第4話「友情への第1歩」
朝の光が窓ガラスに反射し、教室を優しく照らしている。キラキラと舞う埃が、まるで小さな星屑のようだ。
キオは今日も、ルイとの距離を縮めたいと願っていた。昨日の図書館での会話は短かったけれど、確かな一歩だったはずだ。
『今日こそ、もっと自然に話せるようになりたい』
心の中で静かに誓う。すると、いつものように、シュバルツの声が響いた。
『焦るな、キオ。少しずつでいい』
『うん……わかってる』
教室の後方に目をやると、ルイはいつものようにカリナとセドリックに挟まれて座っていた。三人の間には和やかな空気が流れ、時折響く楽しそうな笑い声が、キオの耳に届く。
『あんなふうに、自然に笑えるんだな』
友達と他愛のない話で笑い合う。前前世では当たり前だったその日常が、今は少し遠いものに感じられた。
「おはよう、キオ」
柔らかな声に振り向くと、オーウェンがそこに立っていた。今日も王族としての気品を纏いながらも、その微笑みは親しみに満ちている。
「おはよう、オーウェン」
「今日は植物魔法の実習があるそうだね。楽しみだ」
「うん。僕も楽しみにしてるよ」
「グリューン一族の先生が教えてくださるらしい。きっと興味深い授業になるだろうな」
オーウェンの言葉に、キオは頷いた。新しい魔法を学べる。それだけで、胸が高鳴る。
やがて授業の始まりを告げる鐘が鳴り、シュトゥルム先生が静かに入室してきた。
「皆さん、おはようございます。今日は午前中に魔法史、午後は植物魔法の実習があります」
植物魔法。キオの胸がさらに高鳴った。
この学校に来てから、様々な魔法を学んでいる。それぞれの魔法には独自の理論があり、それを学ぶたびに新しい世界が開けていくような感覚があった。
今日はどんな魔法に出会えるのだろう。どんな発見があるのだろう。
そんな期待で、キオの心は弾んでいた。
午後の植物魔法の授業。
教室には、グリューン一族の慈愛に満ちた雰囲気が漂っていた。担当のキルク先生は七十代とは思えぬほど背筋が伸びており、美しい白髪と緑の髪が混じり合って陽光に輝いている。
「皆さん、こんにちは。今日は植物魔法の基礎を学びましょう」
先生の声は穏やかで、まるで春の風のように心地よい。
「植物魔法の神髄は、植物との『対話』にあります。彼らにもまた意思があり、その声に耳を傾けることで、魔法はより深く、力強いものとなるのです」
植物との対話。その言葉に、キオは興味を惹かれた。
『植物に意思がある……それは、どういうことなんだろう』
シュバルツの声が響く。
『お前ならきっと、理解できる』
生徒たちが真剣な表情で聞き入る中、キオは先生の言葉一つ一つに耳を傾けた。
「それでは、これから四人一組でグループを作り、十五分間、植物魔法について話し合ってみてください」
その言葉に、キオの心臓が少しだけ速く脈打った。これはチャンスかもしれない。ルイと話せる、絶好の機会だ。
しかし、隣に座っていたオーウェンが、にこやかにキオの方を向いた。
「キオ、一緒にやろう」
「……はい」
キオは頷いた。オーウェンとのグループも悪くない。彼とも仲良くなりたいと思っているから。
ただ、少しだけ残念だった。ルイと話す機会は、また別の時になりそうだ。
すぐに近くの席にいたエルヴィンとマルクも加わり、あっという間に四人のグループが完成した。
ちらりと後方を見ると、ルイはカリナとセドリック、そしてもう一人の生徒と楽しそうに話し始めていた。
『また機会はある。今は目の前のことに集中しよう』
シュバルツの声が優しく響く。
『うん』
気を取り直して、キオはディスカッションに参加し始めた。
「さて、植物魔法についてだが、何か知っていることはあるか?」
オーウェンが議論の口火を切る。
「植物の成長促進や品種改良などが、最も基本的な用途として知られていますね」
エルヴィンが教科書通りの答えを口にする。
「ああ。それ故に農産業への貢献は計り知れない。食料生産の安定化に不可欠な魔法だという認識です」
マルクがエルヴィンの言葉を引き継いだ。
『さすがは貴族の子息たちだ。考えていることが現実的だな』
キオは少し感心しながら、自分の考えを巡らせた。
