第34話「告白と兄のぬくもり(3)」
「......そうか」
セクが、ゆっくりと口を開いた。その声は、どこまでも穏やかで、朝凪のように静かだった。
「キオ。お前がそう思うなら、それでいいんだ」
予想外の言葉に、キオは目を見開いた。否定されると思っていたわけではないが、これほど全面的に肯定されるとも思っていなかった。
「セク兄さん......」
「僕はな、お前のことを否定するつもりはない」
セクは遠くの空を見つめながら、静かに言葉を続けた。その視線の先には、過去の光景が映っているのかもしれない。
「友達と支え合うことが甘えだとは、僕は思わない。むしろ——」
ふっと、彼の口元に柔らかな笑みが浮かんだ。
それは、普段見せることのない、心の底からの安堵の笑みだった。
「お前がそうやって、自分の気持ちをはっきり言えるようになったことが、僕は嬉しいよ」
「......え?」
キオは驚いてセクを見る。
「七年前を、覚えているか」
セクの声が、少しだけ低くなった。
「お前が叔父さんの屋敷から飛び出して、リンネル家に見つけてもらって......僕たちのところに戻ってきた、あの時のことを」
キオの胸が、ぎゅっと締め付けられた。
灰色の記憶。孤独と絶望の中にいた、幼い頃の自分。
「あの頃のお前は......何も言わなかった。何があったのかも、何が辛かったのかも。全部、一人で抱え込んでいた」
セクの瞳に、深い感情が揺れている。悔恨、悲しみ、そして愛情。
「僕は——あの時、何もしてやれなかったんだ」
「セク兄さん......」
「家を立て直すことで頭がいっぱいで、お前のことを見てやれなかった。気づいてやれなかった。それは......兄として、当主として、取り返しのつかない失敗だった」
セクの声が、わずかに震えた。
彼もまた、傷ついていたのだ。弟を守れなかったという無力感に、ずっと苛まれてきたのだ。
「だから——」
彼は、キオの方を向いた。朝焼けの光が、セクの顔を優しく照らしている。
「お前が友達を作って、笑って、自分の気持ちをちゃんと口にできるようになった。それが、僕には何より嬉しいんだ」
キオの目から、涙が溢れた。
言葉にならなかった。ただ、熱いものが頬を伝い、冷たい風にさらされていく。
「セク兄さん......っ」
「お前は弱くなんかない」
セクは少し身を乗り出し、そっとキオの頭に手を置いた。
大きくて、温かい手。
ガシガシと、少し乱暴に、けれど限りない愛情を込めて髪を撫でられる。
「独りで立つことだけが強さじゃないだろう。仲間がいて、支え合える。それだって、立派なことだ」
その温かな手のひらの感触に、キオは涙を堪えきれなかった。
ずっと欲しかった言葉。ずっと、認めてほしかった想い。
「お前のやり方で、お前が信じるように生きればいい。僕は——お前の兄だ。何があっても、お前の味方だよ」
「......っ、ありがとう......セク兄さん......!」
涙声で伝えると、頭上の手がポンと優しく叩いた。
「礼はいらない」
セクは優しく微笑んだ。
「話してくれて、ありがとう。......さて、そろそろ朝食の時間だな」
ふと視線を空に向けると、東の地平線から、ついに太陽が顔を出し始めていた。
眩い光の矢が放たれ、庭園の霜を一斉に輝かせる。木々の枝についた氷が、宝石のようにきらきらと光を反射し、世界が一気に色彩を取り戻していく。
新しい一日が始まる。昨日までの迷いを洗い流すような、美しい朝だった。
「降りられるか?」
「うん。大丈夫」
キオは袖で涙を拭い、満面の笑顔を見せた。
木の陰から、シュバルツが静かに姿を現す。彼もまた、朝日に照らされて目を細めていた。
「戻るぞ、キオ」
「うん」
三人は、ゆっくりと木を降り始めた。
セクは相変わらず危なっかしい動きで、何度か滑りそうになりながらも、なんとか地面に降り立った。
着地した拍子によろめく兄を見て、キオは思わず笑ってしまう。
「セク兄さん、次からは動きやすい服で来てね」
「......善処する」
セクは照れくさそうに咳払いした。その姿に、シュバルツも口元を緩めている。
朝の光の中、三人は並んで屋敷へと歩き出した。
長く伸びる三つの影が、霜の降りた地面に寄り添うように並んでいる。
ガロンとの確執は、まだ完全に解決したわけではない。従弟の善意は本物で、だからこそ簡単には折り合えないだろう。これからも、貴族としての在り方を問われる場面はあるはずだ。
けれど——
キオは、自分の信じる道を進む決意を新たにした。
友達と支え合うこと。頼り、頼られること。それは甘えなんかじゃない。
前前世の『私』が願い、前世の『僕』が手に入れられなかったもの。
今度こそ、手放さない。
温かな朝日が、三人の背中を力強く照らしていた。
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