41.絶対、一人にしないよ
レティシアは嵐の中心でうずくまっていた。
小さな身体をさらに小さくして。自分自身を抱きしめていた。
「レティッ!」
ルノーは叫ぶ。そして、レティシアを抱きしめた。
**
私の周りをうずまくのは恐怖。
やっぱり間違いだったのかもしれない。
彼らを愛するのは失敗だったのかもしれない。
ぬくもりを知った私は弱くなった。
一人は怖い。
一人は寂しい。
レティシアとして生まれるまで知らなかった感覚だ。
(知らなければよかった)
何も知らなければ、私はもっと強かった。
こんなことで不安になったりしなかった。
アランが殺されても平気だったはずだ。
(もう何も見たくない)
家族が傷つくのを見たくない。
強さなど無意味だと言われているようで苦しかった。
私は自分自身を抱きしめる。
すると、遠くから声が聞こえた。私の名前を呼ぶ声だ。
(とうとう空耳まで聞こえるなんて)
私は苦笑を浮かべ、膝に自分の額を押しつける。
「レティッ!」
しかし、その声は現実で、突然感じるぬくもりに私は目を見開く。
目の前には黄金に輝くルノーがいた。
「おにー、たま?」
(なんで ? 誰もここには来られないはずなのに)
「そうだよ。迎えに来たよ。一緒に帰ろう」
ルノーが笑みを浮かべ私の頭を撫でる。
いつものように。何もなかったかのように。
私は頭を横に振った。
「や」
「どうして?」
「こわい」
「怖い? どうして?」
「おとーたま、いない」
私はルノーの顔を見ることができず俯く。
ルノーだって怒っているのではないか。私がアランを助けることができなかったことを。
私にはその力があったのに、力を発揮できなかった。
「父上は大丈夫だよ。だから、安心して」
「うそ」
「嘘じゃない。僕はレティに嘘はつかないから。イズールとは違って」
ルノーは私の顔を覗き込んで「ね?」と笑った。
「あたち、ひとり」
「一人になんかならないよ」
(そんなの、わからないじゃない)
「僕たちを信じて」
(信じる? みんなを?)
私はルノーを見上げてジッと見つめた。
信じて、もしもみんながいなくなってしまったら?
そう、言いかけて私は口を閉ざした。
口にするのすらこわかったからだ。
「僕もレティが生まれるまでずっと寂しかったんだ。だから、絶対、一人にしないよ」
「ひとり、しない?」
「うん。しない。レティが『いや』って言っても」
視界が歪む。
私はルノーの胸に顔を埋めた。
「ひとり、や」
「うん」
「ひとり、こあい」
「大丈夫。僕がもーっと強くなるから。もう怖くないから」
私はそれ以上何も言えなかった。
私はただただ子どものように泣いた。
大きな声を上げて。
ルノーはそんな私の頭を何度も撫でてくれていたと思う。
「帰ろう。レティ」
私は小さく頷いた。
「……える」
まだ怖い。
私はとても弱くなった。
守るべきものがたくさんできてしまった。
このままどこでもない場所に行けたら楽だろうなと思う。この言いようのない不安から逃げられたら、私は少なくとも不幸ではなくなると思うのだ。
けれど、彼の手を離すことができなかった。
それくらい、彼が与えてくれるぬくもりが優しかったのだ。
「かえる」
「うん」
ルノーが嬉しそうに笑う。
まるで天使が微笑んでいるようだった。
**
急にホールを荒らしていた嵐が止んだ。
嵐の中心から現れたのは、レティシアとルノーだ。
「レティシア姫ッ! ルノーッ!」
イズールは二人のもとに駆け寄った。
二人は抱き合ったまま床に倒れていたのだ。
ルノーの服はボロボロだった。顔や身体のあちこちにかすり傷もたくさんついている。
一瞬、嫌な予感が頭を過ったが、それを一蹴するようにトリスティンが二人の顔を覗き込んで笑う。
「おやおや。二人ともぐっすり眠っていますねぇ」
「よかった……」
イズールはその場にへたり込む。
二人の顔を覗き込むと、二人とも幸せそうに眠っていた。
ルノーは「絶対に離さない」とでも言いたげに、力強くレティシアのことを抱きしめている。
イズールは小さく息を吐いた。
「本当にお二人は未知数です」
「未知数?」
「ええ。普通、魔力暴走しているところに生身の人間が入って行くなど、死にに行くようなものですから」
