第37話「新学期と創世祭の知らせ」
冬の名残を惜しむような冷たい風が、馬車の窓を小刻みに叩いている。
車窓を流れる景色の中に、見慣れた学園の門を見つけ、キオはほうっと小さく息を吐いた。窓ガラスに広がった白い曇りが、すぐにスゥッと消えていく。
『新学期か......』
冬休みが終わり、今日からまた学園生活が始まる。
ネビウス邸で過ごした日々が、すでに遠い夢の出来事のように思えた。ルイやベアトリスと雪にまみれて遊んだこと、双子たちと囲んだ賑やかな食卓、そしてシュバルツと語り明かした静かな夜。
そのどれもが、じんわりとした温かさを持って胸の奥に刻まれている。
「寂しいか?」
向いに座っているシュバルツが静かな声で尋ねる。
「ちょっとだけね。でも、みんなに会えるのは楽しみだよ」
キオは偽らざる本音を返した。
馬車が正門の前でゆっくりと停車する。御者が扉を開けた瞬間、凍てつくような冬の空気が車内へとなだれ込んできた。
「ありがとうございます」
御者に礼を言い、キオは石畳へと降り立つ。
背後では、シュバルツも悠然と地面に降り立った。竜人の姿をとった彼は、冬の冷気などどこ吹く風といった様子で、鋭い視線を周囲に巡らせている。
正門前は、久しぶりの再会を楽しむ生徒たちで溢れかえっていた。
大きなトランクを重そうに引く者、大声で笑い合う者、家族との別れを惜しむ者。それぞれの冬休みを終えた生徒たちが発する熱気が、新学期の始まりを告げている。
「キオーッ!」
その喧騒を切り裂くように、明るく弾んだ声が響いた。
振り返ると、カリナが両手を大きく振りながら駆けてくるのが見えた。その周囲では、小人の妖精たち――メラメラちゃん、フワフワくん、アクアくんが、楽しげに舞うようについてきている。
「カリナ!」
キオも自然と笑顔になり、手を振り返す。
「久しぶり! 元気だった?」
カリナは目の前まで来ると、息を弾ませながら太陽のような笑顔を向けた。
「元気元気! お城での年越し、すっごく楽しかったよ!」
「よかったね。オーウェンと一緒なら賑やかだったでしょ」
「うん! 毎日がお祭りみたいだった! でもキオのところも楽しそうだったよね! ルイとベアトリスさんが遊びに行ったんでしょ?」
「うん。雪遊びしたり、みんなでご飯食べたり......楽しかったよ」
「いいなー! あとでルイから詳しく聞かなきゃ!」
くるくると表情を変えながら話すカリナを見ていると、キオの心も解きほぐされていくようだった。
「スバルも元気だった?」
カリナが屈託なく声をかけると、シュバルツは軽く顎を引いて応じる。
「ああ。お前も息災だったようだな」
「うん! メラメラちゃんたちも、お城の中を飛び回って元気いっぱいだったよ!」
その時、穏やかな声が二人の会話に重なった。
「やあ、キオ。カリナ」
オーウェンだ。
王族らしい気品を纏いながらも、その瞳には友人に向ける柔らかな色が浮かんでいる。傍らには、グリフォンの精霊ソラリスが静かに寄り添っていた。人が乗れるほどの巨躯と荘厳な佇まいに、周囲の視線が自然と集まっている。
「オーウェン! おはよう!」
カリナの太陽のような笑顔にオーウェンも表情を柔らかくする。
「おはよう。二人とも変わりなさそうで何よりだ」
「オーウェンも元気そうだね」
キオが微笑みかけると、オーウェンも穏やかに頷き返した。
「ああ。この冬休みはカリナのおかげで、城がいつになく賑やかでね。なかなか楽しかったよ」
「ちょっと! 賑やかだけってどういうこと? 私、そんなに騒がしくないでしょ!」
「いや、十分に賑やかだったと思うが」
「もう、ひどーい!」
漫才のような二人のやり取りに、キオは思わず吹き出してしまった。
そこへ、少し遅れてセドリックが息を切らしながら合流する。
「み、みんな! おはよう!」
走るたびに茶色い髪を揺らすセドリックの肩には、フェネックの精霊コロネがちょこんと座り、愛らしく耳を動かしている。
「セドリック! 久しぶり!」
「うん! 久しぶり!」
カリナの明るい声に、セドリックはほっとしたように笑うと、みんなの輪に加わった。
「冬休み、どうだった?」
キオが尋ねると、セドリックの顔がぱっと輝いた。
「エルヴィン君と観に行った舞台が、すっごく良かったよ! 最後に役者さんが客席に花を投げてくれて......僕、それを受け取れたんだ!」
「えー! すごい! ラッキーだね!」
カリナが目を丸くすると、セドリックは照れくさそうに頬を染めた。
「うん......。大事に押し花にして、本に挟んであるんだ」
「セドリックらしいな」
オーウェンの言葉に、セドリックは嬉しそうにはにかんだ。
四人が揃ったところで、最後の一人を探して視線を巡らせる。
「ルイは?」
キオが呟くと、すぐにカリナが正門の方を指差した。
「あ、来た来た!」
門の向こうから、灰色の髪をなびかせてルイが小走りにやってくる。肩には火の精霊フレアと水の精霊トロプが、仲良く並んで揺れていた。
「みんな、おはよう! 遅れてごめんね!」
「おはよう、ルイ!」
五人が揃うと、そこだけ冬の寒さを忘れるような温かい空気が生まれた。
「「「「「久しぶり!」」」」」
口々に挨拶を交わし、堰を切ったようにそれぞれの冬休みの報告が始まる。
「お城のご飯、本当に美味しかったんだよ!」
「舞台の衣装もすごく綺麗で......歌も素敵だったんだ!」
「うちのお店、年末は大忙しでさ......でも楽しかった!」
話は尽きない。けれど、無情にも予鈴の鐘が遠くから響き、五人は名残惜しそうに言葉を止めた。
「そろそろ教室に行かないとね」
オーウェンの言葉に、皆が頷く。
「続きはお昼に話そう!」
カリナの声に背中を押され、五人は連れ立って校舎へと歩き出した。
精霊たちもそれぞれの主の傍らで楽しそうに追従し、シュバルツは少し離れた位置から、その賑やかな背中を静かに見守っていた。
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