第36話「温かな約束、冷たい祈り(3)」
――同時刻。
王都の一角に静かに佇む、ジルヴァ一族の神殿。
外界の喧騒を遮断したその奥深く、冷ややかな空気が満ちる祈祷室で、セレネ・ジルヴァ・マジェスタは一人、静かに祈りを捧げていた。
祭壇の天窓からは冬の鋭い光が差し込み、彼女の白銀の髪を神秘的に輝かせている。
「神竜様......どうか、キオ様をお守りください」
冬休みに入り、学園でキオの姿を見ることができない日々。
それは、彼を心の支えとする彼女にとって、色が失われたような、長く耐え難い試練の時間だった。
コン、コン、と控えめなノックの音が、祈りの静寂を破る。
「セレネ様、ルドルフ様がお見えです」
「......お通しして」
重厚な扉が開き、ルドルフ・ジルヴァ・ハイリヒが入室した。
彼は恭しく一礼する。
「セレネ様、お祈りの最中に失礼いたします」
「いいえ、ルドルフ様。お待ちしておりました」
セレネはゆっくりと振り返り、憂いを帯びた瞳を向けた。ルドルフは表情を引き締め、口を開く。
「キオ様は、予定通りネビウス邸でお過ごしのようです」
「そうですか......」
「しかし......少々気になる報告がございます。ルイという平民の娘と、リーデル家の令嬢が、ネビウス邸を訪問されたとのこと」
その言葉に、セレネの眉がぴくりと微かに動く。
「リーデル家......ベアトリス様ですね。ルイさんというのは......ええ、遠目ですが、学園でキオ様と親しくされているのをお見かけしたことがございます」
セレネは悲しげに目を伏せた。
胸の奥に、さざ波のような痛みが走る。
「あの方が、ご招待されたのですね」
「はい。キオ様ご自身によるお招きだそうです」
「キオ様は......本当にお優しい方ですわね。身分を分け隔てなく、誰にでも......」
セレネの声は震えていた。その言葉には、彼の慈悲深さを称える響きと、自分ではない誰かがその優しさを享受していることへの、複雑な感情が入り混じっていた。
「だからこそ」
ルドルフが、強い口調で言葉を引き継いだ。
「私たちが、お導きしなければならないのです」
彼は熱のこもった瞳で虚空を見つめる。
「創世祭の準備は順調です。冬休み明けからは、三大一族が揃う歴史的な儀式に向け、本格的な練習も始まります。これは私たちにとって好機です。キオ様に、あるべき正しい秩序をお示しする機会なのです」
「ルドルフ様」
熱弁を振るう彼を、セレネが穏やかに、しかし凛とした声で遮った。
「私たちは、導くのではありません。お支えするのです」
「............そうでしたね」
その言葉に、ルドルフはひと呼吸置いたあとに、同意の言葉を口にする。
彼は恭順の意を示すように頷いたが、その瞳の奥には、未だ納得しきれない色が燻っていた。
同じジルヴァ一族であり、同じ神竜を、そして同じ「キオ」という存在を信仰する者同士。
しかし、その想いの形は、二人の間で異なっていた。
セレネの想いは、恋心にも似た、純粋で盲目的な憧れ。
ルドルフの想いは、自身の理想と宗教的使命感に基づく、狂信的な崇拝。
どちらも「キオのため」を思っていることに変わりはない。
だが、彼らの信じるその「正しさ」は――キオ自身が望む平穏とは、あまりにも遠くかけ離れていた。
「新学期が、楽しみですわ」
セレネは、聖女のような微笑みを浮かべた。
「創世祭の成功を、お祈りしましょう。全てはキオ様と世界のために」
二人は再び目を閉じ、静寂の中で祈りを捧げた。
その重すぎる祈りが、果たしてキオの幸福に繋がるものなのか。
祭壇に祀られた神竜は、何も答えない。
やがて冬が去り、春が来れば、創世祭の幕が上がる。
それは華やかな祝祭であると同時に――キオたちを巻き込む、新たな波乱の始まりでもあった。
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