表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/57

第4話「友情への第1歩」


 朝の光が窓ガラスに反射し、教室を優しく照らしている。キラキラと舞う埃が、まるで小さな星屑のようだ。

 キオは今日も、ルイとの距離を縮めたいと願っていた。昨日の図書館での会話は短かったけれど、確かな一歩だったはずだ。


『今日こそ、もっと自然に話せるようになりたい』

 心の中で静かに誓う。すると、いつものように、シュバルツの声が響いた。


『焦るな、キオ。少しずつでいい』


『うん……わかってる』


 教室の後方に目をやると、ルイはいつものようにカリナとセドリックに挟まれて座っていた。三人の間には和やかな空気が流れ、時折響く楽しそうな笑い声が、キオの耳に届く。


『あんなふうに、自然に笑えるんだな』


 友達と他愛のない話で笑い合う。前前世では当たり前だったその日常が、今は少し遠いものに感じられた。


「おはよう、キオ」


 柔らかな声に振り向くと、オーウェンがそこに立っていた。今日も王族としての気品を纏いながらも、その微笑みは親しみに満ちている。


「おはよう、オーウェン」


「今日は植物魔法の実習があるそうだね。楽しみだ」


「うん。僕も楽しみにしてるよ」


「グリューン一族の先生が教えてくださるらしい。きっと興味深い授業になるだろうな」


 オーウェンの言葉に、キオは頷いた。新しい魔法を学べる。それだけで、胸が高鳴る。


 やがて授業の始まりを告げる鐘が鳴り、シュトゥルム先生が静かに入室してきた。


「皆さん、おはようございます。今日は午前中に魔法史、午後は植物魔法の実習があります」


 植物魔法。キオの胸がさらに高鳴った。

 この学校に来てから、様々な魔法を学んでいる。それぞれの魔法には独自の理論があり、それを学ぶたびに新しい世界が開けていくような感覚があった。


 今日はどんな魔法に出会えるのだろう。どんな発見があるのだろう。

 そんな期待で、キオの心は弾んでいた。


 午後の植物魔法の授業。


 教室には、グリューン一族の慈愛に満ちた雰囲気が漂っていた。担当のキルク先生は七十代とは思えぬほど背筋が伸びており、美しい白髪と緑の髪が混じり合って陽光に輝いている。


「皆さん、こんにちは。今日は植物魔法の基礎を学びましょう」


 先生の声は穏やかで、まるで春の風のように心地よい。


「植物魔法の神髄は、植物との『対話』にあります。彼らにもまた意思があり、その声に耳を傾けることで、魔法はより深く、力強いものとなるのです」


 植物との対話。その言葉に、キオは興味を惹かれた。


『植物に意思がある……それは、どういうことなんだろう』


 シュバルツの声が響く。


『お前ならきっと、理解できる』


 生徒たちが真剣な表情で聞き入る中、キオは先生の言葉一つ一つに耳を傾けた。


「それでは、これから四人一組でグループを作り、十五分間、植物魔法について話し合ってみてください」


 その言葉に、キオの心臓が少しだけ速く脈打った。これはチャンスかもしれない。ルイと話せる、絶好の機会だ。

 しかし、隣に座っていたオーウェンが、にこやかにキオの方を向いた。


 「キオ、一緒にやろう」


 「……はい」


 キオは頷いた。オーウェンとのグループも悪くない。彼とも仲良くなりたいと思っているから。

 ただ、少しだけ残念だった。ルイと話す機会は、また別の時になりそうだ。


 すぐに近くの席にいたエルヴィンとマルクも加わり、あっという間に四人のグループが完成した。

 ちらりと後方を見ると、ルイはカリナとセドリック、そしてもう一人の生徒と楽しそうに話し始めていた。


『また機会はある。今は目の前のことに集中しよう』


 シュバルツの声が優しく響く。


『うん』


 気を取り直して、キオはディスカッションに参加し始めた。


「さて、植物魔法についてだが、何か知っていることはあるか?」


 オーウェンが議論の口火を切る。


「植物の成長促進や品種改良などが、最も基本的な用途として知られていますね」


 エルヴィンが教科書通りの答えを口にする。


「ああ。それ故に農産業への貢献は計り知れない。食料生産の安定化に不可欠な魔法だという認識です」


 マルクがエルヴィンの言葉を引き継いだ。


『さすがは貴族の子息たちだ。考えていることが現実的だな』


 キオは少し感心しながら、自分の考えを巡らせた。


「先ほどキルク先生も仰っていましたが……もしかしたら、これは植物との『協力』で成り立つ魔法なのかもしれません。だから、魔法を使うときに植物に問いかける……語りかけることが、一番重要なのではないでしょうか」