「先ほどキルク先生も仰っていましたが……もしかしたら、これは植物との『協力』で成り立つ魔法なのかもしれません。だから、魔法を使うときに植物に問いかける……語りかけることが、一番重要なのではないでしょうか」
キオの言葉に、三人は少し驚いたように目を丸くした。
「問いかける……ですか?」
「はい。植物にも意識があって、その存在を尊重することで、僕たちの呼びかけに応えてくれる。そうやって、より良い結果が生まれるのではないかと」
キオの提案に、オーウェンが深く頷いた。
「なるほど……。確かにグリューン一族は、植物を家族のように慈しむことで有名だ。君の言う通り、そういうアプローチもあるのかもしれないな」
エルヴィンも興味深そうに言った。
「植物の意識というのは考えたことはありませんが、精霊という存在もあります。植物にも意識があってもおかしくはないですね。植物の意識を尊重する……もしかしたら、それは意外と理にかなっていることなのかもしれませんね」
ディスカッションの時間が終わると、各グループが発表を行った。キオたちのグループでは、オーウェンが代表として立ち上がった。
「僕たちのグループでは、植物魔法の実用性に加え、その精神性についても話し合いました。農業への応用もさることながら、植物の意識を尊重し、対話を通じて協力関係を築くことで、より効果的な魔法が発動できるのではないか、という意見が出ました」
発表を聞きながら、キオはふとルイの方を見た。彼女はこちらをじっと見つめており、その澄んだ瞳の中に、興味深そうな光が揺れていた。
「それでは、実習に移りましょう」
キルク先生が優しく微笑む。
「机の上に置かれた小さな鉢をご覧ください。中には種が一粒入っています。この種から植物を芽吹かせてください。双葉が出れば十分です」
生徒たちが一斉に鉢を手に取り、真剣な表情で種に向き合い始めた。
教室のあちこちで、様々な色の魔力が輝き始める。黄色、紅色、青色、緑色……それぞれの髪色に応じた魔力が、種に注がれていく。
オーウェンの手からは、金色の光が柔らかく溢れ出した。その温かな光に包まれた種から、やがて美しい双葉が顔を出す。
「おお、さすがリンドール殿下」
周囲から感嘆の声が上がる。
他の生徒たちも次々と成功していった。エルヴィンの黄色の魔力、マルクの青色の魔力。それぞれが自分なりの方法で、植物を芽吹かせていく。
後方では、ルイが小さな白っぽい色の光を纏いながら、慎重に種に魔力を与えていた。しばらくして、彼女の鉢からも小さな双葉が顔を出した。他の生徒たちのものより少し小さいけれど、ルイは嬉しそうに微笑んでいる。
キオも鉢を手に取り、種にそっと意識を向けた。
『一緒に育とうね』
心の中で優しく語りかけながら、魔力を流し込む。植物の声に耳を傾けるように。
黒色の魔力が、柔らかく種を包み込んだ。
すると――――
土の中から現れたのは、双葉どころか、美しい茎が伸び、蕾がふくらみ、次の瞬間、鮮やかな青紫色の花が満開に咲いた。
まるで、夜明け前の空を形どった幻想的な美しさ。
教室が、静まり返る。
「す、すごい……」
「双葉じゃなくて、花が……!」
「シュバルツ一族の魔力は、やはり桁違いね」
生徒たちのざわめきが、キオの耳に届く。
「素晴らしい……!」
キルク先生が目を細めて、キオの鉢を覗き込んだ。
「これほど美しい植物魔法は久しぶりに見ました。ネビウス君、あなたは植物の心を本当に理解していますね」
「あ、ありがとうございます」
キオは慌てて頭を下げた。しかし、心の中では焦っていた。
『や、やりすぎた……! 目立ちすぎた……』
シュバルツの声が響く。
『まあ、仕方ない。キオ、気にするな』
『でも、みんなの視線が……』
周囲の生徒たちの視線が、突き刺さるように感じられる。賞賛の眼差しもあれば、羨望の眼差しもある。そして――――
教室の後方、貴族の令嬢たちが座る一角から、小さな囁き声が聞こえてきた。
「やっぱりシュバルツ一族は別格ね」
「私たちとは格が違うわ」
その声には、複雑な感情が混じっていた。
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