第33話「紅蓮の来訪(2)」
広い廊下を抜け、玄関ホールへと向かう。シュバルツは自然とキオの隣に並び、その背後に影のように寄り添った。
玄関ホールには、すでに屋敷の主である長兄のセクが待っていた。
重厚な大扉が開かれると、冷たい冬の風と共に、燃えるような紅蓮の髪を持つ青年が入ってきた。
「ただいま戻りました」
ノックス・ロート・フラム。キオの次兄であり、王国に仕える騎士。
凛々しい騎士服に身を包んでいるが、その表情は家族の前で見せる柔らかなものだ。
「おかえり、ノックス」
セクが落ち着いた声で迎える。
「おかえりなさいませ、ノックスさん。元気にされていましたか?」
リーリエもセクの隣に並び、義弟の帰還を淑やかに祝った。
「兄さん、義姉さん。ええ、すこぶる元気にしてましたよ」
ノックスが礼儀正しく頭を下げる。
「ノックス兄さん!」
そこへキオが駆け寄ると、ノックスは嬉しそうに目を細めた。
「ああ、キオ。この間ぶりだな」
武骨だが温かい手が、キオの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ノックス兄さま、おかえりなさい!」
「......おかえり」
ルーアが飛びつき、ネロも照れくさそうにぺこりと頭を下げる。
「二人とも大きくなったな」
ノックスが双子の頭を撫でる光景は、どこまでも穏やかな家族の再会だった。
その時——。
「キオーッ!」
玄関の外から、空気を震わすような大声が響き渡った。
ノックスの背後から、赤い旋風のごとく人影が飛び出してくる。
紅蓮の髪に、鍛え上げられた体躯。深紅の瞳をぎらりと輝かせた少年だった。
その肩には、赤とオレンジの鱗を持つ火トカゲが巻きついている。尻尾の先端に灯る炎が揺らめき、金色の鋭い瞳がこちらを睨んでいた。
「久しぶりだな、キオ!」
少年は大股で歩み寄ると、キオの肩をガシッと掴んだ。
「ガ、ガロン......」
キオの表情が、僅かに引きつった。
ルーアとネロが顔を見合わせた。この少年が来ると、いつもキオへの長い説教が始まることを二人は知っていた。
「元気にしてたか!? ノックス兄様から聞いたぞ、精霊召喚に成功したって!」
少年の声は底抜けに明るく、玄関ホールに響き渡る。
「どうしてもキオの顔が見たくてな。ノックス兄様に頼み込んで、一緒に連れてきてもらったんだ!」
ノックスが苦笑しながら肩をすくめる。
「騎士学校が冬休みに入ったと聞いてな。随分とごねるものだから、仕方なく連れてきた」
「ごねてなどいません! 直談判です!」
少年が胸を張って否定するが、その頬は僅かに赤い。
ふと、少年の視線がキオの傍らに立つシュバルツを捉えた。瞬間——彼の目が限界まで見開かれた。
「竜......人......!?」
呆然とした声が漏れる。
シュバルツは腕を組んだまま、静かに少年を見下ろしていた。夜空のような黒髪、深い紫の瞳、そして額から伸びる黒曜石の角。その威圧感は隠しようがない。
「シャアッ......!」
少年の肩に乗っていた火トカゲが、怯えたように小さく声を上げた。本能的に格上だと悟ったのだ。
「サラマンダー、落ち着け」
少年は精霊を宥めつつ、改めてシュバルツを見つめた。その深紅の瞳には、驚きと、そして純粋な敬意だった。
「あなたが......キオの精霊ですか?」
「ああ。スバルだ」
シュバルツが短く応える。腹に響くような低い声に、少年の背筋が自然と伸びた。
「竜人型の精霊......! すごいじゃないか、キオ!」
我に返った少年が、興奮気味に声を上げる。
「竜人型なんて伝説級だぞ! しかもこの風格......相当強力な精霊だ! さすがシュバルツ一族の血筋だな!」
そこには一点の曇りもない称賛があった。精霊を尊ぶ騎士として、シュバルツという存在の大きさを肌で感じているのだ。
その様子を見ていたルイとベアトリスが、そっと顔を見合わせた。
「あの......キオ君?」
ルイが遠慮がちに声をかける。
「あ、ごめん。紹介するね」
キオが慌てて間に入った。
「ルイ、ベアトリスさん。こちらはガロン・ロート・フラム。僕の母方の従兄弟で、同い年なんだ。今は王立騎士育成学校に通ってる」
「従兄弟......!」
ルイが納得したように頷く。ガロンの紅蓮の髪は、確かにノックスと同じロート一族の特徴だ。
「それで、ガロン。こちらは僕の友達のルイさんと、ベアトリスさんだよ」
「初めまして。ルイ・リンネルと申します」
「ベアトリス・ゲルプ・リーデルと申しますわ」
二人が礼をすると、ガロンは騎士らしく背筋を伸ばし、踵を鳴らした。
「ガロン・ロート・フラムだ。お二方とも、よろしくお願いする」
礼儀正しい態度だった。灰色の髪のルイが平民であることは一目で分かったはずだが、そこに侮蔑の色はない。
「キオの友人か。学園で仲良くしてくれているようで、感謝する」
「いえ、そんな......」
ルイが照れくさそうに手を振った。
「こちらこそ、キオ君にはいつもお世話になっています。とても優しくて......私、キオ君と友達になれて、本当に嬉しいんです」
「ほう......」
ガロンの表情が少し和らぐ。
「キオは昔から優しい奴だからな。それは俺もよく知っている」
「はい。キオ君は身分なんか気にせず、誰にでも優しいですし......辛いことがあった時も、みんなで支え合って乗り越えてきたんです」
ルイの言葉には、心からの信頼が滲んでいた。
「私も同感ですわ」
ベアトリスも口を添える。
「キオ様のお人柄に、私も何度も救われましたの」
「そうか......」
ガロンは二人の言葉に頷きながら、ふと何かを考えるように眉を寄せた。
「ルイ殿。一つ聞いてもいいか?」
「は、はい」
「キオは学園で......どんな風に過ごしているんだ?」
唐突な問いに、ルイは少し戸惑ったが、すぐに笑顔で答えた。
「キオ君はみんなから慕われていますよ。勉強会を開いてくれたり......私も、キオ君やみんなのおかげで、毎日がとても楽しいんです」
ルイは言葉を継ぐ。
「困った時は相談に乗ってくれるし、落ち込んでいる時は励ましてくれる。私たち、キオ君にたくさん助けてもらってるんです」
その流れで、キオも口を開いた。
「僕も、ルイやみんなにはいつも助けてもらってるんだ。勉強を教えてもらったり、一緒にご飯を食べたり......。落ち込んだ時には話を聞いて励ましてもらって。みんながいるから、僕は学園で頑張れてるんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、ガロンの纏う空気が鋭く変わった。
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