 キオの言葉に、三人は少し驚いたように目を丸くした。


「問いかける……ですか?」


「はい。植物にも意識があって、その存在を尊重することで、僕たちの呼びかけに応えてくれる。そうやって、より良い結果が生まれるのではないかと」


 キオの提案に、オーウェンが深く頷いた。


「なるほど……。確かにグリューン一族は、植物を家族のように慈しむことで有名だ。君の言う通り、そういうアプローチもあるのかもしれないな」


 エルヴィンも興味深そうに言った。


「植物の意識というのは考えたことはありませんが、精霊という存在もあります。植物にも意識があってもおかしくはないですね。植物の意識を尊重する……もしかしたら、それは意外と理にかなっていることなのかもしれませんね」


 ディスカッションの時間が終わると、各グループが発表を行った。キオたちのグループでは、オーウェンが代表として立ち上がった。


「僕たちのグループでは、植物魔法の実用性に加え、その精神性についても話し合いました。農業への応用もさることながら、植物の意識を尊重し、対話を通じて協力関係を築くことで、より効果的な魔法が発動できるのではないか、という意見が出ました」


 発表を聞きながら、キオはふとルイの方を見た。彼女はこちらをじっと見つめており、その澄んだ瞳の中に、興味深そうな光が揺れていた。


「それでは、実習に移りましょう」


 キルク先生が優しく微笑む。


「机の上に置かれた小さな鉢をご覧ください。中には種が一粒入っています。この種から植物を芽吹かせてください。双葉が出れば十分です」


 生徒たちが一斉に鉢を手に取り、真剣な表情で種に向き合い始めた。

 教室のあちこちで、様々な色の魔力が輝き始める。黄色、紅色、青色、緑色……それぞれの髪色に応じた魔力が、種に注がれていく。


 オーウェンの手からは、金色の光が柔らかく溢れ出した。その温かな光に包まれた種から、やがて美しい双葉が顔を出す。


 「おお、さすがリンドール殿下」


 周囲から感嘆の声が上がる。

 他の生徒たちも次々と成功していった。エルヴィンの黄色の魔力、マルクの青色の魔力。それぞれが自分なりの方法で、植物を芽吹かせていく。


 後方では、ルイが小さな白っぽい色の光を纏いながら、慎重に種に魔力を与えていた。しばらくして、彼女の鉢からも小さな双葉が顔を出した。他の生徒たちのものより少し小さいけれど、ルイは嬉しそうに微笑んでいる。


 キオも鉢を手に取り、種にそっと意識を向けた。


『一緒に育とうね』


 心の中で優しく語りかけながら、魔力を流し込む。植物の声に耳を傾けるように。


 黒色の魔力が、柔らかく種を包み込んだ。


 すると――――


 土の中から現れたのは、双葉どころか、美しい茎が伸び、蕾がふくらみ、次の瞬間、鮮やかな青紫色の花が満開に咲いた。

 まるで、夜明け前の空を形どった幻想的な美しさ。


 教室が、静まり返る。


「す、すごい……」


「双葉じゃなくて、花が……!」


「シュバルツ一族の魔力は、やはり桁違いね」


 生徒たちのざわめきが、キオの耳に届く。


「素晴らしい……!」


 キルク先生が目を細めて、キオの鉢を覗き込んだ。


「これほど美しい植物魔法は久しぶりに見ました。ネビウス君、あなたは植物の心を本当に理解していますね」


「あ、ありがとうございます」


 キオは慌てて頭を下げた。しかし、心の中では焦っていた。


 『や、やりすぎた……! 目立ちすぎた……』


 シュバルツの声が響く。


『まあ、仕方ない。キオ、気にするな』


『でも、みんなの視線が……』


 周囲の生徒たちの視線が、突き刺さるように感じられる。賞賛の眼差しもあれば、羨望の眼差しもある。そして――――


 教室の後方、貴族の令嬢たちが座る一角から、小さな囁き声が聞こえてきた。


「やっぱりシュバルツ一族は別格ね」


「私たちとは格が違うわ」


 その声には、複雑な感情が混じっていた。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

面白い、続きが気になると思っていただけましたら、

下の☆マークから評価や、ブックマーク(お気に入り登録)をしていただけると、執筆の励みになります!

(お気軽にコメントもいただけたら嬉しいです)

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