第33話「紅蓮の来訪(3)」
「......助けてもらっている?」
低い声が落ちる。
「落ち込んだ時に、励ましてもらっている?」
「う、うん......?」
キオが戸惑う。
「つまり、お前は友人たちと守られている、と」
ガロンの声に硬質な響きが混じり始めた。
「守られている......というか、支え合っている、というか......」
「キオ」
ガロンが一歩踏み出す。その深紅の瞳には、真剣な光が宿っていた。
「強力な精霊がいるからといって、お前自身が弱いままじゃダメだじゃないか!!」
場の空気が凍りついた。
ガロンの大きな声に、ルーアがびくりと肩を震わせ、キオの袖をぎゅっと握りしめる。ネロも警戒するようにガロンを睨んだ。
「貴族たるもの、人の上に立ち、人を守る存在でなくてはならない。立場が逆だ」
ガロンの声にこもるのは、怒りではない。純粋な焦燥と、騎士としての信念だ。
「平民と友達になったのはいい。それ自体は悪くないだろう」
ガロンがさらに一歩詰め寄る。
「だが、お前は甘えているだけじゃないか。辛い時に支えてもらう? 貴族は平民を守るものだ。守られてどうする」
「ガロン、僕は——」
「甘えるな、キオ!」
キオの反論を遮り、ガロンが声を張り上げた。
「精霊との絆は大事だ。だが、精霊の力に胡座をかくな。お前自身が強くあるべきだ。心が弱いことは、魔力が弱いことより恥ずかしいぞ!」
主人の昂りに呼応し、サラマンダーがシャアッと音を立てて炎を噴き上げる。
「ガロン」
キオは深呼吸をして、まっすぐに従兄弟を見つめ返した。
「僕は......友達に支えられて、今があるんだ。それは甘えじゃない」
「それが甘えだと言ってるんだ!」
ガロンは引かない。
「貴族たるもの、自分の足で立てなくてどうする。一人で立てない者が、誰を守れるというんだ!」
「......違うよ、ガロン」
キオは静かに、けれど強く首を横に振った。
「一人で立つことだけが、強さじゃないと思う。支え合うことも、立派な強さなんだ」
「そんなのは弱者の言い訳だ!」
決定的な亀裂が走るような沈黙。
ルイとベアトリスは青ざめていた。自分たちの言葉がきっかけで、キオが責められている。ルイは胸が締め付けられる思いだった。
その時。
「ガロン、その辺にしておけ」
低く、重みのある声が割って入った。
ノックスだ。
彼は静かに二人の間に割って入ると、穏やかな、しかし厳しい視線をガロンに向けた。
「ノックス兄様!」
ガロンがハッとしたように振り返る。憧れの騎士であるノックスの言葉は、彼にとって絶対だ。
「お前が心配する気持ちは分かる」
ノックスが諭すように言う。
「俺も騎士学校出身だ。お前の考え方も理解できる。騎士は強くあるべきだ。それは間違いない」
「でしたら——」
「だが、キオは魔法学校で成長している。俺たちとは違う道でな」
ノックスの言葉に、ガロンが唇を引き結ぶ。
「それに」
ノックスはキオを一瞥し、再びガロンを見据えた。
「仲間に支えられることは、弱さじゃない。むしろ、それを受け入れられるのは強さだ」
「............」
「お前も騎士学校で、仲間と助け合っているだろう? 訓練で倒れそうになった時、手を貸してくれる仲間がいるはずだ。それは甘えか?」
核心を突く問いかけ。
「それは......いや、あれは......戦友、ですし......」
ガロンが言葉を詰まらせる。苦しい訓練を共に乗り越えてきた仲間の顔が、彼の脳裏にも浮かんでいるはずだ。
「キオにとっての彼女たちは、お前にとっての戦友と同じだ。身分が違うからといって、その絆の価値が変わるわけじゃない」
ノックスの声は、どこまでも冷静で、優しかった。
ガロンは悔しそうに拳を握りしめた。尊敬するノックスに言われては、反論の言葉が見つからない。
「......ノックス兄様がそう仰るなら」
ガロンが小さく息を吐き出す。
「でも、俺は......まだ心配です」
捨て台詞のようだったが、そこにはキオを案じる不器用な情があった。善意ゆえの頑固さだ。
「心配してくれる気持ちは、ありがたいと思う」
キオが静かに言った。
「でも、ガロン。僕は今の自分のやり方で頑張りたいんだ。それを......分かってほしい」
ガロンは何か言いたげに口を開きかけたが、結局は言葉を飲み込んだ。
