第35話「雪羽うさぎと白銀世界の決闘」
朝の光が差し込む食堂には、焼きたてのパンとコーヒーの香りが漂っていた。
長いテーブルには、セク、リーリエ、ノックス、キオ、シュバルツ、ルイ、ベアトリス、そして双子のルーアとネロ。いつものメンバーに加え、ガロンも席についている。
穏やかな談笑が続いているが、ガロンだけが押し黙ってパンを口に運んでいた。昨晩の議論を引きずっているのは明らかだ。時折、キオの方を見ては、どこか歯痒そうに視線を逸らす。
そのピリついた感情を敏感に感じ取っているのか、彼の肩に乗ったサラマンダーも落ち着きなく舌をチロチロと出し入れしていた。
「ねえ、ノックスさん」
その少し硬い空気を払うように、リーリエが明るい声を上げた。
「さっき使用人から聞いたのですけれど、近くの池に『雪羽うさぎ』が現れたそうですのよ」
「えっ、雪羽うさぎ!?」
ルーアが目を輝かせ、ガタッと身を乗り出す。
「それって、白くて耳がふわっふわの精霊獣のこと!?」
「ええ。とっても愛らしいの。この時期にしか見られない貴重な生き物ですわ」
それを聞いたノックスが、口元を緩めた。
「へえ、それはいいな。みんなで見に行かないか? ちょうどいい気分転換になるだろう」
「行く! 絶対行きたい!」
ルーアが嬉しそうにパタパタと足を揺らしていた。隣のネロはすました顔をしているが、耳が少しピクリと動いたのをキオは見逃さなかった。
「キオ、お前たちも行くだろう?」
「うん、もちろん」
キオが頷くと、ルイとベアトリスも顔を見合わせて嬉しそうに微笑んだ。
「私、雪羽うさぎを見たことがないんです。本物が見られるなんて、嬉しいです」
「私もですわ。とても楽しみ」
セクがコーヒーカップを置き、穏やかに告げた。
「私とリーリエは仕事が残っているから留守番だ。ノックス、子供たちを頼んだぞ」
「任せてくれ、兄さん。よし、じゃあ食べ終わったらすぐ出発しよう」
ガロンは少し迷うような素振りを見せたが、拒否することもなく、最後の一切れを口へ運んだ。
―――
池へと続く森の道は、一面の雪化粧だった。
どうやら雪羽うさぎたちの影響で、この辺り一帯に雪が降ったようだ。
木々の枝はずっしりと雪を被り、足を踏み出すたびにキュッキュッと小気味よい音が響く。頬を刺す冬の冷気が、かえって清々しい。
「わぁ......っ!」
視界が開け、池のほとりに出た瞬間、ルーアが歓声を上げた。
そこだけ、きらきらとダイヤモンドダストのように雪が舞い続けている。まるで小さな吹雪の結界に守られた、幻想的な光景だった。
凍った池の周りを、白い綿毛のような生き物たちが跳ね回っている。
雪羽うさぎだ。
雪と同化しそうなほど真っ白な毛並み。最大の特徴である長い耳は、鳥の羽のようにふわふわと広がり、動くたびに優雅に揺れる。
「かわいい......!」
ルイが思わず吐息を漏らす。
雪羽うさぎたちは人を怖がる様子もなく、のんびりと雪上を跳ねていた。その中の一匹がひょこひょこと近づいてきて、ルーアの足元で首を傾げる。
「触っていい......?」
ルーアがおそるおそる手を伸ばすと、うさぎは逃げるどころか、小さな鼻をクンクンと寄せてきた。
「大丈夫だ。雪羽うさぎは人懐っこいからな」
ノックスが見守る中、ルーアがそっと背中を撫でる。うさぎは気持ちよさそうに目を細めた。
「よしよし......あったかい」
「ネロも触ってみたら?」
「......別に。興味ないし」
そう強がりつつも、ネロの視線は遠くで跳ねる子うさぎに釘付けだ。
「さて、せっかくだ。少し遊んでいくか」
ノックスが手袋をはめ直し、穏やかに言った。
「雪だるまでも作ろう」
「やるー!」
ルーアの元気な返事を合図に、静かな雪原がにわかに騒がしくなった。
ルイはベアトリスに雪の丸め方を教えていた。
「こうやって、雪の上を転がしていくと大きくなるんだよ」
膝をついて雪を丸めながら、ルイが実演してみせる。
「まあ......あら、本当。どんどん大きくなりますわね」
ベアトリスは目を丸くして、転がるたびに膨らんでいく雪玉を見つめた。
「私、こうして遊ぶのは初めてですの。ゲルプ一族の本邸は温暖な地域にありましたから、雪自体が珍しくて......」
「そうだったんだ。じゃあ、今日は思いっきり楽しまなきゃね」
ルイが優しく微笑む。その笑顔に、ベアトリスの頬がふわりと緩んだ。
「ルイさんは、小さい頃からこうして遊んでいたの?」
「うん。毎年冬になると、お父さんと一緒に庭で雪だるまを作ったりしてたよ。お父さんが張り切って、私より大きな雪だるまを作ろうとして、途中で崩れちゃったこともあったなぁ」
懐かしそうに目を細めるルイ。その声には、温かな家族の思い出が滲んでいる。
「まあ、素敵。温かいご家庭ですのね」
「うん。......だから私も、いつかそういう家庭を作れたらいいなって」
ルイがぽつりと呟く。その言葉に、ベアトリスは少し驚いたように瞬きをした。
「ルイさん......」
「あっ、ごめんね、変なこと言って。さ、続きを作ろう!」
照れ隠しのように話題を変えたルイが、新しい雪玉を作り始める。ベアトリスは小さく微笑んで、その隣に並んだ。
「いいえ、変なことなんかじゃありませんわ。......私も、そう思いますもの」
二人は顔を見合わせ、くすりと笑い合った。
不格好ながらも愛らしい雪だるまが、少しずつ形になっていく。ベアトリスは初めての雪遊びに夢中になり、手袋が濡れるのも構わず雪を丸め続けた。
「ベアトリスさん、上手になってきたね」
「本当ですか? ふふ、嬉しいですわ」
冬の陽射しが二人を柔らかく照らし、吐く息が白く空へ溶けていった。
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