第37話「新学期と創世祭の知らせ(2)」
教室の扉を開けると、そこには懐かしい空気が満ちていた。
冬休み前と変わらない机の並び、使い込まれた黒板、そして久しぶりに顔を合わせるクラスメイトたちの喧騒。あちこちで、再会を喜ぶ声と笑い声が咲いている。
「久しぶり!」
「元気だった?」
「実家どうだった?」
キオは席に荷物を置き、ぐるりと周囲を見渡した。
後方の席では、さっそくルイがカリナとセドリックに囲まれて楽しそうに話している。入学当初から変わらない、見ているだけで安心する光景だ。
隣の席に腰を下ろしたオーウェンも、穏やかな眼差しでクラスの様子を眺めている。
「新学期だな」
オーウェンが独り言のように呟いた。
「うん。冬休み、あっという間だったね」
「ああ。だが、こうしてまた皆と会えるのは悪くない」
その言葉に、キオも深く頷いた。
やがて、始業を告げるチャイムが鳴り響く。
教室のドアが開き、担任のシュトゥルム先生が入ってきた。青い髪をきっちりと揃えたその姿は、相変わらず理知的で落ち着いている。穏やかながらも芯のあるその佇まいに、教室の空気がスッと引き締まった。
「皆さん、おはようございます。新学期のホームルームを始めます」
その声を合図に、私語がぴたりと止む。生徒たちは姿勢を正し、先生の言葉に耳を傾けた。
「まずは、皆さんが冬休みを無事に過ごし、こうして揃ってくれたことを嬉しく思います。良い年越しができましたか?」
温かみのある問いかけに、生徒たちから「はい」と小さな肯定の声がさざ波のように広がる。
「それは何よりです」
シュトゥルム先生は満足そうに頷いた後、表情を少し改めた。
「さて、新学期早々ではありますが、皆さんに重要なお知らせがあります」
その一言で、教室の空気が一変した。
生徒たちの背筋が伸び、好奇心と緊張が入り混じった視線が教卓へ集中する。
「今年の春に行われる『創世祭』についてです」
創世祭。
その単語が出た瞬間、教室がどよめいた。
「創世祭って、あの......?」
「三大竜の世界創造を祝う、国家的な祭典だよね?」
「毎年、王都の大聖堂で行われるやつ......」
ひそひそと交わされる声を制するように、シュトゥルム先生は静かに手を挙げて注意を促した。
「静粛に。詳しく説明しますので、よく聞いてください」
教室が再び静まり返ると、先生はチョークを手に取り、黒板に向かった。
「創世祭とは、春の訪れと共に世界の誕生を祝う、国を挙げての重要な祭典です」
カツカツと硬質な音を立て、要点が黒板に記されていく。
「この儀式では、三大竜――黒竜、金竜、白銀竜――に連なる一族から、その年の代表が選出されます」
キオの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
『三大竜の一族......』
シュバルツ一族。ゴルト一族。ジルヴァ一族。
それは、キオ自身、そして隣にいるオーウェン、さらにはこの学年にいるセレネやルドルフに直結する話だ。
「代表に選ばれた者は、大聖堂で行われる儀式において、三大竜にちなんだ正装を纏い、魔力の解放と調和を行います。これは世界創造を模した神聖な儀式であり、国中の注目を集める大イベントとなります」
説明を続けるシュトゥルム先生の声に、一段と力が込められた。
「そして、今年は特別な年です」
先生は生徒たちを見渡した。
「三大一族の本家の子息・令嬢が、同じ学年に揃うのは極めて稀なこと。ゆえに今年の創世祭は、例年以上に華やかで、歴史的な意味を持つ儀式となるでしょう」
その言葉の意味を理解した瞬間、教室中の視線が一斉にキオとオーウェンへと突き刺さった。
キオは居心地の悪さに、思わず身を縮こまらせる。
『三大一族の本家......それって、僕とオーウェンと......』
『別クラスにいる、セレネという女生徒のことだな』
シュバルツの声が、冷静な事実として心に響いた。
「この儀式に向けて、学校としても準備を進めます」
シュトゥルム先生は黒板に新たな文字を書き加えた。
「本日放課後、創世祭準備委員会の発足式が行われます。対象となる生徒には別途通達がありますので、指示に従ってください」
準備委員会。
その響きに、キオの胸の内で小さな不安の芽が顔を出す。
「主催はジルヴァ一族が務め、委員会も彼らを中心に構成されますが、もちろん他の生徒たちの協力も不可欠です。皆さんの中にも、委員として参加する方がいらっしゃるかもしれません」
ジルヴァ一族。
脳裏に、セレネとルドルフの顔が浮かんだ。
キオと目が合うと、すぐに林檎のように赤くなって俯いてしまう人見知りの少女、セレネ。
そしてルドルフ......彼はキオやオーウェンに対しては丁寧だが、カリナやルイに対しては明らかに冷ややかな態度をとる。
友人たちに向けられたあの氷のような視線を、キオは忘れてはいなかった。
「なお」
シュトゥルム先生が、最後に念を押すように言った。
「儀式の代表として選出される可能性のある生徒、具体的にはネビウス君、オーウェン殿下については、放課後の発足式に必ず出席してください」
名指しされ、キオはこくりと頷いた。
隣ではオーウェンも、覚悟を決めたように静かに同意の意を示している。
「他に質問がなければ、ホームルームを終わります。新学期も、気を引き締めていきましょう」
シュトゥルム先生の号令と共に、張り詰めていた教室の空気がふっと緩んだ。
―――
ホームルームが終わると、教室は堰を切ったように賑やかさを取り戻した。
「創世祭かぁ! すごいね、キオ!」
真っ先に駆け寄ってきたのは、目をキラキラと輝かせたカリナだった。
「三大一族の代表だなんて、かっこいい!」
「い、いや、そんな......」
キオは困ったように頬を掻く。
「でも、すごいプレッシャーじゃない? 国を挙げての儀式だし......」
ルイが心配そうに眉を寄せる。
「ルイの言う通りだ。キオ、悩むことがあったら僕に言ってくれ、相談にのるから」
オーウェンが穏やかに、しかし真剣な眼差しでキオを見た。
「僕も同じ立場だからわかる。周囲からの期待と重圧は、想像以上に大きいものだ」
「うん......ありがとう、オーウェン」
同じ立場にいるオーウェンの言葉だからこそ、ずしりと重みがある。
「でも、キオ君なら大丈夫だよ」
セドリックが、控えめながらも芯のある声で言った。
「だって、僕たちがついてるから」
その言葉に、キオの胸がじんわりと温かくなる。
「セドリック......」
「そうよ! 私たち、いつだってキオの味方だからね!」
カリナが胸を張って宣言すると、ルイもオーウェンも深く頷いた。
「ありがとう、みんな......」
友人たちの温かさに包まれ、キオの口元に自然と笑みがこぼれた。
『相変わらずの良い仲間たちだな』
シュバルツの声が、心の中で優しく響く。
『うん......本当に』
創世祭という大きな舞台が待ち受けている。
けれど、この仲間たちがいれば、きっとどんなことでも乗り越えられる。
そう信じて、キオは新学期最初の授業へと向かうのだった。
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