第35話「雪羽うさぎと白銀世界の決闘(2)」
一方、ノックスは手慣れた様子で雪を積み上げ、シルクハットとマフラーを装備した「紳士スノーマン」を完成させていた。
「すごい! ノックス兄様、上手すぎ!」
「はは、昔よく作ったからね」
キオも雪玉を作りながら、その温かな光景に目を細めた。
隣に立ったシュバルツが、白い息を吐きながら呟く。
「良い時間だな」
「うん......本当に」
冬の陽射しが雪原を照らし、みんなの笑顔が輝いている。
この穏やかな時間が、ずっと続けばいいのに――。
そう思った時だった。
キオはふと視線を感じて顔を上げた。
少し離れた場所に、ガロンが立っている。
腕を組み、こちらを見つめている――いや、睨んでいる、というべきか。その深紅の瞳には、押し殺した苛立ちと、どこか迷うような色が入り混じっていた。
ガロンは何度か口を開きかけては、また閉じる。サラマンダーが主人の不安定な感情を感じ取り、その肩の上で落ち着きなく身じろぎした。
『......睨まれてるな』
キオは小さく心の中で呟いた。
昨晩の議論が、まだガロンの中で燻っているのは明らかだった。ノックス兄さんに仲裁されて、あの場は収まったけれど――ガロン自身は、何も納得していないのだろう。
シュバルツがキオの視線の先を追い、ガロンを見据えた。
『あいつ、まだ納得していないようだな』
『うん......。でも、仕方ないよ。ガロンにはガロンの正義があるから』
キオがそう心話で返した、その時だった。
ガロンが意を決したように一歩を踏み出した。
その表情には、もう迷いはなかった。代わりに、鋼のような決意が宿っている。
「キオ」
低い声が、雪原に落ちる。
「......なに?」
キオが身構えると、ガロンは一瞬だけ唇を引き結び――そして、言い放った。
「雪玉勝負だ。俺とお前、一対一でな」
その言葉に、キオは目を瞬いた。
「雪玉......勝負?」
「ああ。遊びの一環だ。......文句はないだろう」
言葉は「遊び」だが、ガロンの目は笑っていない。
昨晩から燻っていた想い――キオの「甘さ」に対する焦燥を、ここで決着をつけたいのだ。言葉では通じなかった。だから、行動で示そうとしている。
キオも、それを感じ取った。
ここで断れば、ガロンはずっと納得できないままだろう。そしてきっと、これからも何度でも同じことを繰り返す。
『僕も、ガロンにちゃんと見せたい。自分のやり方で』
キオは小さく息を吸い込んだ。
「......分かった。やろう」
キオの返事に、ガロンの表情がわずかに引き締まった。
「魔法の使用もありだ。本気で来い」
その物騒な条件に、ノックスが動きを止めた。
「おいおいガロン、流石にそれは――」
「大丈夫だよ、ノックス兄さん」
キオは制止するように片手を上げた。
「僕も、ガロンとは一度ちゃんと向き合いたかったから」
ノックスは眉を寄せたが、やがて短く息を吐いた。
「......分かった。怪我だけはするなよ。スバル殿、二人を見守ってやってくれないか」
「ああ」
シュバルツが頷き、審判のように一歩下がる。
ルイたちも雪だるま作りの手を止め、心配そうに二人を見守っていた。
池から少し離れた開けた雪原。
十数メートルの距離を挟み、キオとガロンが対峙する。
肌を刺す風が、二人の間を吹き抜けた。
「始めるぞ」
ガロンの宣言と同時だった。
彼の手元で雪が渦を巻き、瞬く間に拳大の雪玉が三つ形成される。
「っ!」
鋭い投擲。手加減はない。騎士学校で鍛え上げた剛速球が、唸りを上げてキオへ迫る。
キオは咄嗟に手を翳した。薄い光の膜――『障壁』が展開され、雪玉を弾き飛ばす。
「防いでばかりか!」
ガロンが声を張り上げ、次々と雪玉を生成しては投げつけてくる。
速い。そして正確だ。
キオは障壁を維持しつつ、隙を見て雪玉を投げ返すが、ガロンは最小限の動きで躱し、カウンター気味に鋭い一撃を叩き込んでくる。
「まだまだ! そんな柔な攻撃で何が守れる!」
ガロンの攻撃は次第に熱を帯びていく。
