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【第一章完結】この優しさには絶対に裏がある!~激甘待遇に転生幼女は混乱中~  作者: たちばな立花


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40/41

40.赤

 どの宝石が?

 そんなことを確認する暇もなく、一人の騎士が剣を抜き、叫びながらまっすぐアランの背に向かっていった。


「アラン・リオート! 覚悟っ!」


 私はなんと叫んだのか覚えていない。

 アランを呼んだのか、それとも呪文だったのか。

 世界がゆっくりゆっくり動いているような感覚。

 私が放った雷は騎士の上で鳴り響き、彼にまっすぐ落ちた。


「ぐあっ……!」


 騎士が声を上げて倒れる。

 しかし、ほんの少し遅かった。

 静かなホールに剣が転がる音だけが響いた。

 騎士の手にしていた鮮血のついた剣が床に転がる。


「おとー……たま?」


 小さな声だったはずなのに、やけに大きく聞こえた。


「陛下っ!」

「アランッ!」


 遅れて響いたのは補佐官とシェリルの声。

 シェリルがアランのもとに駆け寄る。倒れるアランを補佐官とシェリルが抱きとめた。


「早く医師をっ!」

「傷を塞ぐのが先だ!」

「男を捕らえろっ!」


 私は騒がしくなるホールをただただ呆然と見つめる。

 補佐官とシェリルがアランを担いでホールを出て行く。

 残ったのは真っ赤な血痕。

 赤い。

 赤い。

 赤い。

 私はその赤をよく知っている。

 それは終わりの色。

 私の大嫌いな色。


「レティシア姫?」


 イズールが私に声をかけた。額の傷に赤がにじむ。


「いやーーーーーーーーーー!」


 私は叫んだ。

 その瞬間、何かが弾けた気がする。

 目の前が真っ暗になった。


(怖い。怖い。怖い)


 私はうずくまる。


(一人はいや。もう一人になりたくない)


 誰よりも一人は慣れていると思っていた。

 きょうだいも家族も、誰も信じることはできない。

 足を引っ張り合うのがきょうだいだ。産んだ母親ですら、私を愛してはくれなかった。

 魔法使いになっても、誰よりも強くなっても、愛されたのは私の才能だった。

 それが寂しいと思ったことはない。

 才能さえあれば、皇帝の寵愛を得られるから。皇帝の寵愛があれば生きることができるから。

 私の願いはただ、長く生きること。


『生まれてこなければよかった』


 そう母に言われ続けて生きた私ができる、たった一つの抵抗であり復讐だった。

 今は違う。

 私はただ生きることを望んでいるわけではない。


(また一人になるくらいなら――……)


