第4話「友情への第1歩(2)」
一方、教室の隅では――
セドリックが困り果てた表情で、自分の鉢を見つめていた。何度やっても、芽が出ない。額に汗が浮かぶ。
「うう……」
焦れば焦るほど、上手くいかない。周りの生徒たちが次々と成功していく中、自分だけが取り残されているような気がした。
そんなセドリックを見て、後方の席に座る令嬢の一人、アデライン・ゲルプ・ロケットが小さく鼻を鳴らした。彼女の薄い黄色い髪は、ゲルプ一族の中では魔力が弱い証とされ、彼女は常に劣等感を抱えていた。
アデライン自身、自分の鉢の双葉がかろうじて顔を出している程度で、キオや高位貴族のような見事な成果とは程遠い。その苛立ちを、自分より立場の弱い者に向けることで、かろうじてプライドを保っていた。
「クスクス……見てごらんなさい、まだ芽も出せないのよ」
アデラインは、わざと聞こえるように友人たちに囁く。
「やっぱり平民は魔力が弱いのね」
「あんな子がこの学校にいるなんて……」
その声は小さかったが、確実にセドリックの耳に届いていた。
セドリックは俯いた。
『やっぱり僕には無理なのかな……』
『皆の足を引っ張ってる……』
心が沈んでいく。もう一度だけ、と思って魔力を込めようとするが、手が震えて上手くいかない。
その時だった。
「セドリック」
優しい声が、すぐ近くから聞こえてきた。
顔を上げると、そこにはキオが立っていた。夜空色の髪が窓からの光を受けて、深く輝いている。
「キ、キオ様……!」
セドリックは慌てて立ち上がろうとしたが、キオが手を振って制した。
「もし、困っているのなら手伝おうか?」
その優しい言葉に、セドリックは目を見開いた。
「で、でも……僕なんかに時間を使わせるわけには……」
セドリックは顔を俯かせうなだれてしまう
「何を言ってるんだ」
するとキオとは別の声が降り注いだので顔を上げるとオーウェンがキオの隣に立って、こちらを見ていた。
「セドリック、遠慮しなくていい。僕たちは同じクラスメイトじゃないか」
オーウェンもキオの行動を見て、自然に加わってくれたのだ。
二人の優しさに、セドリックの目に涙が浮かびそうになった。
周囲の視線が、三人に集まる。
キオは鉢を覗き込むと、穏やかな口調で説明を始めた。
「魔力の強さじゃないんだ」
「え……?」
「植物は生き物だから、無理に力を込めても怖がってしまう。まず、深呼吸して。それから、種に優しく話しかけてみて」
キオが優しく微笑む。
「『一緒に育とうね』って」
オーウェンも補足する。
「魔力を少しずつ、優しく流すんだ。急がなくていい。セドリックのペースでいいから」
二人の言葉に、セドリックは深く頷いた。
まず、深呼吸する。ゆっくりと息を吸い込み、吐き出す。心が少しずつ落ち着いていく。
それから、種に語りかけた。
「一緒に……育とう」
魔力を、ゆっくりと流し込む。焦らない。急がない。優しく、優しく。
すると――――
土の表面が少し盛り上がり、小さな、でも確かな緑色の芽が顔を出した。
「で、できた……!」
セドリックの顔が、喜びで輝いた。
「やったじゃない、セドリック!」
その様子を見ていたカリナが駆け寄ってきて、彼の肩を叩いた。
「良かった……」
ルイも安堵の笑顔を浮かべている。
「素晴らしい」
キルク先生が、満足そうに頷いた。
「これこそが植物魔法の本質です。思いやる心が大切なのです。皆さん、よく覚えておいてください」
アデライン・ゲルプ・ロケットは、黙り込んでいた。キオやオーウェンが、自分が見下していた平民に優しく教え、そしてセドリックが本当に芽を出してしまった。
『私、何してるんだろう……』
自分のひ弱な双葉と、セドリックを馬鹿にした惨めな心が重なり、彼女は唇を噛み締めた。
一部の貴族たちは、感心したようにキオを見つめている。
「ネビウス様、お優しいのね……」
「リンドール様も......素敵だわ」
小さな囁き声が、教室に広がっていった。
授業が終わり、解散の号令がかかった。生徒たちがそれぞれ次の教室や休憩のために動き出す。
セドリックは、まだ自分の鉢の小さな双葉を見て、安堵のため息をついていた。
「セドリック! ほら、行こうよ!」
カリナとルイがセドリックのもとへとやってくる。
「あ、カリナ、ルイ。ありがとう、二人とも」
三人が一緒に教室を出ようとした、その時だった。
「……ちょっと」
声をかけたのは、アデラインだった。
セドリックは、びくりと肩を揺らして振り返る。アデラインは気まずそうに視線を泳がせながら、セドリックの前に立った。
「……ごめん」
「え?」
セドリックが聞き返すと、アデラインは顔を赤くして、もう一度ボソッと言った。
「さっきは……意地悪言って、ごめん」
そう言うと、彼女は自分の鉢を抱えて、逃げるように教室を出て行った。
「……」
セドリックは、あっけに取られて立ち尽くしていた。
「な、何だったんだろ……」
「さあ? まあ、謝ったんだから、いいんじゃない」
カリナがけろりと言う横で、ルイは小さく微笑んでいた。
キオはその様子を少し離れた場所から見ていた。
小さくても、確かな変化。キオは嬉しくなりながら、一人で考える時間が欲しくて中庭へ向かった。
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