彼にとって、キオの戦い方は危うく見えるのだ。傷つくことを恐れず、誰かに守られることを良しとするような態度が、歯痒くて仕方がない。
「自分の足で立て、キオ! 力なき優しさは、誰も救えないんだぞ!」
「......っ」
キオは唇を噛んだ。
「僕は、守られるだけじゃない――」
「なら行動で示せ!」
さらに激しい連撃。キオの障壁が悲鳴を上げて軋む。
少し離れた場所で、ノックスが静かに言った。
「真面目すぎるんだよ、ガロンは」
「......ああ」
シュバルツも同意するように頷く。
「自分の正義を信じているからこそ、キオのやり方が許せないんだろう。剛のガロンと、柔のキオ......水と油だ」
「混ざり合えば最強なんだがな」
ノックスが肩をすくめた、その時だった。
ガロンの集中が極限に達した。
「......これで、分からせてやる」
彼の両手に、これまでとは桁違いの魔力が収束する。
雪が荒々しく渦を巻き、圧縮され、十を超える雪玉が宙に浮かび上がった。それらは淡い赤色の光を帯び、ブォンと低い音を立てている。
「ガロン、やりすぎだ!」
ノックスが叫んだ時には、もう遅かった。
「そこを退けなければ、守る資格などない!」
ガロンが腕を振り下ろす。
十数個の雪玉が一斉に射出された。扇状に広がる弾幕は、キオの左右も退路も完全に塞いでいる。
キオに現実を知らしめるための一撃。だが、その一点に集中しすぎていた。
「キオ!」
シュバルツが叫ぶ。
キオは反射的に障壁を張ろうとして――
――その瞬間、気づいてしまった。
視界の端。自分の斜め後ろの茂み。
そこに、小さな白い影がある。
雪羽うさぎの親子だ。母うさぎと数匹の子うさぎが、怯えるように身を寄せ合っている。
障壁で弾いたら――跳弾があの子たちに当たる。
世界がスローモーションになった。
キオは障壁の構成を破棄し、別の魔法式を組み上げる。
『キオ、待て――!』
キオの両手が宙を掴むように広げられた。
目前の空間が、陽炎のようにぐにゃりと歪む。
期末試験で見せた技。
『空間の歪曲』。
ねじれた空間が、飛来する雪玉を次々と飲み込んでいく。弾くのではない。別の次元へと座標ごと転移させるのだ。
爆発も、余波も、跳弾もない。
全ての雪玉が、音もなく「無」へと消えた。
「......っ!」
全ての雪玉を処理した瞬間、糸が切れたようにキオの力が抜けた。
膝が折れ、雪の上へ崩れ落ちる。
「キオ!」
神速で駆け寄ったシュバルツが、倒れる寸前の体を抱き止めた。
「キオ! しっかりしろ!」
意識が遠のく中、キオは掠れた声で呟く。
「......う、さぎ......」
「......あ?」
「......無事......?」
その言葉に、シュバルツはハッとして顔を上げた。
キオが倒れた場所のすぐ後ろ、茂みの中で、雪羽うさぎの親子が無傷のまま身を寄せ合っていた。
「......そういう、ことか」
シュバルツが低く呻く。
雪羽うさぎたちを見て、なぜキオが高負荷を承知で「空間に取り込む」魔法を選んだのか、シュバルツは理解した。
「キオ君!」
ルイたちが雪を蹴立てて駆け寄ってくる。
「大丈夫!? キオ君!」
「気を失っているだけだ。命に別状はない」
シュバルツの声は冷静だったが、その瞳には隠しきれない怒りと心配が滲んでいた。
そして――ガロンは。
彼は腕を振り下ろした姿勢のまま、立ち尽くしていた。
顔から血の気が引き、唇がわなわなと震えている。
自分が何をしたのか。
自分の攻撃がどれほど危険だったか。
そして――キオが何を守ったのか。
すべてを理解し、愕然としていた。
「俺は......」
掠れた声が漏れる。
正義を語り、力を誇示しようとして――結局、周りが見えていなかった。あの茂みに小さな命があることにも気づかなかった。
騎士を目指す者として、あってはならない失態だ。
それに何より、自分が「甘い」と断じたキオに――逆に守るべきものを教えられた。
「俺は......なんてことを......」
ガロンの手が、力なくダラリと垂れ下がった。
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