06.おにーたま
私とイズールは二人で目を瞬かせた。
「おにーたま」
ルノーは勢いよく私に抱き着く。頬をこすり合わせるのも忘れない。
「レティ! ひとりでイズールのところに行ったって聞いたから心配したよ」
「へーき」
「そんなことない。階段でこけたらどうするんだ? 次は僕も一緒に行くから言うんだよ?」
ルノーは心配なのだろう。
私がイズールと結託して、ルノーの足をすくわないか。だから、勝手な真似はするなと言いたいのだろう。
ルノーに立てつく気はない。私はけっしてこの国の女王になりたいわけではないからだ。
だから、私は彼の言葉に素直に頷いた。
「イズール、妹の相手をしてくれてありがとう」
「いいや。私も楽しく過ごせたよ。ね? レティシア姫」
「ん」
「なら、よかった」
ルノーは安堵のため息をつく。
(もしかして、ルノーは私が粗相をしてサシュエント王国との関係が悪くなることを心配してる?)
イズールは第一王子。順当にいけば王位を継承する。そして、ルノーもこのリオーク王国の王太子だ。
心配するのも頷ける。
私はふわっとあくびをした。
いつもなら昼寝の時間だ。この身体は融通が利かない。
何度目をこすっても眠気は消えなかった。
「レティシア姫、もしかして眠い?」
「この時間はいつもお昼寝だから」
「船漕いでる。かわいいなぁ」
遠くで二人の声が聞こえる。
何か言いたいことがあったのだが、私はそのまま夢の世界に引きずられた。
**
ルノーは傾いたレティシアの身体を支えた。
幼い妹は規則正しく、この時間に昼寝をする。いつも会いに行っているからわかるのだ。
会話ができないのは寂しいが、寝顔を見るだけでも癒された。
ルノーはレティシアに上着をかけてやる。
「本当に妹が好きなんだね」
イズールが目を細めて笑った。
「僕はずっと、きょうだいがほしかったから」
ルノーはレティシアの前髪を撫でる。ルノーにとって、悲願の妹だった。
ルノーには友人が数人いる。けれど、彼らはルノーのことを王太子として扱った。
特別な存在。
友人のようでいてそうではない。そんな関係だ。どうしてか、すごく孤独を感じた。
もし、きょうだいが生まれたら、ルノーはひとりではなくなる。だから、母がレティシアを産んだとき、とても嬉しかった。そして、自分が全力で守ろうと決めたのだ。
自分のように寂しくないように。
「レティシア姫は不思議な子だね」
「かわいいだろ?」
「ああ、とても」
「やらないからな」
ルノーはイズールをキッと睨む。レティシアはまだ三歳。結婚相手を見つけるには早い。
それにイズールと結婚ともなれば、レティシアは海の向こう側に行くことになるのだ。しかも王妃にでもなったら、気軽には会えなくなる。
(それは絶対にだめだ!)
イズールは肩を揺らして笑った。
**
どういうわけか目を覚ますと、部屋に戻っていた。
私は何度も目をこする。やはり、ここは私の部屋だ。
さきほどまでイズールの部屋にいたというのに。
(帰ってきた?)
「おはようございます。レティシア様」
「おはよ。あたち、帰ってきた?」
「陛下がここまで連れてきてくださいましたよ」
「おとーたま?」
私は首を傾げる。
なぜ、アランがそこで現れるのかわからなかった。
(ルノーが来たのは覚えているけど……)
アランは執務の時間たったのではないのか。しかし、八歳の子どもが眠っている三歳の子どもを担いで移動するのは難しいだろう。
「陛下は遠くまでお出かけに行ったレティシア様が心配だったのですよ」
ルノーのみならず、アランにまで心配されてしまった。
まだ私は彼らの信頼を勝ち取れていないらしい。
(もっとしっかりしないと!)
私は両手で両頬をペチンと叩く。
信頼を勝ち取るのは難しい。アランやルノーが望んでいることがわかればいいのだが、それすら彼らは教えてくれないのだ。
「なにほしい?」と聞いても、「なんでもいい」と返されることが多い。
(そうだ! 待っていても始まらない。調査をしよう)
私は立ち上がった。
「あら? レティシア様、どうされました?」
「にーたまのとこ」
「ルノー様のところですか?」
「ん」
「でも、ルノー様はお勉強中ですから、遊ぶのは難しいかと」
「へーき。みゆだけ」
そう、見るだけ。偵察するだけだ。
私がいない日常生活の中に、彼のほしいもののヒントが隠されているかもしれない。
二人のメイドは顔を見合わせる。しかし、私が歩き出せば、しかたないとばかりについてきた。
魔法を使えばほんの少しの時間、彼の様子を見ることはできる。しかし、長い時間見るにはマナが足りない。
長時間観察するのであれば、直接行くほうが手っ取り早い。
ルノーの授業は王族の住居の一階で行われているらしい。
二階よりも上は王族のプライベート空間のため、使用人の他は客人でも入るのが難しいようだ。
ルノーがどの部屋にいるのかはメイドが教えてくれた。
大きな扉の先で授業が行われているらしい。
しかし、この扉を開けてしまえば見つかってしまうだろう。
「これ以上はルノー様のお勉強の邪魔になってしまいますから、戻りましょう」
「だめ」
それでは来た意味がなくなってしまう。
しかし、扉を堂々と開ければ偵察ではなくなってしまうだろう。
私は眉根を寄せた。
「そうだ!」
(いいことを思いついた!)
私は走り出す。
「レティシア様っ! お待ちください!」
「ここで待ってて」
私はにこりと笑って言うと、メイドたちのことなど気にせず外に出てぐるりと庭園に向かった。ちょうどルノーの授業に使われている部屋は庭園に面している。
窓の外から見れば、いいではないか。
しかし、私は窓を呆然と見上げた。
(見えない……)
三歳の子供の身長は、窓枠よりも下。
手を伸ばしてギリギリ窓枠を触ることができる。しかし、私の筋力では自身の身体を持ち上げることは難しいだろう。
すると、突然身体がふわりと浮いた。




