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夜空色の青春  作者: 上永しめじ
第3章 「紅・銀の波乱と創生の祭典」
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第35話「雪羽うさぎと白銀世界の決闘(2)」




 一方、ノックスは手慣れた様子で雪を積み上げ、シルクハットとマフラーを装備した「紳士スノーマン」を完成させていた。


「すごい! ノックス兄様、上手すぎ!」


「はは、昔よく作ったからね」


 キオも雪玉を作りながら、その温かな光景に目を細めた。


 隣に立ったシュバルツが、白い息を吐きながら呟く。


「良い時間だな」


「うん......本当に」


 冬の陽射しが雪原を照らし、みんなの笑顔が輝いている。


 この穏やかな時間が、ずっと続けばいいのに――。


 そう思った時だった。


 キオはふと視線を感じて顔を上げた。


 少し離れた場所に、ガロンが立っている。


 腕を組み、こちらを見つめている――いや、睨んでいる、というべきか。その深紅の瞳には、押し殺した苛立ちと、どこか迷うような色が入り混じっていた。


 ガロンは何度か口を開きかけては、また閉じる。サラマンダーが主人の不安定な感情を感じ取り、その肩の上で落ち着きなく身じろぎした。


『......睨まれてるな』


 キオは小さく心の中で呟いた。


 昨晩の議論が、まだガロンの中で燻っているのは明らかだった。ノックス兄さんに仲裁されて、あの場は収まったけれど――ガロン自身は、何も納得していないのだろう。



 シュバルツがキオの視線の先を追い、ガロンを見据えた。


『あいつ、まだ納得していないようだな』


『うん......。でも、仕方ないよ。ガロンにはガロンの正義があるから』


 キオがそう心話で返した、その時だった。



 ガロンが意を決したように一歩を踏み出した。



 その表情には、もう迷いはなかった。代わりに、鋼のような決意が宿っている。


「キオ」


 低い声が、雪原に落ちる。



「......なに?」


 キオが身構えると、ガロンは一瞬だけ唇を引き結び――そして、言い放った。



「雪玉勝負だ。俺とお前、一対一でな」


 その言葉に、キオは目を瞬いた。


「雪玉......勝負?」


「ああ。遊びの一環だ。......文句はないだろう」


 言葉は「遊び」だが、ガロンの目は笑っていない。


 昨晩から燻っていた想い――キオの「甘さ」に対する焦燥を、ここで決着をつけたいのだ。言葉では通じなかった。だから、行動で示そうとしている。


 キオも、それを感じ取った。


 ここで断れば、ガロンはずっと納得できないままだろう。そしてきっと、これからも何度でも同じことを繰り返す。


『僕も、ガロンにちゃんと見せたい。自分のやり方で』


 キオは小さく息を吸い込んだ。


「......分かった。やろう」


 キオの返事に、ガロンの表情がわずかに引き締まった。


「魔法の使用もありだ。本気で来い」


 その物騒な条件に、ノックスが動きを止めた。


「おいおいガロン、流石にそれは――」


「大丈夫だよ、ノックス兄さん」


 キオは制止するように片手を上げた。



「僕も、ガロンとは一度ちゃんと向き合いたかったから」


 ノックスは眉を寄せたが、やがて短く息を吐いた。


「......分かった。怪我だけはするなよ。スバル殿、二人を見守ってやってくれないか」


「ああ」


 シュバルツが頷き、審判のように一歩下がる。


 ルイたちも雪だるま作りの手を止め、心配そうに二人を見守っていた。


           