 私は目を閉じる。


 **


 ホールは一気に嵐に包まれた。

 突風に全員が騒ぎ出す。突然のことに多くの人は恐怖し、ホールから逃げ出した。

 残っているのはルノーとイズールだけだ。

 なぜなら、嵐の中心にレティシアがいるからだ。


「レティッ!」


 ルノーはレティに手を伸ばす。けれど、風の勢いが強すぎて弾かれてしまう。

 風に吹き飛ばされたイズールが、どうにかルノーに近づいて尋ねた。


「ルノー、これは!?」

「わからない。でも、中にレティがいるんだ!」


 激しい風は窓を割り、装飾品をなぎ倒していく。嵐が段々と威力が強まる。

 吹き飛ばされそうになったルノーとイズールにオーバンが覆い被さった。


「オーバンッ!」

「私がお二人を部屋の外へお連れします」

「だめだよ。中にレティがいるんだ……!」

「レティシア殿下も私がお連れしますので、安心してください」


 オーバンは真面目な顔で言ったけれど、それは難しいように思える。

 とにかく風が強く、前が見えないほどだ。

 避難するのが一番だということはわかる。けれど、ルノーはレティシアを置いて行くという判断はできなかった。

 今、父は傷を負い母と補佐官が付き添っている。

 レティシアを守れるのはルノーだけだ。

 ルノーはギュッと左手を握りしめる。


「オーバン、先にイズールを――……」


 ルノーがオーバンに指示を出そうとした途端、急に嵐が収まった。

 いや、収まったわけではない。ルノーたちの周りだけが見えない壁で守られているのだ。


「おやおや。すごい魔力を感じると思って来てみれば……」

「トリスティン!?」


 ルノーは素っ頓狂な声を上げた。


「困りましたね。魔力暴走が起こっています。何があったのですか?」

「陛下が狙われて怪我を。それのせいだと思います」


 トリスティンの問いにイズールが答える。

 ルノーは慌ててトリスティンの服をつかむ。


「トリスティン、その魔力暴走ってやつを早く止めてください!」

「それは少し難しいですね」


 トリスティンはルノーとイズールの頭を撫でる。

 いつもの笑顔とは違う、少し哀愁を帯びた顔にルノーは胸騒ぎを覚えた。


「今日は随分たくさん魔力を使ってしまいましたから。それと……」


 トリスティンはまっすぐ嵐の中心を見つめる。

 レティシアがいる方向だ。


「魔力に魔力をぶつけるということは、殿下を傷つけることになります。彼女自身は一番無防備な状態ですので」

「そんなのはだめ! レティを傷つけずに助ける方法は!?」

「一番はマナを使い切るのを待つことですね」

「マナを使い切れば、レティシア姫の暴走は収まるのですか?」

「はい。マナがなければ魔法は使えませんからね。ですが……」


 トリスティンは言いよどむ。

 その少しの間で息が詰まりそうだった。息を吸うことも忘れて、ルノーはトリスティンを見上げる。


「マナがなくなるといことは、命を失うことと同じです」

「いつもの魔力の枯渇とは違うのですか?」

「そもそも魔力の枯渇は危険なものです。限界までマナを使うなんて、下手をすれば命を落とす行為です」

「そんな……。じゃあ、このままだとレティは……」


 トリスティンは答えない。

 答える必要もないのかもしれない。トリスティンの魔法を使えば、レティシアが傷つく。

 魔力暴走が収まるのを待ったとしても、レティシアが無事である可能性は低いということだ。


「僕が行く」

「えっ!? ルノー!?」

「レティに『大丈夫だよ』って言ってくる」


 驚くイズールにルノーは笑った。

 魔力暴走の原因が父の怪我だとしたら、父の無事を伝えればレティシアも安心するだろう。

 レティシアはまだ三歳だ。目の前で父が傷つけば驚くに決まっている。

 ルノーだって何もできなかった。ただ呆然と父が傷つけられる様を見つめ続けただけ。

 魔法を使って止めようとしたレティシアより何もできていない。

 きっと今、レティシアは一人で怖い思いをしている。


「ただの魔法ではありませんよ? 制御が効いていない嵐です」

「はい。でも、今レティを助けられるのは僕だけだから」


 迷いはなかった。

 きっと、父や母がこの場にいれば、同じことをするだろうから。

 もしもここに両親がいても、「僕が行く」と言っていただろう。


「トリスティン、ここから出してください」

「ヴァルニエル殿、なりません」


 オーバンがトリスティンの肩に手を置き止める。

 板挟みになったトリスティンは、困ったように眉尻を下げた。


「愛の力ですねぇ……。どちらにせよ、私の力もそろそろ限界です」


 フッと力が抜ける。

 突風がルノーの、そしてみんなの髪をさらう。

 四人を守っていた壁が消えたのだ。

 ルノーはまっすぐレティシアに向かって駆けた。


「レティーッ!」


 ルノーの叫び声は風がさらっていく。

 後ろからオーバンとイズールの声がかすかに聞こえたけれど、振り返る余裕はなかった。

 風の刃がルノーの服を切り裂く。

 レティシアの恐怖が風になっているように感じた。


(大丈夫だよ。レティ。怖がらないで)


 強すぎる風に目を開けることもできない。

 けれど、目をつむっていても怖くなかった。

 風に逆らってゆっくりと進む。


(いた……!)

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― 新着の感想 ―
おとーたま陛下どうなっちゃうのー?( ́ඉ .ඉ ) そしてレティたそ暴走中・・・!
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