジルヴァ一族の重鎮たちがずらりと並んでいる。
その中央に立つのは、セレネの父であるマジェスタ家当主だった。白銀の髪と鋭い眼光を持つ威厳ある男性が、集まった生徒たちを見下ろしている。
「本日は、創世祭準備委員会の発足式にお集まりいただき、ありがとうございます」
当主の声は低く、講堂の隅々までよく通った。
「今年の創世祭は、三大一族の本家が揃う歴史的な年。我々ジルヴァ一族は、主催として、この神聖な儀式を成功させる重責を負っております。この学園の皆様にも、儀式成功に向けご協力をいただければ幸いです」
静かながらも力強い言葉に、会場全体の緊張感が高まる。
「では、委員会の構成を発表します」
当主が手元の書類に目を落とす。
「総指揮は、マジェスタ家が務めます。補佐はハイリヒ家」
セレネとルドルフ、それぞれの家名が厳かに呼ばれた。
「そして、儀式の代表として――シュバルツ一族代表、キオ・シュバルツ・ネビウス殿。ゴルト一族代表、オーウェン・ゴルト・リンドール殿下。ジルヴァ一族代表、セレネ・ジルヴァ・マジェスタ」
三人の名前が読み上げられた瞬間、会場から感嘆のどよめきが漏れた。
「先程も話しましたが、三大一族の本家が揃う、稀有な年です。この好機を最大限に活かし、歴史に残る素晴らしい儀式にいたしましょう」
当主の言葉に呼応するように、会場全体が深く頷く。
「なお、委員会には他にも多くの方に参加していただきます。名簿は後日配布しますので、各自確認してください」
発足式は、淡々と、しかし厳粛に進んでいった。
儀式の概要、練習スケジュール、衣装合わせの日程。
次々と提示される膨大な情報を、キオは必死にメモを取りながら追いかけた。
『これは思ったより大変なことになりそうだな』
シュバルツの声が、他人事のように、しかし気遣わしげに響いた。
『うん......でも、やるしかないよね』
『ああ。お前なら、きっとうまくやれる。俺が保証する』
その力強い言葉に、キオは小さく微笑んだ。
―――
発足式が終わり、生徒たちが三々五々と講堂を出ていく。
キオも出口に向かおうとした、その時だった。
「失礼いたします、ネビウス殿」
凛とした声に呼び止められて振り返ると、白銀の髪を持つ少年が、恭しく一礼していた。
年齢は十五、六歳くらいだろうか。背が高く、服の上からでもわかるほど体格が良い。鋭い目つきだが、その表情には礼節を重んじる実直さが滲んでいる。
その傍らには、銀色の毛並みを持つ狼の精霊が静かに控えていた。主人と同じく、隙のない佇まいだ。
「初めまして。私はヴィクトール・ジルヴァ・クロイツと申します。三年生です」
よどみのない丁寧な口調。姿勢も正しく、高貴な身分として申し分のない立ち振る舞いだった。
「は、初めまして。ヴィクトールさん」
上級生相手だ。キオは慌てて礼儀正しく挨拶を返すが、相手の丁寧さに戸惑いを隠せない。
「今回の委員会、実務の多くは我々分家が担うことになります。儀式に参加される皆様が儀式そのものに集中出来るよう努めますので、よろしくお願いいたします」
ヴィクトールは、キオの視線を受け止めながら、静かに、しかしどこか誇らしげに語った。
「特にルドルフ様もセレネ様も、まだ一年生。不慣れな点も多いでしょう。私が傍で支えなければと思っております」
その口調には、単なる上級生としての義務感以上の、強い自負が滲んでいた。
「ヴィクトールさんは、お二人のことをよく知っているんですね」
「ええ。幼い頃より存じ上げております」
ヴィクトールは当然のことのように頷き、探るような視線をキオに向けた。
「......ネビウス殿は、お二人とは?」
「えっと、まだそんなには......。ハイリヒ君とセレネさんとは何度か話をしたくらいで」
キオが何気なくその名を呼んだ、一瞬だった。
ピクリ、とヴィクトールの片眉が跳ねた。
張り付いたような笑顔はそのままに、まとう空気がほんのわずかに鋭さを帯びる。
けれど、次の瞬間には何事もなかったかのように、ヴィクトールはさらに深々と頭を下げていた。
「そうでしたか......。どうぞ、お気軽にお声がけください。何かございましたら、いつでもお力添えいたします」
ヴィクトールはもう一度、角度まで計算されたような美しい一礼をすると、背後に控えていた二人の生徒と共に、静かにその場を去っていった。
一人は口元に皮肉めいた笑みを浮かべた少年で、肩には小さな蝙蝠のような精霊がぶら下がっている。もう一人は凛とした冷ややかな雰囲気の少女で、傍らには純白の羽根を広げた孔雀の精霊が優雅に佇んでいた。
どちらも白銀の髪。ジルヴァ一族の生徒たちなのだろう。
「礼儀正しい人だったね......」
キオが素直な感想を漏らすと、隣に並んだオーウェンが小さく頷いた。その足元では、ソラリスが去っていく三人をじっと見つめている。
「ああ。立場をわきまえている、と言えば聞こえはいいが」
「うん。真面目そうな人だったけど、先輩にあんな風にされると緊張するよ」
キオはそう言って、去っていくヴィクトールの背中を見送った。
言葉にも態度にも、非の打ち所はない。
――だが。
『キオ』
不意に、シュバルツの声が心の中に響いた。その声音は、いつもより低く、張り詰めていた。
『ん? どうしたの、シュバルツ』
『......あの男、気をつけろ』
『え? ヴィクトールさんのこと?』
キオは内心で首を傾げた。
『すごく丁寧な人だったけど......何かあった?』
『言葉や態度には、何の落ち度もなかった。完璧と言っていい』
シュバルツは静かに、しかし確かな警戒心を含んだ口調で続けた。
『だが、あの男がお前を見る目......一瞬だけ、嫌な気配がした。俺の気のせいかもしれんが』
『何かって......?』
『分からん。だが、純粋な好意でないことは確かだ』
キオは、廊下の奥へと消えていくヴィクトールの背中を思い返した。
本家を立てる礼儀正しい分家の先輩。
そこに、何か違和感があっただろうか。
正直、キオには分からなかった。
『......シュバルツがそう言うなら、気をつけるよ』
『ああ。杞憂であればいいがな』
シュバルツの声には、珍しく強い慎重さが滲んでいた。
キオは小さく頷き、オーウェンと共に大講堂を後にした。
新学期早々、思わぬ出会いが待っていた。
創世祭という華やかな舞台が待っている。重圧と期待の中で、自分はうまくやっていけるのだろうか
微かな不安を胸の片隅に留めながら、キオは廊下を歩いていく。
春の訪れに向けて、新たな展開が静かに幕を開けようとしていた。
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