第35話「雪羽うさぎと白銀世界の決闘(3)」
目が覚めると、見慣れた自室の天井があった。
暖炉の火がパチパチと燃え、部屋を温かく照らしている。体中が鉛のように重く、指一本動かすのも億劫だ。
「......ん」
ぼんやりと瞼を開けると、視界いっぱいに黒い影が映った。
シュバルツだ。
ベッドの脇に座り、無言でキオの顔を覗き込んでいる。
その表情は――不機嫌オーラ全開だった。
「シュバル――むにっ」
名前を呼ぼうとした瞬間、シュバルツの両手が伸びてきて、キオの頬を挟み込んだ。
そのまま、ムニムニと遠慮なく揉みくちゃにされる。
「いひゃい、いひゃいよシュバルひゅ......」
「痛くないはずだ。お前の頬は柔らかいからな」
淡々と言いながらも、手は止まらない。
この相棒は、心配と怒りをスキンシップで表現する癖がある。
「ごへんなひゃい......」
「分かればいい」
ようやく手を離すと、シュバルツは深く長い息を吐いた。
「......無茶をするな、キオ。あの魔法は俺の補助があって初めて成功したものだ。一人で使えば、今回のように魔力枯渇で倒れることになる」
「......ごめん」
キオはしょぼんと眉を下げた。
「でも、あのままだと、うさぎたちが......」
「分かっている」
シュバルツの大きな手が、今度は優しくキオの髪を撫でた。
「お前の判断は間違っていなかった。だが......俺は、お前が傷つくのを見たくないんだ」
不器用な優しさに、キオの胸がじんわりと温かくなる。
「......ありがとう、シュバルツ」
コンコン、と控えめなノック音がして、ノックスとセクが入ってきた。
「お、目が覚めたか」
ノックスが心底ホッとした顔で笑う。
「寿命が縮んだぞ、キオ。本当に無事でよかった」
「ごめんなさい、ノックス兄さん、セク兄さん......」
「無茶をするなとは言わない」
セクがベッドの縁に手を置き、真剣な眼差しを向けた。
「だが、自分の限界は知っておくべきだ。今回は大事に至らなかったが......次はどうなるか分からない」
「はい......」
神妙に頷くと、セクの表情がふっと緩んだ。
「だが、身を挺してうさぎを守った判断は見事だった。よくやったな、キオ」
褒められて、キオは少し照れくさそうにはにかんだ。
その時――。
扉が再び開き、重苦しい空気を纏ったガロンが入ってきた。
いつもの威勢の良さはどこへやら、その顔には深い後悔の色が刻まれている。
「......キオ」
ガロンはベッドの傍まで来ると、深々と頭を下げた。
「すまなかった」
その声は、絞り出すような響きだった。
「熱くなりすぎて、周りが見えていなかった。あそこに雪羽うさぎがいたことにも気づかなかった」
頭を下げたまま、ガロンは拳を握りしめる。
「騎士を目指す者として、あるまじき失態だ。......自分の気持ちを押し付けて、お前に無理をさせた」
その言葉を聞いて、キオは静かに首を横に振った。
「......うさぎが無事で、よかったよ」
キオは柔らかく微笑む。
「それに、ガロンの言いたいことも分かるから。『守るためには強くならなきゃいけない』って、教えてくれたんでしょ?」
「......っ」
ガロンがバッと顔を上げた。
キオの紫の瞳には、責めるような色は一切ない。あるのは、穏やかな理解と優しさだけだ。
「お前は......」
ガロンは言葉を詰まらせた。
自分はずっと、こいつのことを「弱い」「甘えている」と思っていた。
だが――。
弱者を守るために、迷わず自分を犠牲にしたこと。
力でねじ伏せるのではなく、受け止めて守ったこと。
それは、自分にはない、キオの中の『何か』。
「......俺は、お前のやり方が全て正しいとは認めない」
ガロンは視線を逸らし、それでも意地を張るように言った。
「だが......お前には、俺にはない『何か』がある。それだけは、認めてやる」
それが、今のガロンにとって精一杯の譲歩なのだろう。
「ありがとう、ガロン」
キオが微笑むと、ガロンはバツが悪そうにそっぽを向いた。
「......ふん。礼を言われることじゃない」
肩のサラマンダーが、「シュウ」と小さく鳴いた。主人の心の雪解けを嬉しがっているようだ。
ノックスがにやりと笑って、ガロンの背中をバシッと叩いた。
「素直じゃないねえ、お前は」
「痛っ、叩くなノックス兄様!」
ガロンが顔を赤くして抗議する。
その様子に、部屋にいた全員から笑みがこぼれた。
窓の外では、雪がちらちらと静かに舞い始めていた。
完全な和解ではない。
ガロンの価値観が、たった一日で変わるわけではないだろう。
でも――確かに、何かが変わった。
お互いの『何か』を少しだけ理解し、認め合う。
その小さな一歩が、今日、踏み出されたのだ。
キオは窓の外を見つめながら、静かに思う。
『これでいい』
友と支え合い、守り合う。時にぶつかり合いながら、理解を深めていく。
それが、自分の選んだ道だ。
『ああ。お前らしい道だ』
シュバルツの声が、心の中で穏やかに響いた。
冬の日は、ゆっくりと暮れていく。
新しい絆の形が、雪解けのように、確かにそこに芽吹いていた。
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