「えっ!? それなのに止めなかったのですか!?」
「止めたところで、おにーたま殿下は行っていたでしょう?」
トリスティンは楽しそうに笑った。
イズールは苦笑を浮かべる。
「おにーたま殿下の強い魔力耐性のおかげでしょう」
「ルノーの……」
イズールはルノーを再び見下ろす。優しい兄の顔をしている。
「すごいなぁ。私なんて囮になるのですら怖かったのに」
「いや~愛ですねぇ」
トリスティンの弾んだ声がホールに響く。
イズールはルノーとレティシアの頭を撫でた。
**
私が目を覚ましたのは、それから二十日ほど経ったあとのことだった。
イズールを誘拐しようとした犯人と、アランを狙った犯人は二人とも捕まり処罰されたという。
アランを狙った犯人こそが調教済みの狼を放ち、シェリルに毒を飲ませようとしていたようだ。
三歳の私にはあまり情報が回ってこない。
だから、少しずつ集めた情報をパズルのように組み合わせた。
(起きたらいつもの何百倍も過保護になってるんだもん)
トリスティン曰く、私は魔力暴走を起こしたらしい。
そして、それを救ったのがルノーだったのだとか。
私はよく覚えていない。
ただ、怖くて寂しくて苦しくて、どうしていいかわからなかった。
そんなとき、ルノーが迎えに来てくれたことだけは記憶している。
私は積み木を積み上げながら、あの日のぬくもりを思い出す。
一瞬過った記憶に、私は頭を横に振った。
(泣いてはいないと思う!)
「レティ」
ルノーが顔を覗かせる。
「おにーたま」
「わあ! すごいね。大きな城だ」
「ん」
私は足元にあった最後の一個をつかんで、ルノーに差し出した。
「あといっこ」
「これで終わり?」
「ん」
私は椅子をゆっくりずらす。
身長よりも高くなった積み木の城。
一番上は届かない。
誰かに最後の仕上げをしてもらわなければならないと思っていところだ。
「僕でいいの?」
「ん」
「ありがとう」
ルノーは積み木を持つと、椅子に上がる。そして、そっと城の一番上に三角の積み木を乗せたのだ。
「できた!」
「ん。できた」
「おっきいね」
「ん」
筋力をつけるために始めた積み木だったけれど、なかなか悪くないと思う。
私はルノーと一緒に積み木を見上げる。
「さあ、父上のところにお手伝いに行こう」
「ん」
私はルノーの左手を握った。
幸い、アランの怪我は軽傷で済んだようだ。
毎日「おとーたま、げんき?」とメイドに聞いていたら、ルノーが誘ってくれるようになった。
「一緒に父上のお手伝いに行こう」と。
今日も私はルノーと一緒にアランのもとに行く。
「お手伝いが終わったら、イズールと遊ぼう」
「ん」
「それで、三人で母上のところに行って、お菓子を貰おう。昨日美味しそうなクッキーを貰っているのを見たんだ」
「ん」
ルノーが弾んだ声で今日の計画を話して聞かせる。
私は何度も相づちを打った。
予定がたくさんあって、一人の時間がまったくない。
けれど、それはそれで悪くないと思った。
ルノーの手はあたたかい。
『絶対、一人にしないよ』
私はあの日の言葉を信じようと思う。
私は立ち止まって、ルノーを見上げた。
「おにーたま」
「ん?」
ルノーは不思議そうに首を傾げる。
キラキラの金の髪が揺れた。
「だいすき」
ルノーが目を丸くする。
しかし、彼はすぐにくしゃりと笑った。
第一章 完
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
これで第一章完結です。
少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
まだまだレティシアの物語は続く予定でございますが、ここで一度休載させていただきます。
年末が近づいてきて色々とバタつき始めておりまして、お待たせしてしまい申し訳ないです。
ブックマークをして待っていていただけると、大変嬉しいです。
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感想もお待ちしております^^
忙しくてお返事ができる状態ではないのですが、すべて読ませていただいております。