 池から少し離れた開けた雪原。


 十数メートルの距離を挟み、キオとガロンが対峙する。


 肌を刺す風が、二人の間を吹き抜けた。


「始めるぞ」


 ガロンの宣言と同時だった。


 彼の手元で雪が渦を巻き、瞬く間に拳大の雪玉が三つ形成される。


「っ!」


 鋭い投擲。手加減はない。騎士学校で鍛え上げた剛速球が、唸りを上げてキオへ迫る。


 キオは咄嗟に手を翳した。薄い光の膜――『障壁』が展開され、雪玉を弾き飛ばす。


「防いでばかりか!」


 ガロンが声を張り上げ、次々と雪玉を生成しては投げつけてくる。


 速い。そして正確だ。


 キオは障壁を維持しつつ、隙を見て雪玉を投げ返すが、ガロンは最小限の動きで躱し、カウンター気味に鋭い一撃を叩き込んでくる。


「まだまだ! そんな柔な攻撃で何が守れる!」


 ガロンの攻撃は次第に熱を帯びていく。


 彼にとって、キオの戦い方は危うく見えるのだ。傷つくことを恐れず、誰かに守られることを良しとするような態度が、歯痒くて仕方がない。


「自分の足で立て、キオ! 力なき優しさは、誰も救えないんだぞ!」


「......っ」


 キオは唇を噛んだ。


「僕は、守られるだけじゃない――」


「なら行動で示せ!」


 さらに激しい連撃。キオの障壁が悲鳴を上げて軋む。


 少し離れた場所で、ノックスが静かに言った。


「真面目すぎるんだよ、ガロンは」


「......ああ」


 シュバルツも同意するように頷く。


「自分の正義を信じているからこそ、キオのやり方が許せないんだろう。剛のガロンと、柔のキオ......水と油だ」


「混ざり合えば最強なんだがな」


 ノックスが肩をすくめた、その時だった。




 ガロンの集中が極限に達した。


「......これで、分からせてやる」



 彼の両手に、これまでとは桁違いの魔力が収束する。



 雪が荒々しく渦を巻き、圧縮され、十を超える雪玉が宙に浮かび上がった。それらは淡い赤色の光を帯び、ブォンと低い音を立てている。


「ガロン、やりすぎだ!」


 ノックスが叫んだ時には、もう遅かった。


「そこを退けなければ、守る資格などない!」


 ガロンが腕を振り下ろす。




 十数個の雪玉が一斉に射出された。扇状に広がる弾幕は、キオの左右も退路も完全に塞いでいる。



 キオに現実を知らしめるための一撃。だが、その一点に集中しすぎていた。


「キオ!」


 シュバルツが叫ぶ。


 キオは反射的に障壁を張ろうとして――


 ――その瞬間、気づいてしまった。


 視界の端。自分の斜め後ろの茂み。


 そこに、小さな白い影がある。


 雪羽うさぎの親子だ。母うさぎと数匹の子うさぎが、怯えるように身を寄せ合っている。


 障壁で弾いたら――跳弾があの子たちに当たる。


 世界がスローモーションになった。


 キオは障壁の構成を破棄し、別の魔法式を組み上げる。


『キオ、待て――!』




 キオの両手が宙を掴むように広げられた。


 目前の空間が、陽炎のようにぐにゃりと歪む。


 期末試験で見せた技。


 『空間の歪曲』。



 ねじれた空間が、飛来する雪玉を次々と飲み込んでいく。弾くのではない。別の次元へと座標ごと転移させるのだ。


 爆発も、余波も、跳弾もない。


 全ての雪玉が、音もなく「無」へと消えた。



「......っ!」



 全ての雪玉を処理した瞬間、糸が切れたようにキオの力が抜けた。


 膝が折れ、雪の上へ崩れ落ちる。


「キオ!」


 神速で駆け寄ったシュバルツが、倒れる寸前の体を抱き止めた。


「キオ! しっかりしろ!」


 意識が遠のく中、キオは掠れた声で呟く。


「......う、さぎ......」


「......あ?」


「......無事......?」


 その言葉に、シュバルツはハッとして顔を上げた。


 キオが倒れた場所のすぐ後ろ、茂みの中で、雪羽うさぎの親子が無傷のまま身を寄せ合っていた。


「......そういう、ことか」


 シュバルツが低く呻く。


 雪羽うさぎたちを見て、なぜキオが高負荷を承知で「空間に取り込む」魔法を選んだのか、シュバルツは理解した。




「キオ君!」


 ルイたちが雪を蹴立てて駆け寄ってくる。


「大丈夫!? キオ君!」


「気を失っているだけだ。命に別状はない」


 シュバルツの声は冷静だったが、その瞳には隠しきれない怒りと心配が滲んでいた。



 そして――ガロンは。


 彼は腕を振り下ろした姿勢のまま、立ち尽くしていた。


 顔から血の気が引き、唇がわなわなと震えている。


 自分が何をしたのか。


 自分の攻撃がどれほど危険だったか。


 そして――キオが何を守ったのか。


 すべてを理解し、愕然としていた。


「俺は......」


 掠れた声が漏れる。


 正義を語り、力を誇示しようとして――結局、周りが見えていなかった。あの茂みに小さな命があることにも気づかなかった。


 騎士を目指す者として、あってはならない失態だ。


 それに何より、自分が「甘い」と断じたキオに――逆に守るべきものを教えられた。


「俺は......なんてことを......」


 ガロンの手が、力なくダラリと垂れ下がった。


           



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