「......今日のところは、これくらいにしておく」
ガロンは不服そうに唇を引き結んだが、尊敬するノックスの前でこれ以上騒ぐのは不敬にあたると判断したようだ。
ルーアがキオにぴったりと寄り添い、その手を両手で包み込んだ。ネロも兄を守るように、ガロンとの間に立つ。
場には、まだぎこちない沈黙が漂っている。
その空気を変えるように、セクの隣に控えていたリーリエが、パンと手を叩いて穏やかな声を上げた。
「さあ、皆さん。積もる話もあるでしょうけれど、私たちはお料理の途中でしたわ」
その言葉に、ルイがハッとして顔を上げる。
「あ、そうでした! シチューが!」
「料理長にお願いしてあるけれど、仕上げは自分たちでしたいでしょう?」
リーリエが優しく微笑みかける。女主人の気遣いだった。この場を一度解散させ、キオたちを落ち着かせるための助け舟だ。
「はい! 早く戻って仕上げないと!」
「あ、ルイさん、待ってください! 私も!」
ベアトリスが後を追う。
双子も、キオの手を引いて調理場へと急かした。
「行こ、キオ兄さま!」
「......早く行かないと、味見をさせて貰えないよ!」
ネロが冗談めかして言うが、その手はしっかりとキオを掴んでいた。
「ふふ、それは困るね。ありがとう、二人とも」
キオは双子に導かれるようにして、調理場へと続く廊下へ歩き出した。
その背中を、ガロンが複雑な表情で見送っている。
「......俺は、間違っているのか?」
ぽつりと落ちた言葉を、ノックスだけが拾った。
「間違っているとは言わない」
ノックスが静かに答える。
「だが、正しさは一つじゃないんだ。ガロン、お前も......いつか分かる時が来る」
ガロンは何も答えず、ただ唇を噛んだ。サラマンダーが主人の葛藤を慰めるように、「シュウ......」と小さく鳴いた。
セクとリーリエは顔を見合わせ、若者たちの成長を静かに見守るように微笑んだ。
調理場に戻ると、鍋からは変わらず良い香りが漂っていた。
「おかえりなさい。いい具合に煮えてますよ」
鍋番をしてくれていた料理長が、白い髭を揺らして微笑む。
「ありがとうございます、料理さん! 助かりました」
ルイがほっと胸を撫で下ろし、鍋の中を覗き込む。とろりとしたスープの中で、具材が柔らかく踊っていた。
「続きをやろう。まだ仕上げが残っているんだろう?」
シュバルツが何事もなかったようにエプロンをつけた。
「うん。お肉を入れて、もう少し煮込んだら完成だよ」
キオも努めて明るい声を出した。
調理場に、再び日常の温かな空気が満ちていく。
ベアトリスは相変わらずニンジンの皮剥きに苦戦していたが、キオの指導のおかげで、最後の一本は見事に剥ききっていた。
「やった......! 綺麗に剥けましたわ!」
「上手だよ、ベアトリスさん。完璧」
小さな成功を喜ぶ姿に、皆の表情が緩む。
双子は味見係として、スプーンを片手に鍋を見張っていた。
「もうちょっとお塩があった方がいいかも」
「......同意見だ」
「了解。これでどうかな?」
「うん! 美味しい!」
「......認める」
やがて、シチューが完成した。
濃厚なクリームの香りと、野菜と肉の旨味が溶け合った、冬のご馳走だ。
「みんなで作ったシチュー......」
キオが湯気の向こうで呟く。
「きっと、今までで一番美味しいよ」
不意に、シュバルツの尾がキオの腰にこつんと触れた。
『お前が笑っていられるなら、それでいい』
『うん。ありがとう、シュバルツ』
誰にも聞こえない、二人だけの会話。
窓の外では、冬の陽が傾き、空が茜色に染まり始めていた。
ガロンの言葉は、まだキオの胸に小さな棘として残っている。彼なりの正義も、心配も、嘘ではないと分かっているからこそ、簡単には消えない。
でも——。
「キオ君、お皿を運ぶの手伝ってくれる?」
ルイの声に、キオは顔を上げた。
「うん、もちろん」
今は、この温かな時間を大切にしよう。
仲間と笑い合い、食卓を囲むこのひととき。それこそが、自分の強さを支える源なのだから。
キオはそう心に決め、温かなシチューの皿を両手で持ち上げた。
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